第6節:零号VS青蜂
装殻、というものは、元を辿ればただ一つの存在から生まれた『モノ』だ。
黒の0号と呼ばれる最初の装殻者の細胞を劣化培養した人工希少鉱物粉を使用する事で、人を彼と同質の存在へと変化させるもの。
コウが手にした装殻は、0号の装殻細胞を劣化させる事なく培養したものであり。
彼は唯一、その装殻に適合出来る存在である。
全ての装殻者の中で、ただ一人、オリジナルと呼べる装殻者。
それが、北野コウなのだ。
「おぉおおおおッ!」
コウは吼えながら、地面を蹴ってミツキに迫った。
「っせりゃ!」
ミツキも同時に足を前に踏み出す。
コウが繰り出した拳は避けられて、逆に内に入り込まれた。
そのまま、肩で胸元を突き上げられる。
「ぐっ……」
息が詰まるが、コウはその場でぐっと踏みとどまり、見えている背中に左拳を振り下ろした。
「ッてぇな!」
わずかに体を沈ませたミツキが、そのまま足払いを仕掛けてくる。
左足を跳ね上げられて倒れそうになったコウは、体を捻って後ろを向くことで、なんとか踏みとどまった。
が、その背中に衝撃を食らって何歩かたたらを踏む。
振り向くと、ミツキが横蹴りを繰り出した姿勢から、ゆっくりと足を下ろすところだった。
「偉そうな事言っといてその程度か。やっぱ大した事ないやんけ」
「お前の攻撃だって、ちっとも痛くない。その程度の攻撃しか出来ないくせに、イキがるなよ」
「抜かせ、ヘタレ!」
「語彙が少ないんだよ、チンピラ!」
二度目のお互いの攻撃は、真正面から拳同士が衝突した。
ウェイトは、機動重視の青蜂を使うミツキよりも、零号であるコウの方が重い。
その体重の重さがそのまま突進力の差になり、ミツキが押し込まれる。
「っらぁ!」
しかしミツキが、あっさり拳を引いたかと思った直後、コウの側頭部に凄まじい衝撃が走る。
柔らかく足をしならせたミツキの上段蹴りが決まったのだ。
「ーーーッ!」
根性で耐え切ったコウは、その足を掴んでミツキを振り回した。
「う、ぉ!?」
一回転して遠心力を付け、ミツキを投げ飛ばす。
しかし広い空間が仇となって壁に叩きつける程の勢いはなく、ミツキは空中でバック宙を決めると、そのまま足から地面に降りる。
「馬鹿力が」
「猫かよ」
お互いに相手の動きを苦々しくそう評して、三たび対峙する。
今度はミツキが、ボクシングのように両手を構えて軽く跳ねるようなステップを踏み。
コウは再び左拳を前に、右を腰だめに構えて軽く腰を落とす。
それまでよりも鋭い速さで、ミツキが踏み込んで来た。
鞭のような左ジャブが、予想外に伸びてきてコウの肩を叩いた。
痛みを奥歯で噛み殺しながら、コウはじりっと一歩前に出て、右拳を放つ。
しかし、それはミツキのスウェイバックであっさり避けられた。
「そんな大振り、当たるかいな」
ミツキは嘲るように言うと、さらに連発でジャブを放って来た。
全て喰らい、コウはフルフェイスの下で何度も歯を噛み締めて、耐える。
元々、コウ自身の技量はミツキには遠く及ばない。
真正面からやりあえば、こうなる事は目に見えていたのだ。
だから、今の状況は想定内。
例え痛みが、衝撃が、そして疲労が……戦う事が、傍で見て、考えているよりずっと辛いものだった事を理解しても。
コウは、負ける訳にはいかない。
大切なものをバカにされて、黙ってやられる訳にはいかないのだ。
そして、好機が訪れた。
わずかにミツキが見せた隙に、コウは渾身の力で右拳を打ち込んだ。
しかし、それはミツキの誘いだった。
即座に身を翻したミツキが、彼も溜めていた右ストレートをカウンターでコウの腹に突き刺す。
「ッッ!」
ここだ。
吹き飛びそうになる意識の中で、コウは足掻いた。
闇雲に両手で掴みかかり、掴んだ部分を無理やり下に押さえつけるように押し込む。
「こ、の……!」
コウの目的を悟ったミツキが膝蹴りを繰り出すが、コウは手を離さなかった。
そのまま片手で押さえつけながら、股下を掻い潜るように腕を回してミツキを肩の上に抱え上げる。
