第4節:偽装装殻
「……この装殻、何?」
ケイカに見せられた映像に、リリスは表情を変えないままにぽつりと言った。
それなりに付き合いも長いので、ケイカはそれでも彼女が驚いているのだと分かる。
ケイカが見せたのは、襲撃直後の相手の装殻者たちの様子だった。
倒されて、コウたちが姿を消した直後にどろりと溶けると、流動形状記憶媒体に似た粘度の高い液体と化したのだ。
「残ったそれ、回収して今検査に掛けてるんだけど。装殻がタランテール系列なのに、どうも一般用よりも性能が良かったらしいの」
「ピンキーライン社?」
「Yes。どうも本格的にこっちにちょっかい掛ける気になったんじゃないかな、と思って」
笑みを含ませて言うが、リリスは誤魔化せなかった。
「だから私に検分させようと?」
ケイカは黙って肩を竦めた。
不気味に笑い、リリスが言う。
「良いわね。ケイカのそういう腹黒いところ……私は好き」
「ありがとう。それで?」
「間違いなく次のタランテール。試験の様子を衛星で盗撮したのと似てる。あの子が好きそうな無駄のない形……私は嫌い」
ケイカはうなずいた。
リリスのお墨付きなので、ほぼ間違いないだろう。
「こっちも準備をしなきゃいけないかしらね。誰が動いてると思う?」
「直接的で被害を考えない。間違いなく〝パイル〟。派手好きなあいつのやりそうな事。……私は嫌い」
「そう。一番厄介なのが出て来たって事ね」
ピンキーライン社のパイルといえば、『トリプルクローバー』が強引な手段で旧徳島エリアを併呑した時の先鋒である。
あの時、彼のせいで抵抗した政府側の被害は二倍に増えたと言われている。
その分『トリプルクローバー』側の被害も大きくなったのではないかとも噂されているが、真偽は分からない。
だが、少なくとも彼の存在が旧徳島エリアの早急な制圧を可能にした事は、間違いない事実だった。
「あ、そうそう。映像だけじゃ分からないかも知れないけど、このタランテール、〝あちら〟の技術が使われてると思う?」
「間違いない。こちら側の技術系統では説明出来ない現象。こちらで似たものと言えば、襲来体かも。……私は嫌いじゃない」
襲来体とは、飛来鉱石から現れた謎の鉱物生命体である。
人類を襲った危機の一つで、既に殲滅されている。
「あなたが嫌いじゃないって事は、最大限警戒が必要ね。解析を急ぐわ」
「何も分からない可能性、大」
「分からないことが分かるだけでも、十分な収穫よ」
「もう一度、見る?」
「好きになさいな」
ケイカが言うと、リリスは再び頭から映像を再生し始めた。
※※※
「上手く機能したみたいね」
消滅直前まで特殊回線で送られていたデータの解析を終えて、才女が呟いた。
彼女の前には10基の巨大なカプセルが置かれており、今は全てが口を開いている。
カプセルや彼女の周りでは、調整士や研究員が忙しく立ち働いていた。
その横に装殻調整器が並んでいて、その中身は二個が空だ。
丁度破壊されたタランテールと同じ数で、その中身がどうなったかを示すように、他の調整器には同型のタランテールが並んでいた。
調整器は一機が稼働しており、軽度の損傷を受けているのが見える。
「良かったのか、〝ラムダ〟。貴重なタランテール00を二機も破壊されて」
「あら、良いのよ〝エータ〟。元々威力試験用の先行量産型……限界負荷実験に使ったと思えば安いでしょう? 貴重な実戦データよ」
才女の脇に立つ取締役が口をはさむと、才女……ラムダはにっこりと笑った。
「偽装装殻開発は順調よ。一般的な普及は無理だけど、人的被害を抑える事が出来るこの装殻は、米軍に高く売れるわよ。……死を恐れない優秀な兵士を、使い潰す事なく戦線に投入出来る。人類の夢よね」
偽装装殻。
それは、ラムダが技術の限りを尽くして完成させた遠隔操作型の装殻である。
人体を模倣した内包体に装殻を纏わせて、パイロットの意識をリンクする事で動く新機軸の商品だ。
従来技術と異なる通信手段を用いる事で、敵からの妨害を受ける事なく使用する事が出来る。
しかも、一定以上の損傷を受けたりパイロットとの通信が遮断されれば、全ての内部データと素体の構成をデリートして流動形状記憶媒体に還元するようにプログラミングされているのだ。
仮に作戦に失敗しても、証拠も残らない。
「通信手段の秘匿と、操作に生じるタイムラグが改善されなければ、我々には無用の長物だな」
「そんな事はねぇよ、エータ。これはこれで便利さ」
生き残ったタランテールを操っていたパイルが、感覚素子を埋め込んだパイロットスーツのままラムダらに近づいてきた。
難色を示すエータに、彼は楽しげな笑みを浮かべる。
「そりゃ実力を発揮し辛いってーのはあるが、偵察の為にわざわざ危険を冒す必要はねぇのが良い」
「コストを考えろ。使い捨てにするには、まだ高価だ」
「目的を達成出来りゃ、会社がどうなろうとどうでも良いだろ?」
「口を慎め」
エータは周囲に目を走らせた。
彼らがわざわざコードネームで呼び合っているのは、周囲の人間に自身の情報を与えない為でもある。
どこに『トリプルクローバー』本体に通じる人間が紛れ込んでいるか分からないのだ。
「この場にいるのは信用出来る賛同者だけ、じゃなかったのかい?」
「用心に越した事はないと言っている」
「慎重なこった」
「大胆と油断は違うぞ、パイル」
肩を竦めるパイルに、エータは感情の篭らない目で言った。
「まぁまぁ、ケンカはやめようよ。それで、どうだった?」
「例の新人君たちにゃ接触したんじゃねーかな。見慣れない装殻者が一人と、動きの良いキラービィが一人。ミツキの奴腕を上げてるぜ、前までただのクソガキだったのによ。……もう一人は森家カオリだな。流石に手練だった」
「私の見立てと同じだね」
「黒いのの実力はさほどでもねぇ。出力解放にも失敗してたしな。脅威にゃならん。何で支部に配属されたのやら」
「調整士の腕を買われたんじゃないの?」
「かもな」
推測を重ねても仕方がないので、それ以上の議論はなかった。
「さて、とりあえず種は撒けた。後は相手の動きを見てから追い立てに入ろうぜ」




