第3節:初纏身
「うわ。凄いね、コレ」
装殻の具合を確かめるように体を動かしながら、コウの声で誰かが言った。
「コウくんの装殻は噂で聞いてた通りのものだねぇ……これは、他の形態は使えないかな」
体を勝手に動かしてよく分からない事を言う、その口調には聞き覚えがある。
―――ケイカさん?
「そーだよー。今、体借りてるから」
簡単そうに言うが、普通は他人の体を借りるなんて事は出来ないはずだ。
コウは、ケイカさんは霊媒体質か何かだろうか、と非現実的なことを考える。
そして、現れた装殻者にひるんだ様子もなく、ヤンキーたちはさらにつっかかって来た。
「なんだぁ? 一人でやろうってのか!?」
言いながら、相手もそれぞれに装殻を総展開する。
彼らの多くは、倒産した『殻人社』の装殻を身に付けていた。
十年くらい前に販売された、一般向け装殻である。
『殻人社』は、装殻不良の問題を数多く生み出した悪名高い装殻開発会社だ。
ーーーあの人たち、もしかして装殻不良者ですか?
コウは質問した。
ベイルダーとは、装殻の不具合によって、本来の体と装殻が融合したまま解除出来なくなってしまった人たちのことだ。
装殻不良の中でも一番一般的な不具合でもある。
「そう。可哀相だとは思うけど、だからって人を襲うのは良くないよね」
言いながら、ケイカは一歩足を踏み出した。
ベイルダーたちが飛びかかってくるのを、冷静に見据えて。
最初の1人の腹に、右の拳をめり込ませた。
「げぼっ!」
たった一撃で、彼は後ろに吹き飛んで転がる。
あり得ない光景に、唖然とするベイルダーたち。
そして彼らが動きを止めた後は、もはや無双状態だった。
ケイカは流れるように歩を進め、右ローキック、左ハイキック、回転してからの後ろ回し蹴りを鮮やかに決めて、三人を仕留める。
「え? お?」
突然ケイカ(の意識が操るコウ)が目の前に現れて、うろたえる1人の顔面に軽く裏拳を入れ。
後は残りの奴らにパンチを一発ずつ。
時間にしてほんの十数秒で、ベイルダーらは、全員が地面に転がった。
ぱんぱん、とケイカは軽く手をはたいて、転がってうめくベイルダーたちに指をつきつける。
「君たち、見たところココに来たばかりでしょ? 自暴自棄になる前に、マジメに働きなさい。旧高知のあたりには差別する人はそんなにいないから」
いきなり始まったお説教に、ダメージの少ない何人かが、ぽかんとコウを見上げる。
ちなみに、しゃべってるの俺じゃないから、というコウの心の声は相手には聞こえない。
「後、女の子をナンパする時はもう少し優しく、紳士的にね。じゃないと、私たちがあなたたちを処罰しないといけなくなるから。分かった?」
悪の組織に所属しているとは思えない至極まっとうなお説教は、しかし彼ら全員の耳に届いているのだろうか。
なんか、ピクピクしてる人もいるけど。
「アヤ。私の名刺とって。ポケットに入ってるから。
「あ、はい」
アヤが名刺入れをケイカのポケットから取り出して、ミツキに渡した。
「これ、あの人たちに一枚づつ渡してあげて」
「お、おう」
あまりにも鮮やかに終わった戦闘にぼんやりしていたらしいミツキが、我に返ってアヤの指示に従った。
といっても、半数くらいは気絶しているので、手に握らせただけだ。
「なんだよ、こりゃ……」
「名刺。見たら分かるでしょ? そこたずねて来たら仕事あげるから、働く気があるなら来なさい。……次にこんな事してるの見かけたら、次は容赦しないからね! 分かった!?」
こくこくとうなずくベイルダーたちに満足そうにうなずいて、ケイカは装殻を解除した。
「解殻!」
『装殻解除』
補助頭脳が応え、コウは自分が元の姿に戻ったのを感じた。
「コウくん、体返すねー。……〈精神解脱〉」
肉体感覚が唐突に戻り、ケイカが目を覚ます。
アヤが、その顔を見てねぎらった。
「お疲れ様です」
「ありがとう。さ、行きましょうか」
再びユナと手をつないで、何事もなかったかのように歩き出すケイカに、アヤが続く。
コウとミツキは一度顔を見合わせてから、あわててその後を追った。
※※※
コウたちがケイカの運転する車に乗り込んで走り出すと、後部座席の右に座ったアヤが話しかけてきた。
「ね、お兄ちゃん、さっきの補助頭脳の声ってさ……」
「ああ、うん……姉さんの声だよ」
彼らの姉は、故人だ。
以前、とある事件に巻き込まれて死んでしまった。
「まともに聞いたのは、さっきが初めてだけど。サンプリングデータから起こしたからそっくりだろ?」
「何でわざわざ?」
装殻の補助頭脳の音声サンプルは何種類かあるが、オリジナルに入れ替えようと思ったらそれなりに手間がかかる。
「んー……少しでも強くなれるかな、と思って」
彼らの姉は、強い装殻者だった。
一度は【黒殻】の総帥を追い詰めたことがあるほどに。
彼女の声だけでも近くにあれば心強いかな、とコウは思ったのだ。
「なんか、女々しい……」
「分かってるよ、自分でも」
アヤが重い空気を払うように半笑いで言うのが照れ臭くて、コウは少し強い口調で返した。
それでも、誇り高い装殻者として生きた姉の声を消すつもりはない。
「強くなるもクソも、今の今まで装殻することすら、まともに出来ひんかったやん。戦闘も逃げてばっかやったし」
イヤな空気の読み方をして、ミツキが茶化す。
「バラすなよ……」
「修行してこいゆーて左遷されたんやから、いつかバレることやん」
「そうなの?」
首をかしげるアヤに、コウは仕方なくうなずいた。
「戦わずに、人の装殻調整ばっかりしてたからね。役には立ってたと思うんだけど……戦闘以外では」
「お兄ちゃんらしいねぇ」
呆れ気味に笑うアヤに、ケイカがこらえ切れなくなったように吹き出した。
「君も変わってるね。さすが《黒の装殻》」
「他の人らも変わってるんすか?」
ケイカの言葉に、ミツキが反応した。
「変わり者ばっかりだよ。君も……井塚さんの息子さんなら、何人か知ってるでしょ?」
言われて、ミツキは思い返しているようだった。
「確かに、変人ばっかですわ。周りも含めて」
コウも自分の知る二人を思い返したが……確かに変人だ。
「でも、そこに自分が加えられるのはちょっと……」
あそこまで変わり者ではない、と思いたいコウだった。
しかしそんなコウの心情をよそに、アヤが混ぜ返す。
「ケイカさんも、人のこと言えないじゃないですかー?」
「あら。私はまだマトモだと思うわよ? 少なくとも、他の四人に比べれば」
「えー。ジンさんはマトモでしょー。カッコイイし」
「どこがカッコイイのよ。あのバカ、昔っから後先考えないから何度も困らされたのよ、私。バカをまともとは呼ばないわ」
そんな二人の会話に、コウは口をはさんだ。
「あの、なんか引っかかる言葉が聞こえたんですが。ケイカさん『も』?」
「ああ、言ってなかったわね」
ケイカはあっさりとうなずいた。
「私が《黒の装殻》の四番目……装技研四国支部部長、兼、【黒殻】の肆号、万ケイカよ」
バックミラーごしに悪戯っぽく笑って、ケイカがウィンクした。
「あらためてよろしくね。六番目くん? 私、ジンみたいに甘くないわよ?」