第2節:設計屋を叩き潰せ!(後編)
「良いですか。まずクルアンについてですが、どんな問題点があると思いますか?」
「問題なんかないわ。私のクルアンは完璧よ!」
胸を張るケイカに、コウはばっさり切り捨てる。
「問題点だらけです」
「どこが!? 良い、コウくん。情報処理用装殻としてクルアンほど高性能なものは今でも存在しないわ。全ての機能が高水準で、思考演算補助と五感強化に関しては、未だにクルアンを超える装殻はないのよ? それに、情報処理に必要なサブデバイスも装殻内に組み込んで、全てラグなしのワンアクションで起動出来るよう無駄のない機能性を持ってる。これのどこに問題があるって言うの?」
指を立てて講義するように話すケイカに、コウは冷笑を浮かべた。
「その全てが問題なんですよ。言ったでしょう。多機能である事が、クルアンの問題なんです」
コウは装殻情報を表示した。
主に全身の余剰に関する部分だ。
コウの改修したクルアンは、機能を削ってその余剰を従来より大幅に増やしており、他の機能の拡充に当てていた。
「クルアンは機能の数と性能が全て高水準なせいで、装殻容量に一切の余裕がなかった。これのみで全てが完成された状態です。遊びがない装殻は、どれほど高水準でも無意味なんですよ」
「遊び?」
「装殻は外部デバイスではないんです。ただ性能が高ければ良いってもんじゃない。装殻を纏うのは人間であり、扱うのも人間なんです。規格化された人形じゃないんですよ」
イマイチ理解出来ていない様子のケイカに、コウは細かく説明していく。
「人には個性がある。だから調整が必要なんです。装殻の完成度を高めるのは重要ですが、単体で完璧な装殻なんて存在しない。一人一人に合った装殻があり、その装殻をさらに個人に合わせることでよいやく装殻は完成する。……あなたの作る装殻は、高性能な装殻を扱いきれない人を切り捨てる装殻です」
アヤほどの才覚を示す人間が扱うには、ケイカの装殻は確かに有用だ。
それでも、扱わないもの、無駄な部分があった。
まして世の中には、才能に溢れた人間ばかりが存在する訳ではない。
「でも、テストでは何も問題がなかったし、ユーザーマーケティングに沿ったものを作っているのよ?」
コウが胸のうちに燻らせている熾火の熱さに気付いたのか、少し気圧されたようにケイカが反論する。
「テスト装殻者は有能な人材です。まして、装技研の装殻は多機能ゆえに一般水準に比べて高価です。ブランド思考の人間と本当に高性能なものを必要としている人間には有用ですが、だったら何のためにハイクラスがあるんですか。あなたの装殻コンセプトが一般ユーザーに沿わないからPL社に売り上げで負けてるんですよ!」
「うぐっ……!」
痛いところを突かれたのか、ケイカが呻く。
「大体、機能性を求めるにしたって限度がある。全ての要望に対応する必要がどこにあるんですか? 情報処理用なら、その用途によっては使わない機能があって当然です。それを基本機能に組み込んでしまって、俺がどれだけ、アヤがいらないものを取り外すのに苦労したと思ってるんですか! サブ端子の余剰くらい準備しといてくださいよ! それを全部使って、OSにまで食い込ませるからガラパゴス諸島みたいな独自発展し過ぎて、互換性がまるでないんでしょうが! 他に、ハードいじるのにソフトまで踏み込まなきゃいけない装殻がどこにあるんですか!? 搭載するのは基本になる思考演算補助と五感強化だけで十分! 他は全て無駄なんですよ! 大体、何で情報用装殻に全身装甲が必要なんです!? 軍の斥候用装殻なんですか、これは!?」
畳み掛けるようなコウの文句に、アヤとミツキ以外の全員が引いていた。
ユナまで、目を覚ましてぱちくりとコウ見ている。
「あーあ。お兄ちゃんがこうなったら止まらないよ。マモルさんも苦労してたなぁ……」
