第6節:絆の証
「ケイカ」
声を掛けられて顔を上げると、ヤヨイが立っていた。
「……ヤヨイさん」
「あんたは、ヘコむ事があるとこういう場所に来るよね。探すのにも一苦労だ」
ケイカが居たのは、備品倉庫の奥にある棚の隙間だった。
古い、使われなくなった部品や、置き忘れられたの荷物が積み上げられた一角で。
ケイカは体が収まる程度の隙間を作って潜り込み、膝を抱えていた。
呆れたような声に、彼女は悄然と俯く。
ヤヨイは、荷物がない棚の埃を払って腰掛けた。
そのままなにも言わない。
「……ねぇ、ヤヨイさん」
「なんだい?」
自分で抱えた膝頭を見つめながらケイカが話しかけると、いつもと変わらない声音でヤヨイが答える。
「……私は、どうすればよかったの?」
皆との共同生活は、ユナに対して良かれと思ってやった事だった。
注意を払っているつもりで、こんな事になり、自分が物事を甘くみていた事をコウに突き付けられて。
ケイカは、どうしたら良かったのか分からなくなっていた。
アヤは、ユナは大丈夫だろうか。
こんな事態になるなら、二人を引き合わせるべきじゃなかった。
全く、コウの言う通りだ。
ケイカは、いつもそうだった。
大切なところで失敗したり、何か悪い事が起こる。
彼女を助ける為に、トウガの想い人は犠牲になった。
そもそも襲来体母体に寄生されたせいで、黒の一号たちに迷惑を掛けた。
後に肆号として襲来体との最終決戦に臨んだ時も。
最後は、彼女のせいでヤヨイが足を失ってしまった。
黒の一号に託された『青蜂』作りも失敗ばかりで。
最後は、コウとジンのお陰でようやく目処がついた。
ミツキの資格剥奪にしても、ヤヨイと黒の一号の手助けがなければ、ケイカ一人では撤回出来なかっただろう。
周りに頼って、失敗ばかり。
守られてばかり。
それが、ケイカの人生だ。
「私は、また間違っていたの?」
今度も、ユナが拐われてしまった。
守りたいという想いが、守ろうという気持ちが足りなかったのか。
「私は、一人ではそもそも戦う事も出来ない、出来損ないの《黒の装殻》。私がいると、悪い事ばかり起きる。役に立ちたいと思っても、結局、ちっとも役に立たない」
そんなケイカに対して。
「ケイカ」
呼び掛けるヤヨイの声は、厳しかった。
「忘れたのかい? 今のあんたがあるのは、一体誰のおかげなのか」
責めるように言われて肩を竦めるが、答える。
「皆が、助けてくれた、から……」
「そう。あんたは色んな人に助けられた。でもね、なんで皆があんたを救ったのか、ケイカ自身は忘れちまってるようだね」
「なんで……?」
皆に助けて貰えるだけの理由が、何かあっただろうか。
ケイカは首をかしげた。
もし仮に。
ケイカ以外の誰かが同じ目に遭ったとしても、黒の一号たちはその人を救っただろう。
彼らは、そういう気質の人々だ。
誰かの為に、動かずにはいられない彼ら。
そんな人たちに、憧れて。
少しでも役に立ちたくて、ケイカは必死になって努力した。
「あんたを皆が助けてくれたのは。あんたが、いつも一生懸命だったからだ」
ヤヨイは、ケイカにとって不思議な事を言った。
「あんたは昔、トウガの心を救った」
耳朶を打つ言葉に、ケイカは初めて花立と話した時の事を思い出す。
彼は沈んでいた。
想い人を失い、傷ついていた花立。
「スミレさんを失って腑抜けになっていたトウガを〝王鬼〟に戻したのは、あんただ。キヘイ隊長の言葉だけでも、私たちの励ましだけでもダメだった。トウガに救われて、生きていてくれたケイカの言葉が、あの時のあいつにとっては何よりも価値のあるものだった」
顔を上げたケイカに、ヤヨイは笑みを見せる。
「私たちは本気で感謝していたんだよ? あの時、ケイカが生き残った事には、万金の価値があったんだ」
「そんな事……」
「あるんだよ。本条さんも同じさ。ケイカが生きることを諦めずに肆号として……襲来体の性質と、装殻の肉体と、人の心を併せ持った存在として生還したお陰で、新たな襲来体にも対抗する手段を得る事が出来た」
ヤヨイは、自分の胸に手を当てる。
「そして私も」
「ヤヨイさん、も?」
「当たり前だろう? ケイカが、私にカズキと並んで戦えるだけの力をくれたんだ。私には、トウガほどの強さも、カズキほどの運もない。人の身では死んでただろう戦線だって幾つもあっただろう? 足を無くすくらいで生きて返れたから、ミツキが生まれた。これ以上に嬉しい事なんかそうそうないよ」
ヤヨイの言葉は。
いつも、ケイカを奮い立たせてくれる。
「私が居て……悪い事ばかりじゃ、なかった?」
「全然ないね」
ヤヨイの言葉は力強かった。
「自信を持ちな、ケイカ。あんたには力がある。それを振るう理由もある。何を恐れる事がある? 萎縮するだけなら、そこら辺のガキにだって出来るよ。目指すものが、やり遂げたい事があるなら、自分の足でしっかり立ちな。皆に救われたと思うなら、そのケイカ自身が、ユナを救う事を諦めてどうする?」
「うん……」
ヤヨイは、横に手を伸ばして、ケイカの頭をぽんぽんと叩いた。
「あんたは、私の自慢の娘だよ。ちょっと怒られたからってへこたれてんじゃないよ。見返すくらい、大きな事をやってやるって気概を持ちな!」
「……ごめんなさい」
迷っている暇が、悩んでいる暇が、ヘコんでいる暇があるなら。
その間に、出来る事もある。
ケイカは、ようやくそれに気付いた。
彼女の顔が変わったのを見て、ヤヨイは満足そうにうなずく。
「その意気だよ。出来損ない、とあんたは自分をそう言うけどね」
間を置いて、ヤヨイは続ける。
「黒の一号が義の、弐号が智の、参式が仁の。伍号が信の《黒の装殻》とするなら。あんたは礼の《黒の装殻》だ。絆をもって戦う者さ。一人では戦えない? 結構な事じゃないか。求める人に力を分け与える事なんて、ケイカ以外にも他の誰にも出来ない事だ」
「礼……」
自分の事を、そんな風に考えた事はなかった。
求める人に、力を。
「私を……求めてくれる誰かに……」
「そう。 ずっと言ってるだろう? ケイカ自身が求め、相手もケイカを求める。そういう相手を得た時に」
ヤヨイは、どこか憧れるように目を細めた。
「ケイカは本当の、真の肆号として、世界を救うのさ」




