第1節:正十字を背負う者たち
ーーー旧徳島エリア。
そこは、巨大多国籍企業国家『トリプルクローバー』の支配地である。
最新鋭技術と開発計画により驚異の復興を遂げた街区の一つ、フォリブル・シティ。
高層ビルが立ち並ぶ摩天楼の一角に、そのビルも立っていた。
ピンキーライン社本部。
僅か14歳にしてピンキーライン社を設立し、たった5年で装殻販売業界のシェア3割を担う会社を作り上げた才女が率いる、その会社の真新しい執務室で。
三人の人物が、寛ぎながら談笑していた。
執務机一式と、応接用のソファ、テーブルが置かれた部屋だ。
調度品の類は専門にそれを手がける職人の手になるもので、程よく設えられている。
壁は一面ガラス張りで眺望は抜群、室温は快適に整えられていた。
「装技研の四国支部に、二人配属されたね」
代表である才女は、可愛らしいロリータファッションに身を包んだ金髪碧眼の少女だ。
髪は、後ろで一本の太い三つ編みに編まれている。
彼女が足を組みながら言うと、ラフにスーツを着こなす、巌のような顔の専務取締役がうなずいた。
「絡んで来たベイルダーを整備した奇特な装殻調整士と、大阪区の事件で前線に居た少年だな」
「くくく、ミツキの野郎、面白い選択しやがったな。度胸は良かったが、さてアイツは何のためにここに来たのかねぇ」
最後の一人、カジュアルな格好をした特別顧問の肩書きを持つ優男が、ソファに尊大に腰掛けながらおかしげに言う。
どうやら、配属された一人とは顔見知りのようだ。
「キラービィ系列の装殻者なのだろう? まず間違いなく、向こうの新型関係だろうな」
「このタイミングだもんね。そろそろ狙う? 大阪区と違って派手に動けるしさ」
彼らは装技研の本体が、悪の組織【黒殻】である事を知っている。
準備が整うまで泳がせていたが、才女はそろそろ頃合いだと判断していた。
「いいね。《黒の装殻》どもをおびき寄せる為にゃ、何度か挑発してやらなきゃなんねーよな」
特別顧問は乗り気だった。
取締役の男は、表情を変えないまま彼に言う。
「お前が担当するか? 三番目をおびき寄せる手はずは順調に整い始めている。後は総帥と伍号だ」
「伍号は腰が軽い。ちょっと突っつきゃすぐに出てくるさ。問題は総帥だな」
「あれはそれなりに慎重だもんね。あーあ、こないだのフラスコル・シティの時に特殻がちゃんと動いてればなー。せっかくさ、【サイクロン】とかいう連中の改造とか限界機動装置とか手助けしてあげたのに、それも失敗するし」
特殻とは、日本政府擁する【黒殻】幹部を追う為に組織された部隊の事である。
その後に起こった大阪区事件の際に、壊滅の憂き目に遭っていた。
「仕方ねーだろ。こっちと同じように、向こうの協力者も組織に紛れ込んでんだから」
「見つけて潰せば良かったじゃん」
「無茶言うな」
才女の言葉に、優男は口をへの字に曲げた。
「協力してる証拠がなきゃ、ただの一般人だ。それを不用意に攻撃してバレたら、俺らの方が危うくなる」
「弱体化した今の日本政府に、私たちが負けると思ってるの?」
「負けはせずとも、それなりの損害は覚悟しなければならん。こちらを脅威と判断すれば、日本政府とて【黒殻】と手を組む可能性もある」
才女をたしなめるように言う取締役に、彼女はむぅ、と頬を膨らませた。
「厄介だよね、ホント。でもさ、もう目的は半分達成してるし、その後がどうなっても別に構わないんじゃない? どうせ『こっち側』に用もなくなるんだから」
「完全目的を達成するまでは、油断は出来ん。奴らとて《黒の装殻》。我らと同格の存在だ」
「そりゃ聞き捨てならねぇな。自信がねぇのか?」
目を細める優男に、取締役は動揺もしない。
「正しい現状把握だ」
「あ、話変わるけどさ、総帥をおびき寄せる手段思いついたよ、一個」
「へぇ、どんな?」
優男が取締役から才女に目を移す。
「EX.gっていう薬品なんだけど。これをさ、向こうの総帥が随分気にしてたみたいなんだよねー。【サイクロン】から一部横流ししてもらった分が結構な量あるから、これ使ったらどうかな?」
「いいね。そんでわざと情報を流しゃ、総帥が釣れる可能性がある訳だ」
優男が、嬉々として体を起こした。
「よし、やろう。俺は旧高知に向かう」
「それは良いが……気取られるなよ」
「任せろよ。これでも潜入は得意なんだ」
取締役に対して、優男は軽く請け負った。
優男は、元は日本政府軍の内部工作を行っていた人物だ。
状況の変化に合わせ、自身を死亡したと見せかける事でこちら戻って来た経緯がある。
「楽しくなって来たぜ」
意気揚々と出掛けようとする優男に対して、取締役の男は胸元で正十字を切った。
「我ら《白の装殻》の名の下に」
「悪に裁きの鉄槌を」
優男は、軽く答えて姿を消した。




