第4節:最強の男
『限界機動終了』
ケイカの声で告げられた言葉と共に、空気摩擦による白煙を揺らめかせながら、肆号は着地姿勢からゆっくりと立ち上がって、ビッ、と大針を払った。
「……遂に覚醒したか」
参式は崖下に着地し、堂々と立つ肆号を感慨深く見つめた。
ミツキとケイカ。
カズキとヤヨイの意思を継ぐ二人がそれを成し遂げた事に、参式は奇妙な感慨を感じていた。
ーーー肆号の《紫の万化》は、厳密には出力解放とは呼べない。
出力解放とは、増大したエネルギーを転化した後の現象までを含めて一つのもの。
《紫の万化》は、出力を解放し、限界機動を行う、ただそれだけの技能。
長時間の限界機動を行うだけの技だ。
解放された純粋なエネルギー……霊子力を、転化するのは、装殻者自身。
しかし膨大極まるそのエネルギーを精密操作する事は人間にとって非常に困難な事であり、肆号のそれはケイカ自身にすら制御不可能なものだった。
限界機動中にエネルギーを制御しきれなければ、暴走や自己崩壊を招く。
また、限界機動はただの加速であり、無理矢理に装殻者の知覚速度を引き上げる事で超速度で動く体を制御するものゆえに、長時間の使用は外殻、人体ともに極度の負担を伴う。
ジンが動けないのは、何もケガだけのせいではない。
限界機動を超える極限機動により、動けない程に疲弊しているのだ。
肆号の常識外れの長時間限界機動は、ひとえにミツキの技術と、他の追随を許さないケイカの解放エネルギー量に支えられたもの。
限界機動中の負担を、『青蜂』のスウェアを外殻内にエネルギーフィールドとして展開する事で、最小限に抑え。
それでも受けた損傷は、肆号の自己修復能力によって即座に回復。
取り込んだ『青蜂』の補助頭脳と《ハニー・コム》の性能、そしてケイカ自身の思考演算能力の半分を限界機動制御と防御・修復に回し。
出力解放の現象部分をミツキが、残り半分のケイカ演算能力で出力変更を負担する事で、追加武装の形状変化、地水火風の顕現属性変化を〝限界機動中に行う〟技。
それが肆号の完成形出力解放―――《紫の万化》の正体である。
「よくやった」
参式の言葉に、肆号が得意げに首を傾げる。
理論を口にするのは簡単だ。
それを成し遂げたのは、ミツキの才能と鍛練、そしてケイカの努力と決意の賜物。
参式が、二人にうなずきを返した所で。
「ちょっとばかり抵抗したところで、状況が好転したとでも思っているのですかぁ!?」
シープが、金切り声を上げる。
「こちらには、まだニヒルも、私も、そしてエータも……コピー二体も残っているのですよぉ!?」
喚くシープを、静かに舞い降りるマサトと集合した他の三体が囲う。
パイルが参式の横に着地した。
「3対5だ。確実に好転してるだろうが」
崖を右手に、肆号と参式らで挟み込む形だ。
「エータとマサトを返しやがれ。クソ野郎」
「ぎひッ! 言われて大人しく返すとでもぉ!?」
シープが腕を振り上げると、マサトとコピー二体が構えを取る。
「お前らは、エータとニヒルには手が出せんだろう!? くひひ! むダムダムなんだよァ! 貴様らは、このまま……!」
そのシープの口上を遮るように。
咆哮のようなエンジン音が、その場に轟いた。
「よく喋るな、シープ。ドラクルの真似か?」
低く、静かな声が不思議によく通り、崖下にいる者たちの耳朶を叩く。
「ぎひッ!?」
聞こえたその声に、シープが身を強張らせた。
エンジン音は、徐々に近づいてくる。
「ふひぇ!? どこから!? どこからァ!?」
音は、崖の上……その奥に広がる山岳から。
「どうやって地獄から舞い戻ったのかは知らないが、すぐに送り返してやろう」
「こ、この声はァ……! この声は、まさかぁ!?」
参式は、崖からダイヴするように高速で飛び出して来た黒い影を見て、頭部外殻の下でほくそ笑んだ。
「……遅いんだよ、馬鹿が」
※※※
彼は高い唸りを上げるバイク『Breaker-01』で山道を疾駆しながら、手元のハザードの横にあるスイッチを入れた。
『実行.単独形成殻共鳴』
補助頭脳が告げ、艶消しの黒い車体を備えたバイクの増幅核と彼自身の心核がリンクする。
自動形成される自身の装殻が全身を覆う。
艶消しの黒、馴染んだ異形へと自身を作り変えるのと同時に、バイクのエンジンの音が一段上がる。
フルスロットルでアクセルを捻ると、バイクはさらに加速した。
カウルの風除けに視線を合わせるように深く身を沈めた彼は、人馬一体となって砲弾のように宙へと飛び出した。
ウォン! と大きくエンジンが吼え、眼下に幾人もの装殻者を捉える。
彼はアクセルを戻してクラッチを切り、滑らかにトップギアのさらに上にあるギアを蹴り込んだ。
『限界共鳴機動ーーー形状変更:突進形態』
カウルの形状が変わり、突撃槍のような外観となった『Breaker-01』のアクセルを再び開く。
ツインマフラー上部、リアサイドに形成されたアクセル・スラスターが駆動。
彼は急降下しながら、敵へと突撃した。
「出力解放ーーー《黒の進撃》」
『実行』
シンプルにして、凶悪。
破壊エネルギーを突端に込めた大質量の砲弾の如き一撃が、反応出来ない伍号コピーに斜め上から突き刺さり、着地直後にさらにシープを薙ぎ倒す。
『限界共鳴機動終了』
着地の衝撃を吸収、前輪を捻ってフロントロック。
両足を地面に付けてローリンエンドを決めた彼の視線の先で。
伍号コピーが爆散し。
「がぎゃはぁ!?」
情けない声を上げて、シープが吹き飛び地面を転がった。
それまで沈黙していたエータが、初めて口を開いた。
「……貴様は」
その声に応えて。
彼は、名乗りを上げた。
「―――我は【黒の装殻者】が一人」
最後に一度アクセルを吹かして、エンジンを唸らせ、愛車を降りる。
「従うものは、己の心」
倒れた同志と、未だ抗う者たちと、倒すべき敵と。
その全てを平睨するように、見回して。
「律に背き、権を拒み、力を以て望みを通す」
最強の名を冠する黒い装殻者は―――【黒殻】の総帥は。
左手で、大きく逆十字を切った。
「我は、正義を騙る修羅。ーーー名を、黒の一号」




