第35節:お前がいてくれて良かった。
「正戸アイリ」
駆け寄ってきた《白の装殻》の面々は。
アイリの前に並ぶと、一斉に彼女に向けて十字を切り、そのまま足を揃えて腕を後ろに組む。
「え?」
面食らうアイリに、ミチナリが代表して告げた。
「我々は、貴女を零式装殻展開を以て〝装殻者〟の使徒として貴下に入ります」
「あ、えーと、……うん」
狼狽えるアイリに、ミチナリは表情を変える事もなく声を張った。
「我ら、《白の装殻》の名の元に!」
『悪に裁きの鉄槌を!』
完璧な唱和に、アイリは。
―――なんか、軍隊みたいなんだけど! マサトー!
心の中で助けを求めるついでに、自分の中に逃げ込んだ。
「って、おい!」
代わりに表に押し出されたマサトが思わず突っ込むと。
―――皆に別れの挨拶くらいしたほうがいいよ! うん、そーゆー事にしとく!
「そーゆー事にって、お前……」
それは逃げました、という宣言と同義である。
「……マサキ?」
様子が変わった事を察したのか、密やかな声で、ルナがマサトに呼び掛けた。
「ルナ……」
マサトは、自分の顔が強張るのを理解した。
潤んだ目でマサトを見る彼女が、自分に対して思慕を抱いているのを、マサトは知っていた。
しかし、それはただの憧れだと、マサトは自分に言い聞かせ、気付かないふりをしていたのだ。
何故なら、彼は〝装殻者〟……役目を終えた後は、死ぬ事が定められていたから。
「俺は……お前たちに謝らなきゃならない」
マサトは目を伏せた。
「真実を告げず、戦いへ巻き込んで。あげくに異界で苦労をかけた」
誰も、何も言わない。
「俺は忘れていた。全てを。本当に……すまなかった」
マサトが、深く頭を下げると。
その頭に、ゴン、と拳骨が降ってきた。
「~~~っ!」
久しぶりのその痛みに、マサトが頭を抱えながら顔を上げると、拳を握っていたのはミチナリ。
「この馬鹿弟子が。一人で抱え込むなと再三言っただろうが!」
マサトに異界で格闘術を叩き込んだ師匠の活に、彼は首を竦める。
「ごめん……」
「……まぁ、襲来体に寄生されて利用された俺も、人のことは言えないがな」
溜息まじりにそういうミチナリに。
「逃げグセは相変わらずでしたね。何か予想外の事があるとすぐに逃げるのは、最後まで変わりませんか」
ミカミもちくりと文句を言い。
「大体、お前が記憶を失わなきゃここまで苦労する事もなかったんだぞ。このタコめ」
ケイタが、歯に絹着せぬ罵倒を投げる。
「ほんと、ごめん……」
「アイリとは、逃げずに話した?」
リリスの問いかけに。
「ああ。……あいつは、俺をきちんと継いでくれるよ。ーーー逃げグセまで継がなくても良かったんだけどな」
「〝装殻者〟は、ヘタレか馬鹿しかいない……嫌いじゃないけど」
「そう言ってくれると助かるよ、リリス」
リリスはうなずいて、横に目を向けた。
ルナの表情は固いままだ。
「……これで、最後なの?」
「―――ああ」
マサトの胸が痛む。
「俺の役目は、もう終わったんだ」
「私は……」
ルナが、肩を震わせる。
「貴方のために、使徒になったのよ。こんな思いをする為に、貴方を探してた訳じゃないのよ!」
「……本当に、悪かった」
しかし、マサトにはどうする事も出来ない話だ。
それこそ、謝る事くらいしか出来ない。
ルナと共に過ごす時間は、もう、遥か昔に終わってしまった。
「ルナ……アイリを助けてやってくれ。あいつは、俺以上に手がかかる」
「そうでしょうとも。聞いたわよ。貴方が保護者になれるほどの間抜けだって事も、さっき理解したわ」
「なら、頼むよ」
マサトは淡く微笑んだ。
「俺には、もう、無理だから。ルナに頼む」
「……酷いヤツ」
それは。
ルナの気持ちを無視していた事だろうか。
それとも、そんな気持ちを知りながら、他の女の世話を頼む事に対してか。
両方かも知れない。
「皆。向こうにアナザーは残っていない。こちらであいつを殺せば、向こうの輪廻も閉じる」
マサトの言葉に、全員が驚いた。
「分かるんだ、それくらいは。俺は、こんな事になったけど。……皆と過ごせて、幸せだったよ」
ルナが、堪え切れなくなったように泣き出し、リリスがその頭を抱く。
「それは、嘘じゃない」
「俺はお前に、隠し事が出来るとは思ってなかった」
ケイタは真剣な目でマサトを見ている。
「任せろよ。頼りになるぜ? 俺たちはよ」
なぁ、とケイタがミカミを見ると、ミカミは笑顔でうなずいた。
「見ていて下さい、マサキ。私たちは、きちんとやりますよ」
「弟子に迷惑を掛けた償いくらいはする。安心しろ」
ミチナリは静かに言い。
「妹が一人増える。……可愛い子は好き」
「妹はあんたでしょ!」
リリスの肩から頭を起こしたルナが、彼女に噛み付いた。
そのいつもの光景に、マサトは笑う。
それは転生以来、彼が初めて笑い声を発した瞬間だった。
「面倒くらい、幾らでも見てやるわ! 覚えてなさい、マサキ! 勝手に死んだことを後悔するくらい、皆で幸せになってやるんだから!」
