第13節:集結(後編)
「リリスぅ! この裏切り者、よくもノコノコ顔を見せたわね!」
「ルナ、相変わらずうるさい……だから嫌い」
噛みつくように吠えるラムダに、リリスが眉をしかめた。
二人は顔見知りらしい、とコウは思いながら、成り行きを見守る。
人質がお互いにいる。
こちらはユナ、相手側はラムダ。
参式がどういうつもりかは分からないが、交渉の材料としては悪くない、そう思った。
そんな風に考える自分に、違和感を覚えながら。
「ルナ……!?」
そしてミツキは、呼ばれたラムダの名前に聞き覚えでもあるのか驚きの声を上げる。
「あ……バレちゃった」
人質に取られているのにどこか呑気なラムダが、ミツキを見た。
「ちなみに、あの日君に会ったのはほんとに偶然だよ?」
「……!」
愕然とするミツキに、顔の部分だけ数秒、装殻を解除してにこやかに舌を出したラムダの顔は、リリスにそっくりだった。
「双子……?」
コウの言葉に、ラムダが嫌そうにうなずく。
「そゆ事。忌々しいけど」
「……双子というのは、仲が悪いものなのか?」
誰かを思い出しているのか、参式が不思議そうに呟いた。
「まぁ、何でもいい。取引をしよう、参式」
エータが言い、緩みかけた空気が引き締まる。
「取引だと?」
「そうだ。ユナ嬢とラムダの身柄の交換を提案する。我々の持つ技術であれば、彼女の身の安全を保証したままコアを取り出す事が可能だ。コアを摘出した後、彼女の身柄を引き渡したい」
「信用出来んな。人体改造型装殻者に関して、こちらとそちらで、然程技術力に違いがあるとは思えん。コアの摘出に関しては本条が相応の危険を伴うと判断したからこそ、我々はユナをそのままに置いておいたのだからな」
参式の言葉に、首を横に振るエータ。
真剣な口調で参式の言葉に反論し始める。
「ラムダが居れば、その危険性は極めて低い。彼女は装殻調整士としてだけではなく、外科医としても天才的な技術を持っているのだ」
「都合の良い話だ。こちらは人質を無償で解放し、そちらはユナに危険な手術を行う。結果彼女が戻る保証もない。誰がそんな取引に応じる?」
参式は一刀の元に切り捨てた。
人質を助ける可能性を上げるために、こちらの交渉材料を事前に引き渡せ、などと。
エータ自身にも、それが無茶な話だと分かっているだろうに、彼は語るのをやめない。
「応じなければユナ嬢の危険が増すだけだ。我々はラムダなしでも摘出手術を行う。我々にデメリットは一切ない」
「やってみるがいい。その時にこいつが生きていると思わない事だ」
「貴様には殺せんだろう、参式。誰よりも他者の命を尊ぶ貴様には、な」
「侮るなよ、エータ」
強硬な態度を崩さないエータに対して、参式の声に不穏な色が混じる。
そして、彼から感じる圧が増した。
「散々、高知エリアへ侵攻してきた貴様らを返り討ちにしたのが誰か、忘れた訳ではあるまい?」
「もちろん覚えている。撃退された我々に、一人の死者すら出なかった事も、な」
エータは、参式の脅しに平然と答えた。
「調べてみれば、米軍側も同じだった。貴様が防衛の最前線に立った場所は物資や装備の損害こそ大きいが、人的被害が皆無。我々が得た結論は……貴様には人が殺せない、というものだ」
「……」
その言葉に、参式は答えなかった。
「確かに、貴様の戦闘技術は並外れている。恐らくは、我々三人が全力をもってようやく互角といったところだろう。―――だが如何に強かろうと、敵を殺せぬ兵隊など三流以下だ」
それがエータの態度の理由らしい。
彼は確信しているのだろう。
参式に人が、殺せないことを。
「ユナ嬢を取り戻せなかった時点で、貴様らの負けは確定していたのだ。大人しくラムダを渡せ。ユナ嬢を生かしておきたいのならば」
エータの語る人なりが〝王鬼〟と呼ばれる男の本性か、とコウは思った。
案外、大したことないんだな、と。
コウは、押し黙る参式の横に立ち、おもむろに銃剣の先をラムダのこめかみに突き付けた。
「……!」
それまで余裕の表情を見せていたラムダが、息を呑む。
ミツキも驚いて声を上げた。
「コウ!?」
「俺なら殺れる」
コウは静かに告げた。
「お前ら、勘違いしてるんじゃないのか? こっちに居るのは、参式一人じゃない……誰かが出来ない事は、他の誰かが受け持つ事だって出来るんだ」
その場にいた全員が、それまで以上に張り詰めた空気を纏った。
「……ユナ嬢の命が、どうなっても良いと?」
「苦し紛れに時間稼ぎをするなよ。今すぐ潜水艦を引き返させろ。この場にユナを連れてきて交換すれば、それで済む話だ。お前らの事情なんか、俺らにはどうだっていい。コアを摘出するのを諦めろ。でなければコイツを殺す」
「……コウ」
参式が制するように声を上げるが、コウは銃剣を下ろさなかった。
コウは、本気で撃つ気だった。
「十秒以内に決めろ。ユナを返すか、仲間を見殺しにするか。第三の選択肢は―――」
「あるよ」
唐突に、聞き覚えのある声がして。
コウと参式は、咄嗟に飛び退いた。
本能的に危険を察した事で、コウたちは命を拾った。
彼らの居た場所を。
ラムダだけを避ける機動で、刃が走り抜けた。
ブレードスラスターによく似た遠隔機動兵器。
「フェザースラスターだと……!?」
参式が驚きの声を上げ。
遠隔兵器に追従するように、さらに巨大な白い影が参式とコウの間を飛び抜けて、ラムダの体を拐う。
「ッ!」
コウは銃剣を構えて引き金を引いたが、放たれた殻弾は、白い影の腕に備えられた長大な振動刃で薙ぎ払われた。
そのまま、宙を舞ってエータの元へたどり着いた白い影は、ラムダの体を下ろしてコウたちに向き直る。
白銀色の外殻を纏うその装殻者は、他の装殻者とは明らかに『違う』存在だった。
解き放っていたフェザースラスターを再度装着して6対12枚のそれを翼のように広げる。
頭部はフルフェイスではなくヘッドギアのみを装着しており、素顔を晒していた。
その装殻者は、両腕に鋭く長大な刃を携えて、感情の籠らない目でコウたちを見る。
見覚えのある顔だった。
「マサト……?」
「俺としてお前に会うのは初めてだが、間違ってはいない。この体は、アイリのものだ」
コウが問いかけると、マサトはよく意味が分からない事を言った。
「どういう事だ?」
コウの疑問に、参式が答える。
「あの形態は、マサトの生体移植型補助頭脳が肉体の使用権を持っている時にのみ扱える装殻形態だ。今、表に出ているのは、お前の知るアイリではない」
「補助頭脳に意思があるんですか?」
懐疑的に訊くコウに、マサトを警戒しながら参式がうなずいた。
「マサトは、【黒殻】を裏切った研究者が行っていた実験の被験者だ。その副産物として生まれたのが、奴……『相李マサト』だ」




