第1節:設計屋を叩き潰せ!(前編)
「あぁ〜、上手くいかないぃ……!」
「ですね〜……どうしたら良いんでしょうねぇ」
コウが風呂から上がると、ぐでーっと卓に突っ伏したケイカとアヤが力なく愚痴りあっていた。
風呂は女連から順番に入るので、皆風呂上がりの寝間着に着替えている。
カオリはタンクトップにショートパンツで相変わらずビールをあおり、ミカミはネグリジェに一応シャツを羽織っていた。
ユナとアヤはお揃いのウサギ柄のパジャマで、ケイカはTシャツにジャージ。
リリスは上下一体型の着ぐるみ怪獣型バスローブだった。
どこでご購入されたものか分からない。
ミツキの服装はどうでも良いが、今日はコウが最後に風呂に入ったので、全員湯上りである。
リリス以外全員が首からタオルを下げている上に、部屋には扇風機が三台稼働していた。
エアコンがついていないのは経費削減らしい。
今時のエアコンは、扇風機より安価だと思ってそう伝えたのだが、家が安普請なので冷えないらしい。
「あの二人、何の話?」
卓はいっぱいだったので、とりあえず居間の端に陣取る。
丁度首を振る扇風機の風が一番長く当たる位置だった。
「『青蜂』の改良が上手くいかないらしーで。ほら、ミカミさんの期限がそろそろ迫ってるやん?」
ARでカレンダーを表示すると、なるほど、第一期限と記された日まで後20日。
切羽詰まる時期なのだろう。
コウも整備屋の時は、納期が立て込んだら必死こいたものである。
「大変だね」
「お兄ちゃん〜。他人事みたいに言ってないで、なんかアイデア頂戴〜! 調整は得意でしょ!?」
がばっと体を起こすアヤに、コウは首を傾げた。
「て言われても、訓練が忙しくて最近データ見に行けてないし……何が問題なんだ?」
「出力変更と改案詰め込んだら、装殻重量が規定ラインを大幅にオーバーするんだよー!」
「いや、なら削ったら?」
「それが出来れば苦労してないのよ!」
ケイカまでもが身を起こしてコウに噛み付く。
どうも、相当切羽詰まっているようだ。
「この上にミツキくんの要望まで入れたら、もう無理ゲーよ!」
「無理ゲーって何?」
「大昔に流行った難しいゲームを指す言葉や。大半がクリア出来ない難易度って事やな」
「ふーん。詳しい改案と既定は?」
データそのものは社外秘なので、研究所からは持ち出せない。
アヤの口頭説明とケイカの補足を聞き終えて、コウはうなずいた。
「今の重量って《コム》入り? 抜き?」
「抜き」
「それは確かに重いな……」
目玉である反応外殻型多機能兵装《ハニー・コム》抜きでの重量じゃない。
あのコアの常供給量をもってしても、大型化か機動性の下方修正は避けられないだろう。
「ミカミさん。この期限ってどの段階の期限ですか?」
「ん〜? 性能実験に乗せる為のテスター開発の期限よぉ〜」
軽く言うミカミに、コウは頬を引きつらせた。
「それって俗に言う製品大基構築段階じゃないですか……てっきり基礎開発試作段階だと思ったのに……」
「そうよ! そんなタイミングでミツキくんが新しい要求ぶち込んでくるから悪いのよー! ただでさえ元々重かったのに、スラスター付けろとか言うから!」
「俺!? 意見言えゆーたの、ケイカさんやのに!」
理不尽な八つ当たりを受けるミツキに構うほど、のんびり構えて居られる話じゃなかった。
ミカミさんの言ってる事が本当なら……『青蜂』は今回の改修終了時点で、基礎設計を変更出来ないという事になる。
「てゆーかぁ、ケイカが凝り過ぎなければ全然余裕だったはずなんだけどねぇ〜。総帥の計画だと、量産開始まで三年くらいあったし〜」
「……開発に、2年近く掛けてるんですか」
「だって仕方ないじゃない! リリスが来たから《コム》の実用化に目処が立っちゃったんだもの! 出力変更に対応出来るし、普通つけるでしょう!?」
リリスは主に《コム》の開発を担当していると聞いていた。
そして、なるほど、とコウは納得する。
《ケイカはつまり、根っから研究畑の人間なのだ。
アヤと同じで、理論と性能追求が先行して技術的再現性が疎かになるタイプなのである。
