第7節:目指す者、堕ちる者
翌日。
通常訓練と割り当てられた業務時間を終えた後も、コウは深夜まで『青蜂』に向き合って作業を進めていた。
汗まみれの顔を袖口でぬぐい、調整器に固定された『青蜂』の顔を見上げる。
補助頭脳のシステム変更で少し頭部形状が変わっていた。
リンク強化の為の交感機を両耳に当たる部分に増設し、触覚のように後部へと伸びるポールアンテナを一対追加した『青蜂』は、生物と金属の中間のような面差しを、静かに虚空に向けている。
「なぁ。お前はどうしたい? 人を助ける装殻して、どう在りたいと思ってる?」
返るはずもない問いかけを、コウは未だ生まれていない装殻につぶやいた。
そして、作業に戻る。
コウだけでは、『青蜂』の頭脳に深く手を入れることは出来ない。
彼はジンに言われた通りに、自身の改案をこの装殻に反映させているところだった。
分散型が実用化しない限りは無意味な変更ではあるが、何もせずにはいられない。
コウは、ミツキの言った強者の論理と弱者の論理を、あれからずっと考え続けている。
人を助ける、という考え方にも種類がある事に、コウは気づいていた。
人を補助し、助けるもの。
それが今までのコウにとっては、装殻という存在だった。
しかし、人を導き、高めるもの。
それもまた装殻なのだと、コウは経験から自身も学んでいる事に気付いた。
コウに与えられた零号装殻は、コウには〝過ぎた力〟だ。
振り回されないようにするのが精一杯、認められなければ満足に応えてすらくれないジャジャ馬装殻。
しかし、だからといって零号装殻が欠陥品か、と問われれば、コウは首を横に振るだろう。
自らを纏う者として、相棒として相応しいかどうか、零号装殻は常にコウを試しているように、今は感じている。
決意を、覚悟を。
資質を。
零号装殻は、コウに問い続ける。
それらの課題をクリアした時、零号は二度、コウに力を与えてくれた。
装殻は、そう在るべきなのか。
誰もが簡単に扱えるような装殻は、人を上の段階へは導かない。
人の能力を高める、というのが、装殻の正しい在り方なのかもしれない。
「だからって、今までの考えが間違ってる訳じゃない……」
皆が皆、より高みを目指せる人間ではない。
無理をすれば、装殻が体に合わなければ、ベイルダーたちのように、苦しむ人々だって居る。
彼らだって、装殻を……力を手にしなくとも生きられる世の中だったなら、そうした苦しみを味わう事はなかったのだ。
弱者を救済する装殻だって必要だ。
親しみやすく、扱いやすく、誰もを拒否せず包み込むような装殻だって、世の中には必要なのだ。
だから、余計に分からない。
どちらも正しく、どちらも間違っている。
『青蜂』が直面している装殻問題と同じだ。
並び立たない要素を、並び立てる事。
それには新しい考えが必要だと分かっているのに、コウには見つけられない。
いや、糸口はあるのだ。
ただ、突破するべき第一の壁の前ですらつまずいているだけで。
作業を終え、コウは油まみれの手をタオルで拭きながらターミナルへ向かう。
「うーん……」
スクリーン上に表示された仮想機動に目を走らせて、コウは腕を組んで眉根を寄せた。
予想していたよりも大幅な誤差が出ている。
「合わないな……」
やはりケイカが予定していたコネクタ以外では、出力が安定しない。
使う部品の選定には、軽量素材で出来ていてクセの少ないものを選んではいるものの、やはり性能が問題だった。
「ケイカさん、やっぱり凄いんだよな……」
彼女は、前だけを見ている。
装殻自身の性能をより高める為だけに、『青蜂』のプランを立てていた。
それも必要な事だ。
詰め込みすぎなのは、ケイカもコウも同じなのだろう。
コウは思想を。
ケイカは技術を。
それぞれに『青蜂』に託しすぎているのかもしれない。
彼女とは衝突する事も多いが、装殻に関する知識では劣る部分もまた、多い。
特に部品の選定に関しては、これ以上ない、という段階まで性能と相性が噛み合ったものを使っている場所がたくさんあった。
無ければ部品の自作まで行うというのだから、情熱という点では誰よりも上だろう。
