第5節:待ち受けていたのは……。
オフィス内に突入すると、抵抗は拍子抜けするほど弱かった。
最前線を駆けるカオリの傍付きを命じられているコウは、ちらり、と横にいる彼女を見るが、彼女自身は落ち着いて指示を出していた。
「カオリさん、これは罠では?」
「今、ケイカも言っていたが、だったら何だ?」
カオリの言葉を行動で表すように、警備課の面々は危なげなく内部の敵を処理している。
明らかにこちらの方が人数が多く、戦闘員でない者も相手にはいるようで、抵抗しない相手は次々と警備課が拘束していった。
「別にやる事が変わる訳ではない。それを含めての突入作戦だろうが。罠を警戒し、敵を殲滅し、設備を制圧する。相手の罠を張っているかどうかで、やる事に何か差があるのか?」
当たり前のように言われて、言葉に詰まるコウに代わり、ミツキが言う。
「奥まで誘導してから一網打尽って可能性はあるでしょう。ガスか爆弾か、そういうんは警戒せんでえーんすかね?」
「その為に、わざわざケイカまで出張らせたんだ。私が先頭に居れば、その辺りは全て焼き払える」
暗に爆弾レベルの爆風ですらものともしない即応手段がある、と聞かされて、コウは慄然とした。
「……《黒の装殻》って、やっぱり化け物クラスの集団なんだよね。ジンさんを見てると、どうもそうは思えないんだけど」
「お前もその一人やけどな」
「……頑張る」
小声で話しながらオフィスを駆け抜け、最後の部屋にたどり着くとカオリが足を止めた。
「ここでラストだ」
偵察班が手早く扉や罠を調べてカオリに頷きかけると、炎を纏いながら、彼女は扉の前に立った。
正面に立たないように姿勢を低くして両開きの扉に近づき、ぴったりと壁に張り付いた警備班の二人が同時に扉に手を掛けると、一気に両側に引いた。
その大きく開かれた扉の向こうには、一人の装殻者が立ち腕を組んでいた。
「よう。待ってたぜ」
軽く言った装殻者が、立てかけていた武器を手に取る。
電磁突殻槍と呼ばれている槍型兵装だった。
その装殻は、研究所で見たものと同じに見える。
タランテール00。
「何ヶ月か見なかっただけで、随分腕を上げたみたいじゃねぇか、ミツキよ」
知り合いか、とミツキに顔を向けると、ミツキが訝しげに問いかける。
「誰や?」
「おいおい、忘れたのかよ、寂しいな。……この口調の方が、馴染みがあるか。井塚ミツキ」
声を低くし、軍人のような硬い口調に変わった伍式に、ミツキが驚いた声を上げる。
「まさか……少尉!?」
「そうさ。お互いに生きてて良かったな」
「な、何でこんなとこに……戦死したんちゃうかったんですか!?」
「元々スパイだったんだよ。必要がなくなったから、死んだふりして抜けたのさ」
タランテール00は、言いながらグレイブを構える。
「改めて名乗ろう。俺は海野ケイタ。……森家カオリ、万ケイカ。お前らにはこっちの方が馴染み深い名前だろう。ピンキーライン社の〝パイル〟だ」
「貴様が、PL社四国制圧の立役者か。直接対峙するのは初めてだな」
「いいや、研究所でも一度会ってるよ。そこの調整士が取り逃がしたのが、俺だ」
カオリが、一歩前に出た。
右足に重心を置いて、前に出した左足のカカトを軽く上げる構えを取る。
「えらく堂々としているが、良いのか? 正体を明かして」
「タランテール00で襲撃した時点でバレてたろ? それに、こっちの正体を隠す必要もなくなったのさ。俺らは、そろそろお前らを叩き潰す事にしたからな。今日はご挨拶だ」
タランテールは飄々と言った。
「お前らの動きが予定より少し早かった事の褒美に、この拠点はくれてやる。どうせ撤収はほぼ終わってるしな」
「幹部自ら捨て駒になるとは感心だ。望み通り叩き潰してやろう」
カオリが動いた。
