第14節:憤怒の雷神
崖下に倒れたジンと、それを見下ろすマサトを覆うように、白い光が炸裂した。
マサトが、それを見ながらぽつりと呟く。
「……《紅の爆撃》? 相変わらず甘いな」
後ろ半分は、自身まで防壁に包まれた事に対する感想か。
目の前で展開された、内部への威力の伝達を一切遮断する防壁に触れるか触れないかの場所まで手を伸ばし、マサトは動きを止めた。
その表情から、何を考えているのかは全く読めない。
「喰らってもダメージはないけど。アイリを巻き込まない貴方の優しさを、俺は評価するよ」
マサトは、改めてジンに目を向けた。
ジン自身は、崖に背中をもたれて体を起こし、マサトを見上げている。
「改めて問うよ、茂見ジン。こちらに付く気はないか?」
「はは」
ジンは、おかしくなって笑った。
「俺に、【黒殻】を……ハジメさんを裏切れって?」
「そうだ」
「そいつは、出来ねぇ相談だな……」
ジンは、顔を伏せ、改めて自答してから続ける。
「ああ本当に、それはこの世で一番あり得ねぇ事だぜ、マサト」
「何故だ? 昔、救われでもしたか? アイリや、俺と同じように」
「いいや。そうじゃねぇ」
マサトの勘違いに、ジンは頭を横に振った。
「逆だよ、むしろ。俺がハジメさんを裏切らねぇ理由は」
その、理由を思い出し。
ジンは怒りを、全身に立ち上らせた。
「俺があの人を……心の底から憎んでるから、だ」
ほら、思った通りだ。
ジンは、自分を自嘲する。
ちょっと思い出しただけで、この有様。
ーーーやはり、俺が裏切ることは、あり得ねぇ。
改めて確信したジンの雰囲気が変わった事を察したのか、マサトが少し訝しげに言う。
「どういう意味だ?」
「俺は」
ジンは怒りが身を焦がすままに、拳を握りしめ、マサトを睨む。
彼の中で、スイッチが入った。
「自ら《黒の装殻》になる事を志願した。理由は、ハジメさん……黒の一号に、親友を殺されたからだ」
話が見えないのだろう。
マサトは黙って聞いている。
「黒の一号は、俺にとって、誰よりも尊敬に値する人だ。高潔にして、不惑。俺は、そんなあの人を殺すために、今、ここに在る」
そう。
ジンは、ハジメを助けるために【黒殻】に居るのではない。
彼を監視し。
彼が道を踏み外した時に、殺すために居るのだ。
「あの人が殺した男は」
ジンは、己の理由を語る。
アイリへの思慕よりも。
世界を救うことよりも。
何よりも、ジンがジンとして生き続ける為に重要な事を。
「奴は、どうしようもねぇクズだった。平気で嫌がる女を犯し、泣き叫ぶ子どもを拐い、あげく親類から金だけむしって殺すようなゴミさ」
殺されたって仕方がない奴だった。
自分が殺そうかと、何度思ったか知れない。
「それでも、俺にとっちゃ物心ついた頃から、戦争で荒れた世の中を、一緒に生きた大切な奴だった……!」
生きる為に仕方なく盗んだ。
襲ってくる暴徒どもを共に殴り、蹴り殺した。
血まみれの最悪は。
その、最悪の状況は。
友人の心を、容易に壊した。
ジンと違い、優しすぎたその男は。
ハジメに殺された時には、とっくに、狂っていたのだ。
生きるか狂うか。
きっと、それしか奴に選択肢はなかった。
自分とあいつらは違う、と、彼は口癖のように、自分に言い聞かせるように、いつも言っていた。
「何故殺した、と詰め寄る俺に、ハジメさんは言ったよ」
『己の欲望に従じる者は、己に罰を与える覚悟を持て』、と。
人に仇為す狂人を。
狂ってしまった親友を、自分で止める覚悟を持たなかった、ジンに。
分かっている。
ハジメは、あいつを救ってくれたのだ。
だが、怒りは消えない。
それでも、元に戻る可能性を摘み取ったハジメを、ジンは許すことが出来なかった。
正気に戻った結果、自身の行いを悔いて自殺するだけだとしても。
その選択すら奴には与えられず、ただ、狂ったままに殺された。
やり場のない怒りを覚えていた。
ハジメの正しさを、ジンは怒りながらも理解していた。
だから。
「だから俺は、あの人が堕落した時、罰となるために、ここにいる」
ジンは、自分の胸に手を当てた。
それは今は亡き親友への誓い。
お前を殺した正義が失われた時には。
俺が、『悪』としてあの人を断じると。
コウは、許した。
あいつは俺より余程、心が広い。
その光景を見た時に、安堵と同時にジンは残念さも覚えた。
俺の業は、まだ消えないのだと。
次に託せはしないのだと。
「俺みたいな大した能力もねぇ奴に、あの人が最強の力をくれた理由はな。俺が一番、あの人の正義を疑っているからだ」
ジンは、ゆっくりと立ち上がる。
膝に手を添え、重い体を持ち上げるように。
その、恨みにも似た怒りと、自身の手で親友を殺さなかった自分への悔恨を背負って。
「あの人が、俺の『お前は本当に正しいのか?』という疑いを、確信に変えるような行いをした時に……」
屈する訳にはいかない。
自分が背負うと決めた重みは。
決して、嫌になったからと投げ捨てていいものではない。
「俺は、あの人を殺す。だから俺は、その時まであの人を決して裏切らねぇ……!」
右腕を、まっすぐ天に突き立てて。
左腕を交差させて、逆十字を描く。
「俺が最も尊敬し、憎む者は、黒の一号……!」
全身に、黒の一号に対するどす黒い怒りを滾らせて。
彼自身から、与えられた力をもって。
あの人の敵を、排除する。
ジンの、ただ唯一の目的の為に。
黒の一号に、義の正道から逸れることを決して赦さない為に……!
「天を従え! 地を降し! 人を欺く!」
両腕を解き、握った右拳を、真っ直ぐ空へ。
「蔓延る邪悪に制裁を!」
引き締めた左腕を、硬く腰へ。
「俺は〝憤怒の雷神〟―――名を黒の伍号・大甲!」
ジンは、マサトに対して、高らかに己を宣告する。
「黒の一号が邪悪に堕ちた時ーーーあの人を殺す男だ!」
不意に訪れた一条の雷鳴が、
轟音と共に、ジンに突き刺さった。
『第一制限解放』
ジンの身に宿る生体移植型補助頭脳―――マサトの原型たる補助頭脳が、ジンに告げた。
「限界突破機動ッ!」
『命令実行。ーーー継続励起』
《黒の装殻》において、ただ唯一、ジンにのみ与えられた力。
黒の一号らが、巨殻の増幅核によって増大した出力すら超えるエネルギーを生み出す心臓核。
彼の名前の由来でもあるそれが、全開で巡らせるエネルギーの巨大さに。
「この力は……!?」
マサトが、驚きによって初めて表情を変えた。
「おおおおお―――ッ!」
全身が雷電を纏い、同時に外殻が黄金に染まる。
極超加速の、継続励起。
零号装殻を持つコウですら、未だごく短時間しか行うことが出来ない、その技をもって。
ジンは、マサトに挑みかかった。