「うぅううう、アァッ!」
コウは、持ち上げたミツキを全力で床に叩きつけた。
轟音と共にミシ、と鳴ったのは、ミツキの体か、床なのか。
「ごほっ……!」
咳き込みながらもこちらに顔を向けるミツキに、コウは右拳を振り上げた。
コウがそれを真上から振り下ろすのに合わせて、ミツキが寝転んだまま足を跳ね上げ、コウの頭につま先を叩き込もうとするのが見える。
そして。
「はい、そこまでー」
全く意識しないところから、するりと二人の間に入り込んだケイカが、コウの拳とミツキの足をあっさりと受け止めていた。
「若人たちよ。熱くなるのは分かるけど、やり過ぎは良くないと思うよー?」
冗談めかして言うケイカは生身だ。
装殻者の攻撃を受け止めて平然としている彼女に、コウとミツキは呆気に取られた。
いつの間に現れたのかも、攻撃を止める直前まで分からなかった。
「てゆーか、『青蜂』壊されたら困るしさー。そもそもケンカじゃなくて、これ模擬戦だから」
「す、すいません……」
困ったような笑顔で言われ、コウは頭上っていた血が引くのを感じた。
手から力を抜くと、ケイカが手を離す。
「あー、ヤバかった。お前やっぱキレると怖いタイプやな」
あっけらかんと頭を振り、ミツキも上半身を起こす。
そんなミツキの頭を、ケイカが軽く叩いた。
「もう。ミツキくんも言い過ぎだよー。コウくんを本気にさせてとは言ったけど、大事なものバカにされたら誰だって怒るでしょー?」
「そんなんゆーたかて、コウ、自分のことじゃ怒らんのっすよ。他に方法も思いつかんかったですし」
コウはそのやり取りを聞いて、ミツキの発言が仕組まれたものだった事を悟った。
「いやしかし、予想外過ぎるわ。苦戦くらいはするかもと思っとったけど、まさか今日初めて装殻者になった奴に負けそうになるとは思わんかった」
お手上げ、とばかりに両手を上げながらミツキが装殻を解除する。
そこには、イタズラに成功した悪ガキのような笑みが浮かんでいた。
「君だって今日初めてでしょ。『青蜂』使うのは」
「そういや、そうっすね。いやでも、流石に最強の人体改造型やなぁ。パワーがケタ違いやわ。『青蜂』かて最新型やのに」
「あの。何でこんな事を?」
コウは意図が分からず、二人に質問した。
ケイカはバツが悪そうに頭を掻き、ミツキが頬を指先で撫でながら、二人は目を見交わす。
「やる気をね、見せて欲しかったんだよ」
先にケイカが応えた。
「大きな力は、使い方を間違うと簡単に人を傷つけるんだよ。今みたいに。ハジメさんが言ってたけどさ、君は大切なものを守りたいから《黒の装殻》になったんでしょう? だったら、力の使い方を覚えなきゃいけない。ーーー過ぎた力を、いざって時に初めて振るうようじゃダメなんだよ。そんなやり方は、絶対に大切な人たちも傷つけてしまうから」
ケイカは真剣で、その言葉は重たかった。
「だから、悪いけど試させて貰ったんだ。大切な人を守るために力を操る方法を覚える気があるのかどうか。どう? やる気出た?」
コウはうつむき、小さな声で答えた。
「……よろしくお願いします」
ミツキの言う通りだと、コウは思った。
力を手に入れただけで満足していた。
ケイカの言う通り、危機が迫った時にだけ力を使おうなんて、甘ったれた考えだったのだ。
現に、今だってケイカが止めなければ、下手をすればミツキを殺すところだった。
〝力〟というのは、そういうものなのだ。
「ごめん、ミツキ」
「別に謝らんでえーよ。わざと怒らせたんは俺やし。……俺も謝らんで。大事な人をバカにされんためには、自分の行動で示すしかないんや。その人らに対して自分が恥ずかしくないように、生きていかなあかんねんから」
「……うん」
自分に言い聞かせるように言うミツキに、コウは素直にうなずいた。
「さ、そろそろ警備の方に挨拶して、今日は家に帰ろうか。疲れたでしょ?」
ケイカがウィンクしながらそう言った。




