第11節:コウの変容
ミカミがパイルに挑みかかるのを見たコウは、遠くに離れたヘリへと意識を向けた。
コウは、どこかぼんやりと意識に靄が掛かったように、自分を冷静に俯瞰していた。
そんな状態になったのは、いつだったか。
ヤヨイの戦気に触れた時から兆候はあった。
敵への怒りから、粘撃形態を得てからより顕著になり。
今また、パイルの姿を見た直後に。
理由は分からなかったが、意識とは裏腹に思考だけはクリアだった。
遠く、手の届かない場所へと消えていくヘリ。
――――いや、届く。
不意に、コウは思った。
今、届かないなら。
今から、届くようにすれば良い。
その力が……コウにはある。
「出力変更……」
『変更』
より遠くへ。
より、強く。
ただひたすらに、目標へ届く為の〝力〟を思い描き、構築する。
コウの外見が、また変化を始めた。
今までとは、比較にならないほどマッシブに。
最初の防御形態よりもさらに分厚く、外殻が全身を鎧い始める。
しかしそれは、身を守るためのものではない。
〝力〟。
ただ圧倒的な力強さのみを求めた人工筋肉を、幾層も重ねて膨れ上がらせた形態。
巨大な両腕が形成され、腕を支える首もとが、胸板が、背筋が、両足が合わせて肥大化する。
頭部には、知覚強化頭部装殻が新たに形成され、ヘリの姿を鮮明に捉えた。
まるで重戦車のごとき外殻となって、顕現した零号装殻は。
最後に、追加武装を展開して、右腕に握り締めた。
それは巨大な砲塔。
あるいは、鎚。
柄であり砲身である部分に五つの出力増幅核が埋め込まれた、荒々しい力の象徴。
『装殻状態:崩撃形態』
凄まじい重量の破殻鎚砲を頭上で一回転させ、重い風切音を奏でたコウは。
そのまま鎚砲を降り下ろして、ピタリと腰だめに静止させた。
鎚頭を後ろに、砲口を前に向けた砲撃体勢。
「これなら、届く。……出力解放」
『要請実行』
低い唸り音を立てて。
コアエネルギーを供給された鎚砲が、コウの手元近くから一つずつ増幅核の輝きを増していく。
大気すら震わせる程の力の増幅に、少し離れた場所で戦っていたミカミとパイルが気付いた。
「な、んだありゃぁ……!」
「コウ……やめなさい!」
戦慄するパイルと、色を変えたミカミの声が重なる。
「そんな力……ユナごと撃ち落とす気ですかぁ!?」
ユナ。
その名前に、霞がかっていたコウの意識がちりっと反応した。
そうだ。
あれにはユナが乗ってる……。
俺は、何を。
しかし、その疑問が脳内に結実する前に、通信が入った。
『ヘリを潰す手段があるのか? なら、そのまま撃ち落せ。あそこにユナは乗っていない』
聞こえた声は、花立のもの。
ユナは乗っていない。
その言葉が頭にリフレインする。
ーーー乗っていないなら、ためらう理由などない。
コウの全身の細胞が、力を解き放つ歓喜に包まれる。
高揚感の命じるままに、彼は引き金を引いた。
『〈黒の圧壊〉……!』
『発射』
破殻鎚砲が、吼えた。
足を踏みしめてなお、コウは地面にくっきりと二筋の足跡が残るほどの反動を受けて後退し。
鎚砲から撃ち放たれたエネルギー弾が、宙に一筋の軌跡を残してヘリを穿った。
ヘリの内部で炸裂したエネルギー弾は強烈な光と音を伴って爆散し、跡形もなく吹き飛ばす。
ぱらぱらと、細かな破片になって炎を纏いながら海に落ちるヘリの残骸を見て。
コウは、白煙を上げる鎚砲の砲口を下ろし、さらに爆撃形態に自身の姿を変えた。
「ミカミさん。加勢します」
「え?」
事態の急変について来れていない様子のミカミに、コウは強化された知覚で読み取った情報を告げた。
「花立さんが、ミツキの所に現れました。あの人が参式だったんですね……」
コウは、参式の話をジンから聞いた事があった。
個人の戦闘技術において、《黒の装殻》最強の存在。
それが参式という男だと。
彼が纏身したのは、コア・エネルギー反応が増大した事によって感じ取れた。
ミツキの反応が低下していたが、彼が噂通りの存在なら負ける事はないだろう。
ならばコウがやるべき事は、目の前の敵を駆逐する事。
「倒しましょう、パイルを」
「……そうですねぇ」
ミカミとコウのやり取りの間に何かあったのだろう。
再び遠くから轟音が響いてきて、再度、参式から通信が入った。
『ミカミ。ミツキを保護した。ユナはもう手が出せない。今からそちらに合流する』
「分かりましたぁ」
向こうも誰かと通信していたのか、パイルの雰囲気が変わった。
「ラムダが……? そうか」
パイルから先程までとは比較にならない戦意の圧を感じて、コウの細胞が警戒するようにざわめいた。
その戦意は、コウの知る《黒の装殻》から感じるプレッシャーに、引けを取らない程強いもの。
「簡単に倒されてやると思うなよ、ガキが」
どこか軽薄だった雰囲気を消した彼は、硬質な誇りを秘めた口調で言う。
「俺は〝神威の槍〟使徒装殻海型」
言葉だけで相手を貫くような、鮮烈な意志を込めて。
「誓約の元に闘争の鐘が響く時、大義を以て敵を討つ」
構えた電磁突殻槍の刃が白熱し、空気を灼いて音を立てた。
「我ら、《白の装殻》の名の下に」
フルフェイスに刻まれた五連の視覚スリットを、微青く光らせて。
「悪に裁きの鉄槌を」
パイルは、今度は自分からコウらに挑みかかった。




