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黒の零号〜最強の装殻者〜  作者: 凡仙狼のpeco
第4話:覚醒! 零号装殻者!
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第4節:井塚カズキ、という存在。

 ヤヨイが家で過ごす準備を終えて、夜。


 ケイカとヤヨイは、家の縁側に二人並んでいた。

 トウガは流石に部屋がないため、近くの空き家を借りてそちらに仮住まいする事になった。


 土と木に囲まれたこの辺りは、夜は比較的涼しい。

 虫は多いが、蚊取り線香よりも強力なポータブル虫除けの普及した現在、乙女の柔肌に赤い痒みが発生する事は格段に少なくなっている。


「カズキさんの葬儀、行けなくてすみませんでした」


 ケイカは、改めてヤヨイに頭を下げた。

 カズキの葬儀の時は、四国は台風に襲われていた。

 飛行機が軒並み欠航し、葬儀に参列出来なかったのだ。


「良いわよ。どうせ死に顔が見れた訳じゃない。……あの馬鹿は、死体も残さずに死んだからね」


 遠い目に、微かに苦味を滲ませてヤヨイが言う。


「私には、まだ信じられません。カズキさんが死んだ実感が湧かないんです、どうしても」

「まぁ、しぶといのだけが取り柄みたいな奴だったしねぇ。死ぬ間際に見送った時も、まるで昔、トウガと悪巧みしてたのがバレた時みたいな顔してたよ」

「分かってたんですか? カズキさんが、死にに行く事を」

「そりゃ、二十年近く側にいたんだ。すぐに分かったよ。ミツキが生まれてしばらく、アイツの様子がおかしかったから、問い詰めたんだーーー」


※※※


『行くの?』


 出掛けてくる、とリビングの椅子に座ったヤヨイに、いつものように声を掛けたつもりのカズキに、声を掛けた。


『おう』

『別れの挨拶くらいして行きなよ』


 驚いて振り向いた顔に、ヤヨイはニヤッと笑みを浮かべた。


『……気付いてたんか』

『あんたと違ってね、私は鋭いんだ。声聞きゃ分かるよ』

『すまん。……そろそろ限界や』


 どこか、晴れ晴れとした顔で頭を掻くカズキは、丸い鼻に愛嬌のある赤ら顔、そしてミツキによく似た顔立ちをしている。

 中年太りでシルエットは変わったが、ヤヨイの相方は別に中身まで変わった訳ではない。


 相変わらず、馬鹿だ。


『ま、保った方かもね』


 カズキの中には、マザーの因子が埋め込まれている。

 かつて問い詰めて聞いた事だ。


 たとえ早死にする事になってもミツキの側にいたい、と言うカズキを、ヤヨイは責める事が出来なかった。


『全く、あんたは本当の馬鹿だよねぇ』

『その馬鹿のワガママに付き合ってくれたええ女房や、オメーは』

『本当に良い女房は、旦那が死ぬとわかってて放置したりしないと思うけどね』


 マザーの因子について、【黒殻】に関わる人々に語ってしまえば、カズキがミツキの側には居られない事を、ヤヨイは分かっていた。

 黒の一号に並ぶとまで言われた頭脳を持つヤヨイは、因子の除去がどれほど困難な事かを理解出来てしまっていたからだ。


 一度、その為にミツキの側を離れれば、今度いつ戻ってこれるか分からない。

 二度と戻ってこられない可能性すら、あった。


 その頃のミツキはまだ赤ん坊で、父親の顔を知らないままに育つ事になる。

 残されている時間が不確定なら、少しでも長く子どもの側に。


 そう望むカズキの気持ちを、ヤヨイは痛い程に理解出来た。

 理解、出来てしまった。


 きっと因子を埋め込まれたのが彼女自身であっても、同様の選択をするだろうから。


『いいや、オメーは俺が惚れたええ女房や。俺は家族にも仲間にも恵まれとる。ミツキは甘ったれやけど根性のあるガキに育ったし……俺が命を差し出すのは、尊敬する人と、親友や。ホンマ、ええ人生やったで』

