第6節:決意の目覚め
コウが目覚めると、最近ようやく見慣れた天井が目に入った。
模様が入った古ぼけた木の板だ。
横に目を向けると、それに気付いたミツキが空中に表示していたホロスクリーンを閉じた。
「お。目ぇ覚めたんか」
「体が痛い」
「打撲と筋肉疲労やって、医療室のセンセーが言うとったで。お前、何やねんあの装殻設定。あんな全身ギチギチに締め上げたら、そら倒れるわ」
ケイカさんらも呆れてたで、と言われて、コウは苦笑した。
相手を倒す事しか考えていなかったコウは、装殻からの反動に自身が耐えられるかを考慮せずに調整を行った。
意識が吹き飛んだのは、その反動があまりにも大きすぎたからだろう。
「タカヤは?」
「無事や。装殻の損傷もそんな酷くはないわ。後で礼言うときや? 自分もケガしとんのに、お前背負ってここまで運んでくれたんや」
「うん……」
無事だったと聞いて、コウは安堵した。
「今、何時?」
「19時くらいやな。カオリさんはお前の件の後始末で遅くなるゆーてた。ケイカさんとミカミさんは俺と入れ替わりで研究所戻ったわ。タカヤの記録映像解析するゆーとったから、何時になるか分からんなぁ……」
「そっか」
なら、詳しい話は明日だろう。
ミツキと、それ以上の会話はなかった。
コウは、寝転んだまま自分の掌を見る。
人を殺したのは、これで二度目だ。
一度は、自分の意思とも言えない状態での事だったが、今度は自分の意思で殺した。
実感はない。
だが、拳に残る生々しい感触の記憶と、心の奥にわずかに黒い何かが張り付いたような感覚だけがある。
後悔はしていないが、気分は良くなかった。
物思いにふけっていると、不意に騒がしい足音が聞こえる。
「お兄ちゃん!」
「こーくん!」
ミツキがいつの間にやら連絡を入れていたようで、ドタドタと音を立てて現れたのは、アヤとユナ。
「無茶な事して! お兄ちゃんはいっつもいっつも!」
「こーくん、だいじょーぶ? いたくない?」
掴みかからんばかりの剣幕を見せるアヤに対して、純粋に心配してくれているらしきユナは間近でコウの顔を覗き込んできた。
「ゴメン、アヤ。……大丈夫だよ、ユナちゃん。ちょっと体痛いけど」
「ユナが、いたいのとんでけしてあげるー!」
ユナはコウの頭を撫でながら、いたいのいたいのとんでけー! と歌ってくれた。
微笑ましいが、むず痒い。
コウが、ありがとう、と言うと、ユナは得意げな笑みを見せてくれた。
かわいい。
「何があったの?」
事情を知らないらしいアヤが、コウに質問する。
コウは、言葉に詰まった。
《寄生殻》の事は、コウだけでなくアヤにとっても忌まわしい記憶だ。
しかし隠していたところで、ケイカさんたちが動いているのなら、すぐにバレるだろう。
コウは言葉を選びながら、気絶する前に起きた事を話した。
アヤは話を聞いてさっと顔を青ざめさせたが、取り乱しはしなかった。
代わりに、話を聞き終えた頃には、手でスカートを握りしめて唇を噛んでいた。
「……アヤ」
「いいの、大丈夫。そういう事もあるって、覚悟してた」
「あーちゃん、しんどいなの?」
心配そうにアヤに近づくユナを抱いて、アヤは無理に作った笑みを見せる。
「ううん、平気よ。ユナはいい子だね」
頭を撫でられて、ユナは無邪気に笑った。
―――装殻を《寄生殻》化するあのクスリを作り出したのは、アヤだ。
正確には、あのクスリを作る理論を考え出した。
そもそも、アヤがEx.gの理論を立てたのは、元々はコウの為だった。
非適合者だったコウを、装殻者にする方法はないか、と彼女が思ったのが全ての始まりだ。
現代で、装殻を纏えない者は生き辛い。
身をもって体感していたコウには、アヤがコウを心配して考えた事も、ベイルダーになってしまった人々の気持ちも、痛いほど分かる。
粗悪で安価なものであっても、装殻は装殻。
たとえ部分的にでも装殻を纏えれば、生活に雲泥の差が出るのだ。
だからベイルダーたちは安価な装殻に手を出し。
アヤは、装殻適合率を上げる研究をした。
アヤの提唱した理論は未完成で、厳密に言えばそれを誘発する薬物を作り出してバラまいたのは、Ex.gを最初から悪用しようとしていた組織だ。
彼女自身に悪意があった訳ではない。
それでも、罪は罪。
彼女はフラスコルシティの司法局に拘束され……社会的な制裁を受けた。
アヤは、コウの為に犯罪者になってしまったのだ。
お前のせいじゃない、という慰めに、きっと意味はないだろう。
彼女自身が、誰よりも自分を責めている。
コウが、姉を助けられなかった事をずっと後悔しているように。
他人に何かを言われたところで、整理がつくような気持ちではないのだ。
「突き止めよう、アヤ」
だからコウは、少しでもアヤの心が軽くなるように提案する。
「誰がまた、Ex.gを広めたのか。突き止めて、叩き潰すんだ」
アヤを利用した連中は死んだ。
黒の一号が殺した。
別の誰かがそれを利用する事で、アヤを苦しめようとするのなら。
その苦しみを続けさせてはいけない。
アヤは、コウのたった一人の妹だ。
自分の中に湧き起こる怒りに誓って。
コウは、それを成し遂げる決意をする。
「これ以上、不幸になる人を増やさない為に」
「……そうだね」
顔を上げたアヤは、もう、彼女に似合ういつもの笑みを浮かべていた。
アヤは強い。
姉が死んだ時も、コウより先に自分の気持ちを全て呑み込んで見せた。
納得できなくとも、吹っ切れなくとも、それを呑んで前に進む強さが、彼女には備わっている。
「お兄ちゃん。私も、私に出来る事をするよ。それで私の罪が償えるとは思わないけど……悩んでたって、何も解決しないもんね」
ユナの頭を撫でながら言うアヤの言葉に、コウは静かにうなずいた。




