第9節:彼らの気持ち
「あのよ」
ベイルダーを代表して、一人の青年が言った。
年頃は、コウたちより少し上だろうか、髪を緑に染めて、右腕が装殻化したままの青年だった。
「あの時、言ってたのって、マジかよ?」
「何の話?」
ふてくされたような、ぶっきらぼうな青年の口調に、コウは問い返した。
どうにも暴力的な気配はないようだが、目的が分からないので、やっぱり少し怖い。
「だから……あの、雇ってくれるって話だよ」
「ああ……」
コウは納得した。
彼の体を操っていたケイカが、そんな感じの事を言っていたのを思い出したのだ。
「いや、あれは」
「やっぱ、嘘かよ?」
俺が言ったんじゃないよ、と続けるための言葉は、瞬時に誤解されてベイルダーたちが殺気立つ。
「そうじゃなくて。あれは、俺が決めれる事じゃないんだ。一緒に居た女の人いるだろ? あの人が……」
「雇うっつったの、お前じゃねぇかよ!」
どうにも理解して貰えないようだ。
コウ自身も他人から聞いたら納得出来ないだろうし、非常に困る話だった。
軽く唇を噛むと、海風でべたついて塩辛い。
「ミツキ」
どうしよう、と助けを求めると、ミツキが面倒そうに頭を掻いた。
「ったく、口下手が」
「ゴメン」
「ニイちゃんら、一つ聞いてええか?」
「なんだよ?」
ミツキが言うと、緑髪はそちらに顔を向けた。
「雇われたいんやったら、ちょっと事情聞かせてや。何で雇われたいんや?」
「何でって……」
「飛行場で俺らに絡んで来たやろ? 金に困っとったんか?」
緑髪は後ろのベイルダーたちを気にする素振りを見せてから、答えた。
「金もそうだけどよ……名刺に、装殻の研究所って書いてあったろ」
「おう」
名刺の中身なんか知らないはずなのに、ミツキはタイムラグなしでうなずいた。
良い度胸してるなぁ、とコウは感心する。
「雇われたらよ……俺らの仲間の体、診てもらえたりすんのか?」
「はぁん……」
ミツキは口をへの字に曲げて、何かを納得したようだった。
ちょいちょい、とコウを手招きするので、耳を寄せる。
「コウ。こりゃお前の専門が役に立つで」
「……状況がさっぱり理解出来ないんだけど」
「お前、ほんまに鈍いなぁ」
ミツキが肩を落として、緑髪に言う。
「なぁ、ニイちゃん。融合してもーた装殻の具合が悪いんは誰や?」
緑髪は、後ろを振り向いて顎をしゃくった。
出て来たのは、仲間に肩を借りた足が装殻化した少年だった。
重そうに、足を引きずっている。
「こいつだ。足が動かなくなって、油差してもどうにもなんねーし、マッサージとかしてやっても無駄だった。だんだん足首から動かなくなって、今は太ももくらいまで麻痺してるらしい」
「って、事や」
「なるほど」
コウは、自分の頭の中でスイッチが切り替わるのを自覚した。
「見せて」
「なんでだよ」
緑髪が、足を引きずる仲間を庇うように立つ。
「こいつは装殻調整士や。装殻に問題があるんやったら、見せて損ないで」
ミツキのフォローに、少し迷ってから緑髪がどいた。
仲間思いだなぁ、とコウは思った。
飛行場で絡んで来た時は案外、自分たちの切羽詰まった状況をどうにかしたくて、わざとああいう物言いをしたのかもしれない。
悪いことをするのに罪悪感を感じる人間というのは、それが誰かに見られた時は斜に構えるものだ。
「妙な事したら、殺すぞ」
「昼間コウにぼっこぼこにされた奴が、何をイキがっとんねん」
コウの予測を証明するように、緑髪はバツが悪そうな顔で押し黙った。
ボコボコにしたのは俺じゃない、と思いながらも、コウは口を挟まなかった。
地面に座り込んだ少年に近づいて、その足をつぶさに観察する。
「情報処理型。使用出力線はEL20-150gw。外殻番号はCGF02系の初期型。この装殻は……殻人社23年製のG-038m:ホップホン、で合ってる?」
少年が、コウが部品の型番と点検から導き出した解答に、驚いたような顔でうなずいた。
「重度の癒着。殻人社製ではよくある事らしいけど、見るのは初めてだ。部品は純正?」
「あ、ああ……」