『私も、あんたに惚れてたよ。馬鹿で目が離せないから、退屈しなかったしね』

『ありがとよ』


 カズキが背を向けるのに、ヤヨイは付け加える。


『トウガに言っといて。ミツキを預かってくれって。あんたが居なくなるなら、甘ったれはやめてもらわないといけないしね』

『オメーはどうするんだよ?』

『はっ、私を誰だと思ってるんだい? これでも元は肆号(ヨンゴウ)装殻者で、装技研の初代所長だよ。手のかかる男どもが減りゃ、好き勝手やるさ』

『それもそーやなぁ』


 そして、カズキはヤヨイの元を……そしてこの世を去った。


※※※


「聞いた話じゃ、最後の最後まで根性見せたらしいしね。私も死んであの世で会ったら褒めてやるよ。流石、私の惚れた〝赤鬼〟だって」


 そう言って笑うヤヨイは、きっと見た目ほどには大丈夫じゃない。

 賢くて優しい人だから止める事が出来なかっただけで、本当はカズキに生きていて欲しかったのだと、ケイカは思う。

 だからケイカは、その事には触れない。


「……足、痛む?」


 代わりに、無意識に義足を撫でていたヤヨイに訊いた。

 ヤヨイも気づいたのか、眉をしかめる。


「たまにね。あんたが気にする事じゃないよ」

「でも、私の責任だもの」

「違うね。私はやりたいようにやったんだ。あんたはそんな事、気にしなくて良いんだよ」


 ぽんぽん、と頭を叩かれ、ケイカは仕方なくうなずく。


 ヤヨイが右足を失ったのは。

 その頃まだ居なかったジン以外の、四人の《黒の装殻(シェルベイル)》と。

 カズキやシノ、カヤを含む【黒の兵士(シェルアシスト)】でマザーを追い詰めた時の事だ。


 黒の一号と参式(ザ・サード)がマザーを相手取る間、弐号と共に襲来体たちを抑えていたケイカは、まだ自身の力の扱いに慣れきっていなかった。

 他者との長時間の融合は、幼かったケイカには荷が重く……損傷も相まって意識が消えかけていた。


 それに気付いたヤヨイは、母体複製体(コア・コピー)の強力な一撃にケイカが耐えられないと判断して融合を解除したのだ。

 結果、倒れたケイカを庇って右足を切断された。

 そのまま生身で母体複製体に損傷を与え、弐号がトドメを刺した。


 気絶したヤヨイが目覚めるまで、生きた心地がしなかった事はよく覚えている。

 苦い後悔覚えて、ケイカは力を扱う方法を死ぬ気で身に付けたのだ。


「まだ、後釜の正式装殻者は見つからないのかい?」

「うん……」


 ケイカを纏える者たちは複数居るが、誰も彼もヤヨイには届かない。


「見つけないといけないのにね……」

「焦っても、良い事はないよ。気楽に構えな。私みたいにね」


 片目を閉じるヤヨイに、ケイカはうなずく事しか出来なかった。

 ヤヨイは笑い、ふと、上を見上げた。

 何かを見透かしたような目は、昔からヤヨイがよく見せていた目つき。


「さ、寝ようか」


 その目の意味をケイカが問いかける前に、ヤヨイは腰を上げた。


※※※


 ケイカとヤヨイが部屋に戻る音を聞きながら。

 布団に潜り込んだコウは、同じように布団に包まり天井を眺めるミツキに声を掛けた。


「知ってた?」

「いんや。初めて聞いた」


 やはりミツキも聞き耳を立てていたらしい。

 滑らかな返答に、コウは体を起こした。


「ケイカさんが『青蜂』の開発にあれだけ熱を入れるのは、ヤヨイさんの事を繰り返したくないから、なのかな」

「さぁなぁ」


 枕の上で腕を組み、そこに頭を乗せたミツキは、どこか気の入らない返事をした。


「肆号には、正式な装殻者がおらんねんな」


 ぽつりとミツキがつぶやき、コウは応える。


「みたいだね」

「親父は」


 ミツキは、コウに話しかけているように見せて、その実は自分の思索に沈んでいるようだった、


「ちゃんとおかんとは話をしてんな」

「ミツキは話さなかったの?」

「どうやろ。俺はおとんが死ぬと思ってへんかった。襲来体を殲滅して、全部、終わったと思ってたんや。思えば、最後に話したんが餞別だったのかもしれんなぁ」

「お父さんに、なんて言われたの?」


 ミツキは、静かに答えた。


『あのバケモンども相手に引かんかったオメーは、もう一人前やなぁ』


 そう、満足そうに言われた、と。


「めっちゃ嬉しかった。俺、親父を尊敬してたんや。だらしないし、テキトーやし、菓子を本気で俺と取り合うくらいガキやったけど、同じくらい全力で遊んでくれたりもしたんや。芯のトコがしっかりしてるっちゅーか、頼り甲斐のある親父やった。怒ったら怖いし、軍式格闘技えお本気で俺に叩き込んで来る時は厳しいし。……全部、自分が死ぬ事が分かってたからやってんなぁ」


 泣いているのかな、と思ったが、ミツキの表情は変わらない。


「良い人だったんだね。会ってみたかったな」

「やめといた方がええで。普段はホンマにテキトーやったから、幻滅するかもせーへん」

「それでも、会ってみたかったよ」


 ケイカに慕われ、花立さんの親友で、生身で対襲来体の最前線に立っていた人。

 ミツキを、この快活で芯の強い少年を育てた……本当に、気骨のある人だったのだろう。


「俺は」


 ミツキが小さく熱の籠った声で言う。


「親父みたいに、なれるやろか」

「ミツキならなれるよ。……俺も」


 コウは、ぐっと拳を握りしめた。


「人に胸を張れるような人間に……自分の意志を貫き通せる人間に、なりたい」


 コウの決意に、実体はない。

 どうすればそんな人間になれるのか、手掛かりはひどく曖昧で。


 それでも、今まで茫洋としていた自分の目的に、指針を与えて貰ったような気がしていた。


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