第5節:ホントに裏切ったのか?(後編)
「なぁ、ガキんちょ。俺はな。女々しい奴が死ぬほど嫌いだ」
口が触れるほどの間近で、うっすらと笑みを浮かべたまま、ゴウキがジンを睨み据える。
「大してアタマも良くねーくせに足も使わず調べもせずにぼんやりしてても、何にも変わらねーんだよ。ムカついたり不思議に思ったりしねーの? なぁ、仲間だったっつーんなら気にならねぇのかよ、そーゆー事がよ」
「……ッ!」
ジンの襟首を離したゴウキは、するりとすり抜けるようにケイカの前に移動する。
「おい、貧乳。お前もだよ」
「……何がよ」
ケイカは、こちらも怒りを抑えた目でゴウキを見上げる。
その指は、白くなるほど固く組まれていた。
「仲良かったんだろ? 知ってるか? カオリは、D.Exを持ち出したらしくてよ。その為にヤヨイとアヤに使われたクスリも、即効性はあるが人体に害はねーもんだ。今までの警備関係の外出履歴は、主に北の東側。あいつが最後に監視カメラに写ったのも北の方で……休みの日には、暇がありゃベイルダーばっかり集めた養護施設に出掛けてたんだとよ」
一息に吐き出し、ゴウキはケイカの前にホロ・スクリーンを浮かべた。
中には、カオリの動きをマッピングし、線で繋いだ地図が表示されている。
今、ゴウキの言った情報を裏付ける情報が。
「なぁ、北東には何がある?」
ミツキは、ゴウキの意図を悟ってつぶやいた。
「―――旧香川エリア」
そこは、ベイルダーたちがコミュニティを作っている土地だ。
「イエス!」
ゴウキはミツキを振り返って指を鳴らすと、ホロ・スクリーンを消した。
「ここまで見せりゃ愚鈍なお前らでも分かるだろうが? 奴の目的は何だ。どういう繋がりがあって、何を考えて離反したんだ? なぁ、ザコども」
彼は鳴らした指をそのまま移動させて、人差し指を立ててケイカの眼前に突きつける。
「なぁ、こりゃ裏切りか? 能無しどもめ。奴は、本当にお前らを裏切ったのか? あいつはただ、待てなかっただけじゃねぇのか?」
思考が未だ麻痺しているらしいケイカはぼんやりと理解できていない風だが、ジンは違った。
「……なぁ、それは本当か? だけど、何で待てなかったんだ? ハジメさんは開発してるだろ? アヤに指示を出して……ベイルド解除薬を」
「時間ってのは、人によって長さが違げーんだよ、カスめ。待てる時間の限界がな。カオリは待てなかったんだ。お前らよりも深くベイルダーたちに関わることで、時間がない事をより深く悟ってたんだろ」
解除出来ない装殻は、いくらメンテナンスをしても限界がある。
機械は古くなり、老朽化し。
やがて壊れる。
「旧香川の、【アパッチ】のベイルダーたちは、旧高知の人々よりも融合が重い人が多いっちゅー話を、俺も聞いとった」
ミツキは、言葉に反応してこちらを向いたケイカをじっと見つめた。
ベイルダーにはベイルダーのコミュニティがある。
ミツキはタカヤとも、エレフ・パラベラムの件から何度か会い、話をしていた。
「任せてられん、と、カオリさんは思ってもーたんかもしれん」
「だったら……何で一言相談してくれなかったの!? 理由を聞けば私たちだって……!」
「未完成のD.Exを、【アパッチ】に渡したか? 俺は、もしカオリさんが全て明かしてその提案をしても、ケイカは、それを人体実験みたいに思って許可せんかったと思うで」
「……!」
心当たりがあるのかも知れない。
ケイカは優しい。
ベイルダーを高知の装技研周囲に積極的に受け入れているのも、自分の体の事と重ね合わせて不憫に思っているからだろう。