「殻人社はね、純正部品の方が劣悪なんだ。この装殻、フィッティングがまるで効いてないし、それにかなり長い間整備してないでしょ?」
「最初、直す部品がないって言われて……でも、代替の高いヤツを買う金もなかったし。使い続けてたら、その内、装殻が解除されなくなって……」
コウは胸が痛んで、うなずいた。
後の話は聞かなくても分かるようなありふれた話だろう。
人体と癒着した装殻は、かなり初期に措置を施さないと流動形状記憶媒体がその形を正常だと認識し、引き剥がせなくなる。
どうしても装殻を解除したければ癒着部位を切断するしかないが、例え装殻化していても、感覚もあって動く自分の体を切り落とす選択が出来る人間は中々いないだろう。
装殻解除不能現象は出始め頃の装殻にはよくある事だったが、装殻の品質向上や調整器の発達と共に解消された筈だった。
しかし、そうした状況の中で装殻は徐々に高価になっていった。
そうした装殻高級化に風穴を開けたのが、新興企業である殻人社だ。
あの企業は低所得者でも購入出来る装殻、を謳い文句に、その当時未だ災厄による貧困に喘いでいた半数の国民を狙い撃ちにしてシェアを伸ばした。
しかしその実態は、劣悪部品による、誤作動を連発する粗悪品販売だったのだ。
この時に、ごく少数だったはずのベイルダーが爆発的に増えた。
殻人社の装殻を購入したのは、調整どころか、医者にかかる金すらない者たちだったからだ。
急速に社会に浸透し重用される装殻者に希望を見て……学がなくとものし上がれると夢見て、無理にでも装殻を手にした者たちが、殻人社の犠牲になった。
政府が問題に気づいた時は既に遅く、無視できない数の国民が装殻を解除出来ないままの状態になり、調査の手が伸びる頃には殻人社はとっくに姿を消していた。
一説には、装殻技術を独自に発展させる為に、米国が日本をサンプル取得の為の実験場にしたとも言われている。
結局真相は、闇の中だ。
残ったのは、大量の貧困層のベイルダーたちと、彼らに対する世間からのいわれのない差別。
やりきれない話だった。
「ここまで深く結合した装殻を解除する事は出来ない……それは調整士にも医者にも無理だ」
コウの言葉に、絶望的な顔をする少年に、彼は続けた。
「でも、痛みを消す事と、また動くようにする事は出来る」
「ま……マジでか!?」
少年本人以上に食いついたのは、緑髪だった。
「コイツの足、ちゃんと動くようになるのか!?」
「なるよ。フィッティング調整とパウダーの追加だけでとりあえずはね。部品は……流石に本格的な調整器がないと難しいけど」
人体細胞との癒着に対する根本的な解決にはならないが、パウダーは装殻と人体の潤滑剤なので追加すれば痛みは改善されるだろう。
フィッティングは、そもそもが登録装殻者に装着して貰ってから行う事なので、普通に出来る。
「家から、簡易調整機とパウダーの予備を取ってくる」
「おう、待ってるわ。あ、アイスだけ置いて来てやー」
ミツキがひらひらと手を振り、コウが手に持った袋を指差す。
うなずいて行きかけたコウに、緑髪がいきなり土下座した。
「頼むよ。マジで、マジで直してやってくれ! 金なら、頑張って用意するから!」
「……整備に手は抜かないよ。そもそも簡単な事だし。パウダー代だけ貰うけど」
パウダーそのものは、そんなに高くない。
一般的なものは、バイクのオイル程度の金額だ。
ただ、装殻専門店でないと手に入らないし、それには手間賃が加算される。
金がない人間にとっては、調整士がボる、その手間賃が厄介なのだ。
「そ、そんなんで良いのか……?」
「そんなんで良いよ」
もはや信じられないものを見る目付きの緑髪に、コウはうなずいた。
「あ、ありがとう! マジでありがとう!」
「いや、まだ〝直して〟ないから」
しかし緑髪は聞いていない。
涙ぐんで、少年に対して何度も、良かったなぁ、良かったなぁ、と言う様子を見て。
コイツ、いいヤツだなぁ……とコウは思った。
普通、仲間の為でも自分から土下座は出来ないし、あんなに喜ばないだろう。
コウはなるべく早く整備してやろうと、家までの道を急いだ。