そんな二人を開発の核にしたら、それはもう技術陣は苦労している事だろう。
装殻イジリ屋泣かせにも程がある。
「大体さ、私の案に対して実用化が遅すぎるのが悪いのよ! 私じゃなくて装殻班のせいじゃない!」
ケイカの物言いに、コウはかちんと来た。
「アヤ」
「はいっ!」
「お、コウのスイッチ入ったなぁ」
コウの低い声に、アヤがびくっと跳ねながら返事をする。
面白そうにニヤニヤするミツキを横目に見てから、コウはアヤに言った。
「俺が調整した《情報処理用装殻》、持ってるか?」
「う、うん。これ」
と、アヤは腕につけた装殻具を指差す。
「それ、中身をケイカさんに見せた事は?」
「ない、けど……装技研では、機密の為に独立型の上位種支給されてるから」
「今、装殻の詳細情報見せとけ。それとミツキ」
「おう」
「前に基地で使ってた0606のデータある? 俺が調整したの」
「あるで。あっこで使ってた簡易調整機、俺の私物やったから。使ってないからまだデータ消しとらんし」
「持って来て。すぐに」
ミツキがうなずいて、二階に上がった。
何が始まるのかと、ミカミやカオリが興味深げに成り行きを見守っている。
ユナはちょっと眠たそうに目をこすり、リリスはアヤの装殻データをケイカと一緒に覗き込んでいた。
「な、何よコレ!? 私の可愛い《クルアン》がめちゃくちゃにされてる!?」
ケイカが突然声を上げた。
クルアンという情報処理用装殻は、装技研製だ。
それを分かった上で、コウはケイカにデータを見せた。
「綺麗……私は好き」
「あ、分かる?」
口の端を上げて訊くコウに、リリスはにっこりと満面の笑みを浮かべてうなずいた。
邪悪な儀式を行う魔女のような笑みである。
きっと、コウも同じような悪意のある冷笑を浮かべているだろうな、という自覚があった。
「これのどこが綺麗よ! せ、せっかく私が精魂込めて配置した内部機構までイジられて……!?」
「やっぱり、開発したのケイカさんなんですね。キラービィと似てたから、そうかなと思ったんですよ」
「どういうつもりかな、コウくん? こんなモノ見せて、何がしたいの!?」
まるで愛娘を陵辱されたかのような怒りっぷりのケイカに、コウは平然と言い返した。
「俺、この装殻を作った相手に会ったら、言いたい事があったんですよ」
「何よ!?」
コウからすれば、お行儀が良すぎて人形のようだったクルアンを、礼儀正しい魅力的な淑女に育てたと思っている。
怒られる筋合いなどない。
むしろ、こっちにこそ言いたい事が山ほどあるのだ。
「詰め込みすぎなんですよ。多機能とか高性能とか言えば聞こえは良いですけど、はっきり言って無駄が多すぎです。……いえ、違いますね。『無駄』の使い方にセンスがカケラも感じられないんですよ。そのせいでどれだけ俺たち調整士が苦労したか。ちょっと反省して下さい」
「何ですってぇ!?」
そこに、ミツキが戻ってきた。
「この二つの装殻を下敷きに、今から仮想で『青蜂』のシミュレートをします。その上で意見を述べますから、判断をお願いしますね?」
コウは傲然と言い放った。
設計屋の無茶振りは、イジリ屋への挑戦である。
大体、先程の言動は看過できない。
今まで散々クルアンに苦労させられ、キラービィに煮え湯を呑まされた調整士時代の記憶を思い返しながら、コウは元凶である開発者……ケイカの返事を待った。
「私たちが散々悩んで解決出来なかった問題を、解決出来るって言うの?」
「少なくとも、かなり改善はしますよ。調整士をナメないで下さいね」
コウは決して、出来ない、などとは言わない。
絶対に、より現実的かつ、機能的な対案を提供してやる。
これ以上、苦労する調整士たちを増やさない為にも。
ここで、ケイカの研究者としての傲慢をへし折るのだ。
ーーー丁寧に、そして完膚なきまでに苦労の元凶を叩き潰せる、そのまたとない好機を、逃してたまるか。
この時点で、自分の目的が相談内容から完全に飛躍して、すり替わっていた事にコウが気づいたのは、全てが終わった後の事だった。