アヤが遠い目をして、コウに調整士試験の指導をしてくれていた調整士の男性に思いを馳せている。
「そういや、基地の整備班長にも噛みついとったな。言ってることが的を得てる分、タチ悪いんよな。逃げ道ないから」
「だいたい、キラービィの出力増強機能もそうです!」
「な、何がよ!? 画期的だったじゃない! 戦闘競技用装殻に史上初めてオーダー機能を搭載したのよ!?」
「それでリソースの6割使ってて、画期的もクソもあるかぁ!」
コウが卓に拳を叩きつけ、ケイカが竦み上がる。
「そんなもん付けるから、一つ前のフラッグシップ装殻だった『ホーネット』に比べて軽量化と機動性のみを重視した装殻になったんでしょうが! フルスペック版ならまだしも、競技用のダウングレード版作る為に、装技研の技術班がどれだけ血の滲むような努力をしたかと思うと……!」
コウが叩きつけた拳を震わせるのに、ミカミがうなずいた。
「そーいえば、あの時期、技術班の残業代がえらい事になってましたねぇ〜」
「限られたリソースでこの機体性能を維持できて、キラービィが曲がりなりにも競技用として成立してるのは、あんたの手柄じゃなくて間違いなく技術班の手柄だ! もうちょっと自分の無茶振りを認識しろ!」
「うぅ……」
「今回の出力変更にしたって、三種形態の内二種の形態がハニーコム前提で作られてるせいで、余剰が大幅に削られてるんだよ! しかもこれのせいで調整がシビアになるし、そもそも高価過ぎるだろ! 重量以前の問題だ! 調整士が調整を嫌がるようなものは、整備費用だって上がるんだ! 幾ら性能が良かったって一般人に売れるかこんなもん! 大体、どれだけの人間が使えると思う!? 装殻を芸術品かなんかと勘違いしてるんじゃないのか!?」
「こ、この装殻を扱える人が増えれば良い事じゃない!」
ケイカが、コウからの圧力に耐えかねて爆発した。
「そうやって甘えてるから、いつまで経っても上達しないんじゃないの!?」
激していたコウは、ス、と自分の頭から血の気が引くのを感じた。
怒りが収まったからではない。
逆だ。
「あ、キレた」
「ケ、ケイカさん……お兄ちゃんにそれ言っちゃダメ……」
ミツキが言い、アヤが頭を抱える。
装殻適合率は、自分の意思でどうにかなるようなものではない。
選んだ装殻の種類にしても、その調整にしても、個人の持って生まれた資質に左右される。
修練を積めば多少は改善されるが、それだって微々たるものだ。
まして、適合率が低い人間が高性能な戦闘用装殻を纏っても。
能力を発揮出来ないどころか、競技用ですらない、作業用装殻にすら劣る力しか発揮出来ない場合もある。
まして、かつてのコウのように。
装殻を全く纏えないような人だって、中にはいるのだ。
そうした問題を全て、今、ケイカは努力の一言で切り捨てた。
「装殻は、人を助ける為のものじゃないのか」
ハジメさんはそう言った。
それが、自分が装殻を開発した理由だと。
今の発言は。
その膝下にいる人間が、その志を受け継ぐ装殻開発者が、言っていい事じゃない。
「今のまま開発を続けても、新技術以外の全ての要素がまたおそろかになる。コストを上げるか、劣化対応を迫られる事になる」
静かに語るコウに、まるで威圧を受けているかのように全員の表情が硬い。
カオリやミカミですら、驚いたようにコウを見ていた。
「装殻の余剰は、開発者が使う為にあるんじゃない。基本をきちんと纏めた上で残し、装殻者がより望む方向へと伸ばす為に使うべきものだ」
コウは立ち上がり、ミツキにピコメンを返して、引き戸を開けた。
「人が装殻に合わせなきゃいけないような装殻は、そこら辺の量産品にすら劣る、ゴミクズだ」
青ざめて唇を噛み、言葉もなくコウを見つめるケイカから目を逸らして。
コウは、家を出て行った。




