第15節:赤い花
ジンの加速に対して。
驚いた事に、マサトは追従した。
飛び上がってマサトに向かって放った拳を、両手のブレードを交差させて受ける。
『推測:反応機動・知覚極超加速並列励起状態」
補助頭脳が、量子計算による推測をジンに伝える。
超加速領域内で見るマサトの肉体は、ジンに比べるとゆっくりとした動きだ。
だが、その目は確実にジンを捉えている。
おそらくは、マサト自身が補助頭脳であるがゆえの副産物……なのだろう。
その知覚のみが、ジンの加速に届いている。
/だが、それだけで俺を止められると思うなよ!
ジンは吼えた。
極超加速状態は、体への負担が限界機動の比ではない。
動くだけで軋みを上げる全身を制御しながら、
マサトに、さらに逆の拳と蹴りを放ち、地面に叩き落とす。
マサトは受けるだけで精一杯で、それに抗えはしなかった。
当然だろう。
むしろ、受ける事が出来ただけでも驚嘆に値する。
この状態のジンに対しては、あの参式ですら数合打ち合うのが限界だったのだ。
/喰らえ……出力解放―――!
『命令実行』
天に飛び上がった姿勢から、地面に仰向けに倒れたマサト目掛けて。
ジンは、必殺の蹴りを撃ち放つ。
/《黄の蹴撃》……ッ!!
雷撃と電熱を纏う螺旋の蹴りを、スラスターでさらに加速しながらマサトに迫る、ジンの目に。
マサトの口許が、微かに動くのが映った。
『ジン……』
/ッ……アイリ―――!
直後、ジンの蹴りが炸裂し。
マサトの体が螺旋に巻き込まれて吹き飛ばされる。
『限界機動終了』
そう告げる補助頭脳の音声と共に。
地面に刻まれた螺旋のクレーターの真ん中に立つジンの全身から、冷却剤が気化して白煙が吹き上げる。
外殻の色が黄金から黒に戻ったジンの、背中を。
「やっぱり、お前らは皆、甘いよ」
空中で姿勢を立て直したマサトの、縦の一撃が引き裂いた。
内部の人体にまで到達する一撃に、ジンが口から生暖かい血が溢れる。
「ぐぼっ……!」
膝をついたジンが、マサトを見上げた。
その外殻に多少の損傷はあるものの、肩の外殻が大きく削れている以外は、ほぼ無傷。
直撃の寸前で軌道を逸らしたジンの蹴りは、倒れたマサトの肩を掠めて地面を抉っただけだった。
「演技、だよな……そりゃ」
「まぁね」
普通に考えれば、あの場面でマサトがアイリを表に出すことなどあり得ない。
しかしそのあり得ない可能性を示す事で、マサトはジンの動揺を誘った。
これはアイリの体だぞ、と。
お前は、本当にそれで良いのか、と。
「口では大きな事を言っていても、最後の最後で冷徹になり切れないのが君や花立さんの欠点だ。君たちではアイリの真実を知っていたところで、あの少女から0式コアを抉り出す選択は出来なかっただろう? 悪意のある敵に対しては強く出れても、一度身内に引き入れた相手には一歩怯む。……だから」
「だから、お前が、やった、と?」
「そう。俺にとっては、アイリが一番大切だ。他の何を犠牲にしても、構わない。そう思えるから」
マサトは、ふり仰ぐジンの喉元にブレードの先端を突き付けた。
「お前、自身を、犠牲にする事すらも、か……?」
ジンは、苦しい息の下で、なんとか言葉を絞り出す。
「アイリは……お前を、許さねぇだろ、う……」
マサトは、悲しげに目を伏せた。
「そうだね。それも、仕方のない事だ。……お別れだよ、ジン。君の事は嫌いじゃなかった」
そして、マサトが刃先に力を込めようとした瞬間。
乾いた音が周囲に響いて、彼が手を止め。
「ユナーーーーーーッ!」
遠くで、ミツキの悲鳴が響いた。
※※※
「ち。やってくれますね」
シープは舌打ちと共に周囲を見回すと、先ほどまで立っていた崖の一部が消滅して白煙を上げていた。
手元に残していたベアード達に咄嗟に庇わせて避けはしたが、手勢が大きく削がれてしまった。
「全く、これだから《黒の装殻》は油断がならない。もう少し慎重にやるべきでしたかね?」
ベアード達の正体が襲来体だと気付いた途端にこの有様だ。
そこで、更なる光と振動が足元から響き渡る。
「仕方がありません。計画には少し早いですが、ちょっと動揺してもらいましょうか。……エータ」
「御意」
シープと同じく参式の一撃を避けたエータが、長大な狙撃銃を現出させると、それを構えて地に伏せる。
殻弾長距離狙撃銃。
出力供給により、理論上は地平線に到達する距離を狙撃可能なその銃で、エータが狙いを定めたのは。
中空に在り、防御球を展開しているミツキ。
「撃て」
無造作なシープの命令に従って、エータは引き金を絞った。
音速を優に超える凶弾が。
マズルフラッシュと共に、音もなく銃弾を解き放つ。
そして音が空気を震わせる頃には、防御球が破壊されて鮮血が散って、地上に降り注いでいた。
※※※
手加減した出力解放により、解殻にまでは至らない余力を残した参式が崖上に目をやると。
そこに、無傷で立つシープとエータが見えた。
同時に、ジンのコア反応が増大し、爆光が目を射る。
「アクセルだと……マサトはそこまで強いか……!」
予想以上に敵の戦力が高い。
光が収まると、崖上で狙撃銃を構える姿勢になったエータが見える。
狙いを瞬時に察した参式が吼えた。
「避けろミツキッ!!」
しかし、声が届きミツキが避けるよりも先に、空中に赤い花が散る。
「どこまでも下劣な策を……!」
「守りの機能を付けるなら、姿を消す方法も一緒に考えるべきでしたね。ただの的です」
鬼気を放ちながら殻弾機関銃を構える参式に、シープが涼しい顔で応じながら眼下を指指した。
「呑気に私たちに構っていて良いのですか? お仲間がやられてしまいますよ?」
言われて目を向けると、ジンの喉元にマサトが切っ先を突き付けているのが見えた。
「ッ……!」
戦況の変化が激しすぎる。
ユナとミツキをケイカらへ一任する、と意識から切り捨てた参式は、全力で、ジンとマサトへ向けて地面を蹴った。