突き込むような足刀を連続で放ちながら、タランテールとの距離を詰める。
タランテールはグレイヴでそれを弾きながら、なおも軽口を続けた。
「せっかちだな、おい。積極的な女は好きだが、枕会話も出来ないんじゃないかと不安になるぜ」
「安心しろ。そんな余力も残らないくらいヤってやるよ」
「おお怖ぇ。喰う方かよ」
「女だからな。当たり前だろ?」
そんな下品な会話を交わしながらも、二人は手を緩めない。
ミツキが予備兵装の装殻拳銃を抜きながら、二人の横に回り込んだ。
「前の事件で……まさか皆を見捨てたんすか、少尉!」
「最後の方まで付き合うつもりはあったよ。ただ、本気を出せなかったせいでミスっちまったのさ。そう怒るなよ」
ミツキが銃弾を撃つと、カオリが飛び離れる。
銃弾を避けたタランテールに、今度はコウが突っ込んだ。
「せぁ!」
右拳を放つが、余裕でタランテールの掌に受けられる。
「お。ちょっとは腕上げたな。こないだの寄生殻の時にも見かけたが……なんか、黒の一号に似てるな、お前の装殻」
タランテールが放った蹴りを避けたコウは、質問に答える代わりに意識に引っかかった事を問い返す。
「寄生殻? この間のあれも、お前らの仕業なのか!」
「そうだよ。フラスコル・シティで流行ってたよな、あのクスリ。横流しで抱えてた在庫があったから、実験がてらな」
何でもないような物言いに、コウの頭に血が上る。
「そんな身勝手な理由で、あれをばら撒いてるのか!」
「おいおい、勘違いすんなよ。俺は別に使うのを強要しちゃいない。使い過ぎんなって警告もしてる。過剰摂取で化け物になんのは本人の責任だろ」
「詭弁を……!」
コウが手首を握って投げを打とうとすると、逆に返されて自分が宙を舞った。
「作ったのは、お前らが取り込んだ開発者だろ。自分たちが悪いのに、何をカリカリしてんだ?」
「っあれは……!」
床を転がってすぐに起き上がったコウにタランテールがグレイヴを突き立てるのを阻み、再びカオリが敵とぶつかった。
「なぁ、死ぬなよ? 生きてたら聞きたい事があるからな―――出力解放」
カオリの宣言と共に。
彼女の両手足が、渦巻く焔が覆った。
「双爪」
交差するように降り下ろされた両手の爪が、タランテールが防御に使ったグレイヴの柄を溶かし斬る。
「うぉ!?」
咄嗟に手を離したタランテールに、カオリは追撃の左ミドル、前蹴り、足甲返しの叩き落としを三連で叩き込む。
「蹴撒」
「あっちぃなオイ!」
なんとか両手を使ってそれを防いだタランテールの両腕が、爛れるように焼けていた。
「魂浄火顔―――〈紫の炎閃〉」
最後に降り下ろした足を震脚させながら、カオリは円を描くように逆に右足を跳ね上げた。
高速の踵落としが、タランテールの肩口に突き刺さる。
「ぐぁ……ッ!」
声を漏らして呻いたタランテールが肩に手を当てると、その指の隙間から紫炎が吹き出して彼の全身に広がっていく。
「こ、殺す気満々じゃねーか!」
「だから、死ぬなと言っただろ?」
「他力本願にも程があるっつーの。やれやれ……」
諦めたように、炎が全身を舐めるのをそのままにして。
タランテールは首をかしげた。
「ったく、またラムダに怒られるじゃねぇか。恨むぜ」
「地獄で待ってな。そうすりゃ、思う存分相手をしてやる」
「ところがどっこい、死にはしない。……気づいてんだろ? これはそういうモンさ」
と、タランテールは自分の胸元を、とんとん、と叩いた。
「中身がない……こっちの身内がそう言っていたが、やはりか」
「正解だよ。教えてやったのはご褒美だ。じゃーな」
タランテールの全身が焼け落ちて、ぶすぶすと燻りながら溶けていく。
そうして最後に残ったのは、流動形状記憶媒体のような、焼けた粘体だけだった。