しかしその優しさは、時に目を曇らせる。
彼女は優しく、同時に完璧主義だ。
ある程度で妥協をしない姿勢がコウに開発の助力を仰ぎ、『青蜂』を完成させた原動力にもなっていた。
幾らカオリが訴えたとしても、彼女は許可しない。
しかし、症状の重い者たちの時間は差し迫っていたのだろう。
ベイルダー問題発生から、既に十年以上の日々が過ぎている。
限界近い人がいて、何もおかしくはないのだ。
「理由が分かりゃヘコむ暇はねーんだよ。分かっただろうが」
ゴウキは。
ミツキに対して満足げにうなずくと、ケイカにデコピンをかました。
「~~~~~ッ!」
容赦のない一撃に、ケイカが頭を押さえて悶絶する。
「ッ何すんのよいきなり!」
「はっ。ガキがバカやってたら仕置きすんのが大人様の役割よ!」
大仰に腕を組んで、ゴウキが鼻を鳴らす。
「信じらんない! もうほんっとサイテー!」
「黙れ貧乳。で、お前がやる事はなんだ?」
押し黙るケイカに、ほれほれ、と先を促すゴウキ。
「……黙れって言ったじゃない」
「ケイカ、そんなダダこねるみたいな揚げ足とりやめよーや……」
ミツキは、額に手を当てた。
会ったときは、もっと大人びた女性だと思っていたのに。
ミツキの相方は、変なところで子どもだった。
おかしくなって笑えてくる。
「なに笑ってるのよ! 分かったわよ! アヤを手伝えば良いんでしょ!? やってやるわよ!」
頬を膨らませた後、手足をじたばたさせて立ち上がったケイカは、ゴウキを睨み付けて逆に指を突きつけた。
「見てなさい! 一ヶ月……いえ、半月で完成させてやるんだから!」
「お前バカだから無理じゃね?」
「誰がバカよ! 完成したら土下座で謝りなさいよ!」
そのまま、ズカズカと足音荒くケイカは行ってしまった。
「気の強ぇ女だな。ミツキ、お前絶対苦労すんぞ?」
「……なんの話っすか?」
「とぼけんなよ。で、ジン。お前はどーすんだ?」
今度は、ジンに水を向けるゴウキ。
「……【アパッチ】に接触できるか、パイプ作ってくるよ」
どこか所在なさげなジンの腕を、ゴウキは思いっきり殴り付けた。
【ぐぉ!」
「気合い入っただろ? しくじんなよ、ガキんちょ」
「ッ、くそ。言ってる事は正しいのに素直に従いたくねぇ……! すげぇムカツク……!」
腕を押さえながら言うジンに、ゴウキはへらへらと笑った。
「なら、賢くなれよアホンダラ。言われなくても出来るようになったら一人前なんだよ、ザコ」
「分かってるよ! っとに口悪いな! これでハジメさんの兄貴分とか信じられねぇぜ……」
ジンもぶつくさ言いながら、その場を後にする。
「さ、俺らも戻るか?」
んー、と背筋を伸ばして言うゴウキにうなずきながら、ミツキは問い掛けた。
「てか、いつの間にそこまで調べたんですか?」
「あ? メシ食いながら、ハジメのパス寄越させて調べた」
「そんな短時間で!?」
総帥権限なら、確かに所長室で見れない情報は一切ない。
が、調べる情報は膨大極まる筈だ。
人一人の行動を、あの時間で調べあげ、必要な振り分けを行って分析。
情報特化型の装殻者でも一日仕事になるだろう。
それをものの数十分で。
「……人外レベルの処理能力っすね」
そんなミツキの言葉に、何故か自嘲的な笑みを浮かべて、ゴウキは言い返した。
「これでも、昔は人類の全てを背負わされた〝装殻者〟だったからな……」
その呟きに込められた真意を。
この時ミツキは、まだ理解出来ていなかった。