「あれも試してみようか。無理だったら戻すしかないな」
コウは部品保管庫に足を向けた。
部品は一通り予備棚に揃っているが、そうしたものは既に試し終えた後だ。
この場にないものを取りに向かう途中で、コウは別の保管室に明かりが灯っているのに気付く。
薬品を収納している所だ。
自分以外にも誰か居残っているのかと、何気なくドアの開いた部屋を覗き込んで。
「あれ? 何してるんですか?」
コウは、見知った顔に声を掛けた。
何度か訓練で顔を合わせた事がある、警備課の一般職員だ。
彼はびくっと体を震わせて、素早く振り向いた。
ちらっと見えた手元に、見覚えのある袋を握っているのが見える。
「あ、ああ、君か」
不審な様子を見せる彼を、コウの直感が怪しいと告げていた。
「何をしていたんですか」
彼が手に握った袋は、コウたちが先日PL社のパイルが潜伏していた場所から押収したもの。
Ex.gだ。
「いや、証拠品のね、チェックをしていたんだよ」
にこやかに近づいてくる彼に、コウがジリッと後退ると、唐突に駆け出した男はコウの前をすり抜けた。
「っ待て!」
コウは追った。
警備課の男が、装殻を展開してさらに速度を上げる。
「何が目的かは知らないが、そのクスリを持ち出す事は許さない……!」
コウは呻くように声を漏らした。
Ex.gは、多くの人を苦しめるものだ。
弱者の飢えを刺激し、外道へと足を踏み外させる。
生み出したアヤ自身の気持ちを歪ませた、不完全な代物である。
これ以上の悲劇を、生み出してはいけない。
アヤを、数多くの人を、これ以上苦しめる事は、あってはならないのだ。
例え……コウ自身の手が血に染まる事になろうとも。
Ex.gに関して、コウはもう、躊躇わないと決めていた。
走りながら、両手を交差させる。
「……纏身!」
コウは、漆黒の外殻を身に纏い。
さらなる速度で、逃亡者を追った。
※※※
警備課の男は、必死だった。
彼は、装殻者としても、人としても二流の男だ。
そこそこの実力に、小賢しい頭。
街で脅しなどもしていて、バレないようにこっそりと、悪事を働いていた。
そこを、あの男に目を付けられてしまった。
巌のような顔をした、冷たい目の男に。
彼は警備課の男を、実力的にも、精神的にも叩き潰して心を折り、スパイとして彼に装技研の情報を流すように仕立て上げた。
今までは、バレないように上手くやってきた。
警備課の男の立場で流せたのは大した情報ではなかったが、巌のような男はそれで満足してくれていた。
そしてこれで、最後になるはずだったのだ。
Ex.gを彼に渡して行方をくらませる。
最後の指示は危険だが、彼は夜勤を利用して実行に移した。
よりによって、その決行当日になって。
北野コウに見つかるとは……!
あの少年には、偶然が過ぎる、と警備課の男は思っていた。
街中に出現した寄生殻をたまたま見つけて駆除し、今また彼も見つかってしまった。
盗み見た情報では、奴は6番目の《黒の装殻》だという。
勝てる訳がない。
きっと訓練の時は、実力を隠していたに違いない。
警備課の男は、焦りと疑心暗鬼に囚われていた。
コウが、彼の悪事を暴くために送り込まれた刺客なのだと、錯覚していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
研究所の敷地内にある森林区画に身を潜め、警備課の男は手にしたEx.gを見る。
これは、装殻の適合率を上げるクスリだと言う。
彼の技量では、キラービィ0606(レイロク)の性能を完全に引き出す事は出来ない。
しかし、このクスリを使えば……。
この場を脱出する事くらいは、可能になるかも知れない。
警備課の男は、ごくりと唾を呑み、震える手で錠剤を取り出すと。
頭部装殻を解除し、震える手で、小ビンに入ったEx.gを一つ取り出して口の中に流し込む。
ざらざら、と。
彼は知らなかった。
そのクスリが寄生殻を作り出した元凶である事を。
彼は、十数錠のEx.gを一気に呑み下し。
少し時間を置いて、全身を襲う痛みに絶叫を上げた。




