第3節:得意不得意
「はぁ……」
退出して、休憩室で思わずため息を漏らしたコウの肩を、ミツキが叩いた。
「あんま、へコんだらあかんで。始めっから全部が全部、上手くいくもんちゃうんやから」
「分かってるけどさ……ミツキは凄いよね。何でもソツなくこなすし」
コウのつぶやきに、ミツキがこちらの顔をじっと見た。
「……何?」
「いや、あのな? お前、なんか勘違いしてるやろ」
「何を?」
ミツキが自販機で買った炭酸飲料を投げて来たので、片手で受けとる。
中身が振れてしまって飲めなさそうなので、口を開けずにテーブルに置いた。
何かの嫌がらせだろうか。
ミツキの視線の意味が読めずに戸惑うコウに、ミツキは指を立てて講釈するように話し始めた。
「俺が戦えんのは、一応基礎があるからや。親父に散々仕込まれたからな。でもな、俺に装殻の整備や調整は出来ひん」
「……? うん」
ミツキの言いたい事が分からず、コウは首をかしげた。
「お前、二級調整士の資格持ってるやろ。装殻調整士試験は難しいやんか。めっちゃ勉強したんやろ?」
「まぁ……それは」
「お前がその勉強に掛けてきた時間。それと同じくらいの間、俺は装殻の扱い方ばっかり練習して来たんや。装殻使う方までそんなすぐに追い付かれてたまるかいな」
ミツキの言い方に、コウは自分を恥じた。
謝らなければ、と思い、ミツキが怒り出す前にどもりながら口を開く。
「ご、ごめん……ミツキがなんの努力もしてないみたいな言い方して」
「いや、ちゃうやろ!」
いきなり、スパン、とミツキに頭をしばかれる。
全く意味が分からない。
謝り方が悪かっただろうか。
「お前は何でそう、ネガティブな捉え方ばっかりすんねん! ちゃうやん、お前が十分スゴいやんって話してんねやろ!?」
「え?」
思いがけない言葉に、コウは、ぽかんとミツキを見上げた。
なんかミツキが、両手で頭をかきむしり、こいつはもー! とか、ぶつくさ言っている。
「俺みたいなアホはな、幾ら勉強したってそんな試験通らんねんて! 一人で工房運営して食いぶちも稼がれへんの! ちょっと戦いが苦手やからってそれが何やねん!? 整備士やってて、総帥に認められて、《黒の装殻》になって、周りから見たらお前は十分スゲー奴やねんから、もうちっと自信持てや!」
「……俺が、スゴい?」
コウは戸惑った。
【黒殻】に入る前も後も、コウは自信なんて持った事がなかった。
いつも人より劣っていて、誰かより上手く出来る事なんかないと思っていた。
いや、今もそう思っている。
「普通はな、俺らくらいの年やったら装殻の扱いもちっこい頃から訓練してるもんやろ。コウは装殻者になってどん位や? 一年ちょいやねんやろ? 普通な、全身に装殻を纏えるようになるんも、二年はかかんねんで。そう考えたらお前、つい一ヶ月くらい前に初めて装着した奴が装殻の扱いはそれなりに出来てんねんから、十分やねんて!」
今度は、コウがミツキの顔をまじまじと見返した。
ミツキは、本気でそう思っているようだ。
彼の言葉に対して全く実感は湧かなかった。
が、ミツキが励ましてくれたのは理解出来たので、頭を下げておいた。
「なんか……ありがとう」
「ほんまに分かってんか……? まぁええわ。コウは、後始末書書いたら今日の仕事、終わりやろ? なんか気分転換に好きな事でもしてきぃや。沈んどってもロクな事ないで」
「……分かった」
コウの返事に一つうなずくと、ミツキはひらひらと手を振って去っていった。
しかし。
「気分転換……何しよう?」
趣味と呼べるような事もろくにないコウは、今度はその方法を考えて真剣に悩むのだった。
※※※
「何してるんだ?」
「あ、お兄ちゃん」
結局。
コウは気分転換になるような事が思い付かず、『青蜂』のデータでも見ようと、許可を貰って研究室を訪れた。
すると、アヤがホロスクリーンを見ながら真剣な顔をしていたので、声を掛けてみたのだ。
「D.EXって薬物の改良案を考えてたんだよー」
「何、それ」
コウは初耳だった。
EX.gという違法薬物が、以前コウとアヤが住んでいたフラスコル・シティで流行っていたのは知っている。
……その薬物の開発者が、アヤだった事も。
彼女が立てた理論を悪用した連中のせいで街に居られなくなり、総帥にスカウトされて【黒殻】に入ったのだ。
