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黒の零号〜最強の装殻者〜  作者: 凡仙狼のpeco
第5話:連続励起!? 暴走する零号!
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第5節:要請

 装技研の屋上スペースは、局員リラクゼーションの一環として憩いの広場になっている。

 その緑地化された一角がベンチになっており、花立トウガはそこに腰掛けていた。


 装技研は高台にあるため、天候対応の強化ガラスシェルターの向こうには遠望の山以外は広く視界が広がっている。

 眺めるともなく景色に目を向けていたトウガに、横からコーヒーが差し出された。


「ジンか」

「一人で黄昏てても、気分は良くならないっしょ?」

「……お前の顔を見て気分が晴れる、というモノでもないが」


 トウガの憎まれ口に、ジンは笑った。

 内心では、その笑みにどこかホッとしている自分がいるが、顔には出さない。


「違いない。でも、俺が一人だと凹むから、付き合ってもらいたいところだね」

「我儘な奴だ」

「足が軽い尻が軽い図々しい、と散々言われてる」


 ジンは軽くベンチに腰を下ろして足を組んだ。

 そうした仕草が自然に様になるのは、持って生まれたものだろう。


 トウガ自身にはないものだ。

 苦労して厳しいように見せ掛ける所作は身に付けたが、元来、トウガは自他共に認める他人にも自分にも甘い人間である。


「あれはキツかったっすね」


 紙コップのコーヒーに口を付けて、ジンは笑みを苦笑に変えた。


「だが、正しい」


 答えたトウガの胸中に、苦いものが過る。

 コウの発言は、ジンにも堪えたのだろう、どことなく沈んだ雰囲気を見せていた。


「ケイカはどうしてる?」

「ヤヨイさんが行ったっすよ。『《黒の装殻》の現役どもはどいつもこいつも手が掛かる』と」

「ぐうの音も出んな。ヤヨイはリタイアし弐号は動けない。本条も、あれで後先考えないからな」

「その上トウガさんも俺も凹んでると来たら、俺たちはマトモに動けないんでね。こうして傷の舐め合いをしに来たって事っす」


 ジンは、情けなさそうに頭を掻いた。


「俺は、言われるまでアヤの事がまるで見えてなかった。彼女をここに放り込んだのは俺っす。コウの言葉は、まるでハジメさんに怒られてるみたいだった」


 内心を吐露するジンに、トウガもうなずいて見せる。


「……マサトがそこまで切羽詰まった状況だと、俺も知らなかった。最近、奴はバイタルデータを見せなかったからな」

「マサトに言われて……わざと見逃したんすか?」


 探るようなジンに、トウガは首を横に振る。


「動揺したのは事実だ。だが、そんな事はしない」


 それは、トウガの中の一線だ。

 自分自身、甘いことは自覚していても、《白の装殻》に利する事は彼には出来ない。

 相手に〝ニヒル〟が戻れば、こちらの計画に支障が出る可能性がある。


 黒の一号を窮地に追い込むのは本意ではない。

 彼に計画を明かされた段階で、トウガは自分が参式として動く時の判断を、黒の一号に預けていた。

 しかし。


「……まさか、アイリがな」

「意図せずして、俺たちは両方を手中に収めていた、という訳っすね。そして、情を移した」


 ユナとアイリ。


 二人が見ず知らずの他人であれば。

 あるいは、最初から敵であったなら。


 彼らの置かれた状況に心を痛めはしただろうが、ここまで悩む事はなかっただろう。


「始めっから揃って生まれ変われば良いのに、0号も0式も。一体何でこんな事になるかなぁ」

「我々を試しているんだろう。大いなる世界論理(デウス・エクス・マキナ)とやらがな」


 ジンの愚痴のようなつぶやきに、トウガは暗い怒りが自分に芽生えるのを自覚した。


 本条、そして襲来体母体(マザー)より聞かされた

、この世界を律する存在。


 それを、神と呼ぶことは容易いが、本条はそれを、世界を保つためのただの装置だという。

 今の状況は、単に黒の一号がその装置の許容を越えた……ただそれだけの理由で引き起こされたのだと。


「反吐が出る」


 トウガの漏らした悪態に、ジンは苦笑を深くしてベンチの背もたれに体を預けた。


「荒れてるねぇ……トウガさんは、もしアイリが〝ニヒル〟になって立ち塞がったら」


 顔は笑んでいるが、真剣な目でジンが言った。


「あいつを、殺せますか?」


 その問いかけは。

 トウガが、考えないようにしていた事だった。


「……」

「最悪の展開は、ユナが死んでアイリを殺すはめになる事です。……俺には無理っすわ」


 あっけらかんと告げられた、ジンの言葉が重い。


「ハジメさんなら、それが必要だと思ったら躊躇わないだろうけど……俺は、ハジメさんがその決断を下した時、黙って見逃せる自信がない」


 それは、反意とも取れるジンの本音だ。

 だが、咎める気にはなれなかった。


 自分達の計画が潰えるかも知れない瀬戸際に立って、なお。

 トウガ自身も同じように思わないとは、決して言い切れない。


「アヤを迎えに行った時に」


 トウガは、答えに窮して話を逸らす。


「アイリを連れ回していたな。理由はなんだ?」

「惚れた」


 トウガは、驚いてジンを見た。

 冗談を言っているようには見えない。

 つまらなそうに、中身を飲み干した紙コップを眺めて弄るジンは、真剣な目をしたままだ。


「……何だと?」

「最初は本当に、ただ、俺の技術を使った実験体だっていうあの子に興味があっただけだった。……だけど、自分でも良く分からない内に、いつの間にか、な」

「……呆れ果てる」


 トウガの言葉を肯定するかの如く、ジン自身も口を曲げていた。


「まぁ、良いっしょ? こんな事になるなんてまるで思ってなかったんだし。でも、今となっちゃどうしたら良いかまるで分かんねぇっす」


 紙コップを握り潰して、ジンは腰を上げた。

 言いたいことは言い尽くしたのだろう。


「トウガさんは、どうするんすか?」


 逸らした話を蒸し返されて。

 しかし、これ以上は誤魔化せないと、トウガは思った。

 ジンの、一番深い本音を聞いてしまっては。


「……俺には、人は殺せない。相手が誰でも、な」


 今まで、ジンには言った事がない事実を、トウガは告げた。

 本音には本音で答えなければフェアではない、と。

 自身のこうした部分が甘いのだと、自覚していても変えられない。


「米国の件があった時から、分かっていた事だ。だから俺は軍を辞して、司法局員になった」


 殺すこともある立場から。

 守れさえすれば殺さなくても良い立場に。


 そのトウガの選択を、仲間は皆許容してくれた。

 彼は、それに甘えたのだ。

 だが、事ここに至って、トウガは決断しなければならないだろう。


 最悪の分岐点に至った時。

 自分がどうするべきか、を。


「今回の件は、俺たちの手に余る」

「呼ぶんすか?」

「ああ」


 始めから分かっていただろうに、ジンはあえて問い返す。

 今の四国で、【黒殻】の最高責任者はトウガだ。


 ジンは軽いように見えて、実はそうした序列を決して曲げようとはしない。

 その心の強さを、己を律する一本芯を認めたからこそ、黒の一号は彼を五番目として認めたのだ。


「本条に……【黒殻】総帥、黒の一号に四国出征を要請する」



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