ルナの言葉に、マサトは笑顔のまま頷いて。
「なら、よろしく」
そう言って、《白の装殻》の前から消えた。
※※※
「コウ」
ミツキに呼び掛けられたコウは、内心緊張しながら応えた。
「ミツキ……ごめん」
コウが謝ると、ミツキはいつもと変わらない笑顔で言った。
「お前、トロいねん。戻ってくんの遅すぎじゃ」
「……そうだね」
彼は素直にうなずいた。
「本当に、そうだと思うよ」
「……なんかちょっと、感じ変わったなぁ。吹っ切れたんか?」
片眉を上げたミツキに、コウはうなずく。
「ゴウキさんと話したからね」
彼女が女性だった事は、あえて伏せる。
ハジメには知られたくないんだろう、と思ったからだ。
「覚悟と気骨の塊みたいな人、だったから」
「我儘、の間違いじゃないの?」
「そりゃケイカさんが、あの人に良いようにやり込められてたからそう思うんだろ」
好意的なコウの言葉にケイカが突っかかり、ジンが揶揄する。
「ジンだって似たようなものだったでしょ!?」
「お前らは寄ると触ると喧嘩ばかりだな。少しは落ち着け」
ケイカの頭に手を乗せて、花立が言う。
「……覚悟は出来たのか?」
そのまま、言葉は素っ気ないが、コウを気遣う様子の花立に。
「……分かりません」
コウは素直に答えた。
実際、よく分からない。
死ぬ覚悟、などとというものを、一体どうやってすれば良いのか。
「でも、ゴウキさんが守ろうとしたものを……そして、ハジメさんが守ろうとしているものを」
コウは、あの飛行場の夜以来、ようやく真正面から向き合えた相手の顔を見た。
黙ってコウを見つめるハジメを。
「一緒に守りたいと、そう思います」
ハジメは、軽く目を細める。
「それは、本心からか?」
「ええ。だから、謝らないで下さい」
「……」
「死ぬ、というのなら」
コウは自分の胸に拳を当てる。
「俺は本当なら、あの夜に死んでいた」
「……俺に会わなければ、そうなる事もなかっただろう」
「いいえ。俺は、自分でこの道を選んだんです。そして、貴方の騙る正義の意味を理解して……今、ここに居ます」
「……そうか」
ハジメは、一度、目を閉じてから。
多くの人々の想いを背負う、修羅の顔で言った。
「お前を、正式に《黒の装殻》の六番目、黒の零号として迎える」
誰も、異論を挟まなかった。
そしてハジメは、今度はミツキに顔を向ける。
「そして、ミツキをケイカの相棒として」
「はい」
しっかりとうなずいたミツキに、ハジメは軽く笑みを見せた。
その後、ちらりと《白の装殻》に目を向け。
「向こうに対抗しようか。我ら、【黒殻】を率いる者ーーー」
彼は、茶目っ気を覗かせた。
「従うものは、己の心」
即座に応えたのは、ミツキだった。
「律に背き」
「権を拒み!」
ケイカが生真面目に続き、ジンがノリノリで声を上げる。
「力を以て、望みを通す」
花立も、不敵に笑いながら。
「〝装殻者〟に継ぐ、修羅の群れ……」
コウが最後に言って。
『我らの名は―――《黒の装殻》』
全員の唱和に合わせて、コウはゴウキを引きずり出した。
―――あ、てめぇ!
―――最後に挨拶くらいどうぞ。
「……あの野郎」
「ゴウキさん?」
ゴウキがイライラと頭を掻くと、その立ち振舞いで、入れ替わった事を察したミツキが呼び掛けた。
「ったく、こっ恥ずかしい事してんじゃねーよ! ガキどもが」
ゴウキは悪態を吐き捨てたが、その口元は緩んでいた。
「声を出して気合いを入れる事を俺に教えたのは、あなたです、ゴウキさん」
ハジメが言うと、ゴウキは真面目な顔で彼に向き直った。
「……お前の今の状況は、俺の責任だ」
短く漏らし、ゴウキは続ける。
「全部、俺のせいにしとけ。お前の前でカッコつけてても、結局俺は半人前だった」
「そんな事は、ないですよ。ゴウキさんは俺に、きちんと人の生き方を示してくれました。……俺は、あなたに憧れたんです。その意志を継ぎたいと思った。その気持ちは、決して嘘ではない」
ゴウキは、一人前の男としてそこに立つ、かつての相棒の姿を目に焼き付けた。
仲間に囲まれ。
過酷な運命を背負いながら、なお幸せそうに笑う本条ハジメを。
―――ハジメ。お前はきちんと、自分の居場所を見つけたんだな。
心の中で、そうつぶやいて。
「期待してるぜ、ハジメちゃん。俺を超えろよ?」
「永劫無理、じゃなかったんですか?」
「男なら、誰かの為に強くならなくちゃいけねぇ。そうだろ?」
ゴウキの言葉に、ハジメはうなずいた。
「あなたの無茶振りには、これでも慣れてます。ゴウキさん。……俺を振り回した女性は、あなたが初めてです」
ゴウキは、驚きに目を見開いた。
「……お前」
「一瞬だけなら、時空改変を使えるようになったのは、見たでしょう? 〝装殻者〟と母体に直接働きかける時空改変は、無効化されるんです。迂闊でしたね」
「言うようになったじゃねぇか」
ゴウキはニヤリと笑い、片手を上げる。
「じゃあな、ハジメ。―――お前が居てくれて、良かった」
そして、マサト同様、ゴウキも消えた。