「んー、装殻適合率低下薬。EX.gの副産物で、使い道ないと思ってたんだけど、総帥がねー。二つの改良案と研究資金を出してくれたの。今はそれと、『青蜂』の問題点の洗いだしの手助けが仕事なんだけど……これがまぁ、上手くいかないの、どっちも」
お手上げ、とアヤがぐったりデスクに突っ伏した。
「『青蜂』の問題点って、何?」
「んー、ミツキさんの適合率も装殻にも異常がないのに、こないだのフィッティングと動作確認の時に予定出力に達してない事が分かったの。それまではさ、試験者の適合率が低かったからそのせいだと思ってたんだけど……」
「見せて」
コウが言うと、アヤはぱっと体を起こして、椅子ごと脇に避けた。
コウがホロスクリーンを覗き込むと、顔を寄せるようにアヤも一緒になって画面を見る。
「顔が近い」
「別に良いでしょ」
ふんわりと、アヤの髪から漂うシャンプーの良い薫りがして、コウはため息を吐いた。
我が妹には、年頃の乙女としてもう少し警戒心を持って欲しい。
幾ら兄とはいえ、義理の、だ。
「これがこないだの試験データ」
アヤが表示したデータは、全体的な数値を資格化したものだった。
マネキンに付随する色と数値で、出力の供給量を示すものだが、確かに予定値との誤差以上の差異がある。
「これじゃなくて、もっと詳細なデータは?」
「全体分はここじゃ見れないよ。開発室の主幹情報統制機じゃないと。各部ならピックアップ出来るけど」
「不便だな……なら、コア周りと、出力線の数値、搭載ラインの規格見せて」
アヤが示したデータを、コウはつぶさに観察した。
数値上では異常なしとの判断が下されているが、コウはある一部分を指差した。
「ここの分岐だ」
「どれ?」
コウが見つけたのは、主力線の腰辺り、第二分岐点に当たるタコ足接続だった。
「HK社の分岐回路と、AG社の出力供給線は相性が悪い。出力供給量見た?」
「見たけど……そんなに大きな損耗率じゃなかったよ?」
「見たの、出力の合計供給量から割り出した値だけだろ。ここの分岐出力は、損耗率じゃなくて割合が悪いんだ。前に試したけど、何度組み直しても改善されなかった。見るべきは合計の値じゃなくて、各々の分岐線への供給量だ」
「流石、元・街の整備士さん。ちょっと待ってね」
新たに示されたさらに詳細な数値では、兵装への供給率が高く本体への供給率が低くなっていた。
「うわー、本当だ……」
「ここの倉庫に、ライリー社の分岐盤があったからそれに差し替えれば改善される。それと、本体への主力線3000系から4000系に入れ替えて、コアからの通常供給率を0.7%上げて。それだけで、出力損耗率が2%改善出来る」
「え? え? 何で?」
次々にコウから飛び出して来る要望に、アヤが焦った。
「コアそのものの出力供給が予定量に達してたから、チェックをスルーしただろ。もっと全体を見ろよ。このライン使ってこの出力なら、コア性能はもっと上だ。開発者が誰か知らないけど、予定していたより性能が良いんだ」
その後、幾つか主力線のメーカーについて候補を上げて、一番良いと思うものを伝える。
アヤは、コウの勧めたメーカーの4000系出力線に難色を示した。
「それに変えたら瞬間供給率が上がるのは分かるけど、持続性がないよ。扱いにくくならない? それにそのライン、結構値段がお高い上に、他社のよりライン自体の劣化が激しいので有名なやつでしょ。交換コストも考えてよ」
「ミツキの装殻整備なら何度かやったけど、劣化は一般平均よりだいぶ遅いよ。戦闘スタイル的に被弾が少ないのもあるけど、そもそも装殻自体の扱いが上手い。必要な時に必要なだけの出力供給を受けるような動き方が身に付いてるんだ。コスト面の問題はない」
「……それ、他の出力線ならもっとコスト抑えられるって事じゃないの?」
アヤの物言いに、コウは薄く笑った。
「試作品なんだろ? 本来装殻は個人に合わせるもので、量産しても調整や部品交換が必要なんだ。製品化する段階になるまでは、ミツキに合わせた性能を追求するべきだ。それに、使うのは俺の金じゃない」
「うわー……悪い顔してるー」
アヤはちょっと引いた顔で、コウを見た。
「てゆーかさ。そんな風に人の事はよく分かるのに、自分の事になると上手く行かないんだね。聞いたよ、今日の話」
「……ほっといてくれ」
せっかく忘れていた話を蒸し返されて、コウはふてくされた。




