第40話 生存の対価
第五位階下位
第三位階中位
光がある。
太陽の如き黄金の光。
されどその光は、暖かく、優しい。
その光から、暖かい声が聞こえて来た。
ーー早く起きて安心させてやれ
……わかってる。直ぐ起きるさ。
◇
意識がゆっくりと浮上する。
どうやら死なずに済んだらしい。
死んでいたら負け確定である。
体の調子を確認する。
先ず折れた右腕だが、一応は治っている様だ。
同じく折れた右足も、一応は治っている。
焼かれた背中は、刺す様な痛みはなくなっているが、感覚的には微妙である。
最後に内蔵の確認だが、大体は治っている。
全体的に見て致命的な傷は無い。
だが感覚が鈍く反応が悪い、付け足すなら全身が鉛の様に重い。
ゆっくりと瞼を開く。
……重い訳だ。
俺は何時かの再現の様に幼女に囲まれていた。
眠っている様だが、良く見ると全員から僅かずつ治癒性の魔力が流し込まれている。
どうやら寝ながら看病してくれているらしい。
「……ミツキ? オキタノカ?」
そんな声が聞こえ振り仰ぐと、そこには大きな蜂、シアがいた。しかし何かがおかしい。
視界が変だ……これは……失明している?
どうやら俺は右目を失明してしまった様だ。
取り敢えずシアに応える。
「あぁ、何とかな」
そう応えるとシアはホッとため息を吐いた。
「マダヨルダ、モウスコシネテイロ」
「そうさせて貰うよ」
「ミツキ……ブジデヨカッタ」
俺はまた、瞼を下ろした。
シアの羽音が遠ざかって行くのを聞きながら、ゆっくりと意識が沈み込んで行く。
◇
目が覚めた。
場所は薔薇の木の根元にある穴の中だ。
出口が開いている為、光が差し込んでいる。
涎の様な液体を垂らして眠る幼女達を起こさない様に引き剥がす。
末っ子の物と思われる頰に付いた涎を拭うと、何故か甘い香りがした。
……涎……だよな……?
穴から出るとそこには薔薇女王と蜂女帝がいた。
向かい合って何かを話していた様だが、それにしては距離がある。
体が本調子ではなく、ふらつきながら歩く俺に、二人が気付いた様だ。
「ミツキ! よかった、目が覚めたんですね」
「ミツキ! もう起きて大丈夫なのか?」
二人が心配そうに声を掛けてきた。
俺は安心させる為に笑顔を見せながら応える。
「ああ、もう大丈っ!?」
大丈夫じゃなかったらしい俺は、足元にある石に気付かず躓いた。
元々ふらふらだったせいで崩れた姿勢を持ち直す事が出来ず、地面にダイブした。
一瞬で俺と地面の間に滑り込んできたのはエンプレスの足とクイーン本体。
結果俺はクイーンの柔らかい物に顔を埋め、エンプレスがクイーンを支える事で倒れた衝撃すら来なかった。
「ふふふ、ミツキ、嘘はダメですよ?」
そう囁くとクイーンは、離してなるものかと言わんばかりに俺の頭を強く抱き締めた。
小柄な割に大きな双丘、辛うじて吸い込める空気はクイーンの香り付きである。
これで怒ってるつもりだろうか? 薔薇っ娘達なら却って喜びそうだ。クイーン式教育法なのだろう。
「ミツキ……無茶はしないでくれ、本当に心配したんだぞ!」
エンプレスは涙声でそう言うと、ゆっくりとクイーンを地面に下ろした。
本気で心配してくれた様だ、あんなに情け無い声で言われると申し訳なくなってくるが、好きで無茶した訳ではない。
可能な限り無茶をしたくないからこそのレベリングだったのだが。
望む望まざるに関わらず敵はやってくる。
無茶をしないとは断言できない。
その後起きてきた幼女達に再度拘束され、身体中で色々と柔らかい感触を味わう事となった。
◇
しばらく後、拘束状態から漸く解放され、肉体の傷はほぼ完治した。
ただし、体内の魔力の乱れが著しく、体が思う様に動かない。
そして何より、すごくお腹が空いていた。
「ミツキ、はいあーん」
「……あーん」
「ミツキミツキ、あーん」
「はいはい、あーん」
「はい、は一回よ! ……ほら、食べなさいよね」
「……ミツキ、食べる」
腹が減ったと言ったらこれである、カットされた幼魔の実を代わる代わる食べさせてくる。
そもそも転んだ所で怪我等しない、それが分からないクイーンとエンプレスではないだろうに。
過保護が過ぎる。
「……むぅ」
エンプレスは何か思う所があるのか自分の手足を見詰めて不満気だ。
ーー唐突に地図が開いた。
突然開くと言う事は俺がマーカーを付けた対象に危険が迫っていると言う事だ。
慌てて確認すると、グラノドスのいる場所が分かった。
奴がいるのは南西の森、襲われているのは刃竜達。
俺はクイーンや薔薇っ娘達を押し退け立ち上がると足に魔力を込めた……つもりだった。
突然片方しかない視界が暗く狭まり、体から力が抜け、倒れ込んでしまった。
「ふぁむ」
……その上誰かを押しつぶしてしまったらしい。
魔力を使用、消費すると精神が少なからず疲労する。
倒れたのはおそらく乱れた魔力を無理やり正そうとした反動だろう。
だが、悠長な事をやっていれば間に合わなくなる。
俺は薄れかけた意識を気合で繋ぎ直すと、即座に上体を起こした。
押しつぶしていたのはクイーンだったらしい、呼吸困難にでもなったのかほんのりと顔が赤くなっている。
生憎とそんな事に構っている暇はない、今は一刻を争う状況だ。
「頼む、力を貸してくれ」
「ひゃい!」
今は子供の手でも借りなければならない。
◇
現在、森の中をクイーンに背負われて移動中だ。
エンプレスはその上を飛行中。
チビ達はエンプレスに乗っている。
「つまり、ミツキをこんな目に合わせた奴がそこにいる、と」
道中、事情を説明するとクイーンがそう呟いた。
「ふふふ、ミツキをあんなに痛めつけて……どうしてくれましょう?」
……地図の確認をしておこう。
この移動速度なら後数分もしないうちに到着するだろう。既に遠方には黒い煙が見えている。
地図から分かるのは。
暴竜と刃竜が殆ど同じ場所から動かず戦っている事。
真紅蜂と青薔薇がペアで行動し、暴竜の周りを動き回っている事。
古樹人は何をしているのか分からない。
戦場が間近となった所で古樹人が此方に気付いた様だ。
『味方かの?』
唐突に頭に響いた声に俺は即座に応える。
「加勢するぞ、エルダートレント」




