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黒の零号〜最強の装殻者〜  作者: 凡仙狼のpeco
第1話:纏身! 黒の零号!
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第5節:怒りのスイッチ

 場所を室内訓練場に移して。

 その広々とした白い空間の中央に立ったミツキは、装殻を収納した腕輪型の装殻具に触れた。


「Veild up」

命令受諾(ゲットコネクト)


 ミツキの音声に反応して『青蜂』が展開する。

 両肩の《ハニー・コム》は外されており、素の状態だ。


『どう?』


 計測所から、マイクを通してケイカが訊ねた。

 体のあちこちを動かして装殻の具合を確かめていたミツキは、微妙な声音で答える。


「やっぱ、新品は馴染まへんっすね……。反応自体はすげー早いんすけど、やっぱちょっと動きは重たい感じっす」

「フィッティングもロクにしてないしね。仕方ないんじゃないかな」


 と、ミツキの目の前に立っているコウが言うと。


「いーから、はよお前も装着せーよ」


 投げやりにミツキが返事をした。

 そう、なんの因果か、模擬戦の相手はコウらしい。


「やっぱやめない? 俺じゃ相手にならないよ」


 気の進まないコウは躊躇っていた。

 そもそも、さっき飛行場の一件があるまで装殻を展開した事もなければ、展開出来たのもケイカのお陰である。


「実戦闘はともかく、仮想戦闘機(シミュレーター)の成績は結構いけてたやん」

「あれはゲームみたいなもんだったから……。ケガもしないしさ」


 そもそも、コウは痛いのが苦手だ。

 得意な人も少ないだろうが。


 しかしコウの言葉を、ミツキは別の意味に捉えたらしい。

 ぴく、とミツキの肩が跳ねる。


「……ほぉ。自信なさげな事言うとるワリに強気やんけ。俺がお前相手にケガするよーなザコやっちゅーんか?」


 しまった、とコウは思った。

 ミツキは、かなりの負けず嫌いなのだ。


 コウの言葉が、自分をナメた発言に聞こえたのだろう。

 しかし、訂正しようとする前にミツキが続ける。


「お前、調子乗んなや。戦闘から逃げるようなヘタレが」


 その言葉に、コウはうつむいた。


「……ごめん」


 ミツキが舌打ちする。


「ッ……なっさけないのぉ。何でお前が《黒の装殻(シェルベイル)》やねん。ハジメさんも見る目ないで」

「……ッ!」


 コウは軽く顔を歪めた。


「お? なんやその顔」


 見咎めたミツキが、首を傾げる。


「お前自分が今、口だけのカスや、って分かってんか? お前が装殻に声入れてる姉貴も、お前から見たら強かっただけで、ほんまは別に大した事なかったんちゃうんか? なぁ?」

「なんだと……?」


 コウは、一瞬で頭に血が昇るのを感じた。


「何で、ただ戦わないだけで、そこまで言われなきゃならない……!」

「ただ戦わないだけ? はっ! 与えられた役割放棄しといてよぉ言うわ」

「……ッ」


 確かにコウは、戦うのが嫌いだ。

 結局装殻(ベイルド)も展開出来ず、腰抜けと言われても仕方がないような事をして来た。


 だが、ハジメや姉の事までバカにされる覚えはない。


「大体、戦『わ』ない? 戦『え』ないの間違いやろ?」

「違う……!」

「違わんわ。お前は甘ったれて、自分の手を汚したくないだけの、ゴミや」

「違う! 俺が……俺が力を得たのは、守る、為だ……人を傷つける為じゃない……!」


 コウはずっと、守る力が欲しかった。

 大事な人を失ったからこそ、そんな思いをしなくて済むような力が欲しかったのだ。


 その力を、誰かを傷つける為に振るうのは嫌だった。

 結果的に誰かを守る事に繋がるのだとしても、【黒殻(アンチボディ)】の戦闘員としての作戦は、誰かを、自分達のほうから傷つける事が前提だった。


 その心が装殻を自ら封じていたのだと、不意にコウは悟る。

 しかしミツキの言葉は、コウの心の一番触れて欲しくないところをえぐってきた。


「はっ! だから口だけや、っちゅーとんねん。何も守れてへんやん。俺にこんだけバカにされてもきゃんきゃん吠えるだけのクセに、よぉ言うわ」

「何も、知らない奴が……!」


 ハジメさんを、バカにされた。

 コウの存在に……非適合者という人間にも価値があるのだと言い続けてくれた人を。


 それでもコウを助ける為に、最後は《黒の装殻(シェルベイル》として迎え入れてくれたハジメさんを。


 姉をバカにされた。

 コウたちを巻き込まないようにと、自分だけが泥を被り。


 最後は自分とアヤを救う為に、自分の命を差し出して散った、気高い姉を。


 許せなかった。

 バカにしたミツキに対する怒りが滾る。

 だが、それ以上に。


「知らなかったら何やねん。大事なもんバカにされて腹が立つなら拳で守ってみせろや! このドヘタレが!」


 ミツキにそんな言葉を口にさせるような行いしか……大切なものをバカにされるまで、何もしなかった自分自身の弱さが。

 許せなかった。


「その言葉を……後悔するなよ……!」


 コウにも、分かっている。

 彼の言葉が痛いのは、それが図星だからだ。


「後悔すんのは、お前の方じゃ。人をナメた事言って、タダで済むと思ってんちゃうぞ!? あぁ!?」


 コウは、腕を交差させた。

 左手を高く、右手を低く構えた、斜めの逆十字(アンチクロス)


「ーーー纏身(テンシン)!」


 コウは、初めて自らの意思で。

 心の底から、装殻者になる事を望んだ。


要請実行(オールレディ)


 体内に秘められた装殻……それを律する補助頭脳(サポーター)が、姉の声で確かに応える。


 コウは、力の奔流が体内を駆け巡るのを感じ取った。

 心臓と融合した心核(コア)から、体内の出力供給線を走る。

 人体改造型装殻者(シェルベイル)の全身を形成している流動形状記憶媒体(ベイルドマテリアル)が、駆け巡る(エネルギー)に反応した。

 肉体形状を、人間としての姿を模した常態から、真の姿である戦闘態へ。


 漆黒の外殻に、紅い双眼を持つ、異形へと。


 コウは、人間を遥かに超える自らの力を確かめるように、拳を握り込んで左右に払った。


装殻形態(スタイル)全能力制限(フルリミット)


 補助頭脳が、変態の完了を告げるのに合わせて、コウは握った拳を静かに構える。


 左拳を突き出すように。

 右拳を腰だめに。


 どこか武骨で重みを感じさせるその姿こそ、かつて唯一〝装殻者(ベイルドマン)〟として在った者の、一番最初の姿。




 原初の装殻者―――黒の零号。




 今、この瞬間こそ。

 かつて失われた真の装殻者が、本当の意味で再誕した瞬間だった。

 


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