第12話 女王の油断
第四位階中位
薔薇の女王はその身に赤いオーラを纏っていた。
それは薔薇の魔剣を開花させた時と似ている。
違うのは色と圧力。
特に見ようとした訳ではないのに、はっきりと見えるそれ。
魔力だろう事は間違いない。
感覚からして、俺の魔力の絶対量はクイーンの全身を覆う魔力の、四肢一本分にも満たないだろう。
単純に計算してクイーンの魔力量は俺の魔力量の10倍以上という事になる。
さらに付け足すならクイーンには魔力操作なるスキルがある。
膨大な魔力を効率的に運用できる筈だ。
「絶対ですよ?」
念を押す、もとい釘を刺してから、クイーンは飛び跳ねた。
思考加速と桜色の瞳の力で何とか状況を理解する。
クイーンは跳ぶ瞬間に脚に魔力を込めたのだろう、赤いオーラが瞬間的に大きく膨れ上がったのがわかった。
そこから一直線にワイバーンに向けて飛んでいく。
その速度はハグトスキングの瞬間加速の数倍以上。
こんな化け物と対峙したら、それこそ瞬きの瞬間には死んでいるという事になりかねない。
事実、ワイバーンは反応できていない。
重圧の源へ方向転換しようと、大きく翼を拡げ急ブレーキをかけた姿勢。
その時点でクイーンはワイバーンの懐に入っていた。
全身に纏っていたオーラ、その全てが左腕に集約されている。
尋常ならざる気配、結果は見る前から分かった。
明らかなやり過ぎ。
完全に魔力の無駄使い。
クイーンの放ったその一撃は、ワイバーンの骨の体をバラバラに粉砕した。
聞こえたのは凄まじい轟音。
頭部だけは綺麗なまま、しかしそれ以外は跡形もなく吹き飛んでしまっている。
桁違いの暴力だった。
それと同時に違和感がある。
空中にいるクイーンはその身に纏う魔力を大きく減らしている、そんな状態でもう一匹を倒せるのか?
「……まさか、気付いていない?」
だとしたら危険かもしれない、しかしこの状況では、俺に出来ることは無いに等しい。
この機会を狙っていたのだとしたら、度重なる襲撃は全てがクイーンを確実に仕留める為の予行だったのではないだろうか?
クイーンの察知範囲を探り、クイーンの行動パターンを調べ、今この瞬間を作り出すために。
グリフォンはその鋭い鍵爪を振り上げ空中で身動きの取れないクイーンに向けて急行下している。
あれが当たれば相当なダメージだろう。
その上、空中はグリフォンのホームグラウンド。そのままいたぶられ殺される未来が透けて見える。
だが……。
その心配は杞憂だったらしい。
クイーンはプリンセス同様に蔓を出し盾を作り上げ、グリフォンの一撃を受け止めた。
動きが止まったグリフォンにすぐさま蔓を巻き付け縛り上げ、身動きが取れなくなったグリフォンをよじ登る。
残りの魔力を足に込め頭部目掛けて振り抜いた。
威力は先程の一撃に遠く及ばないもののグリフォンの頭部を容易く粉砕した。
これでクイーンの勝ちか。
……凄い物を見たな。
そう、思いながら見ていると、クイーンが今度は拳に魔力を込めたのが見えた。
よく見てみるとグリフォンが蔓の拘束から逃れようと藻掻いているのが見える。
頭部を粉砕されながらも動く憐れなそれに、クイーンは拳を降り下ろした。
グリフォンを破壊したクイーンは、地面に難なく着地した。
近くには先に落ちたワイバーンの頭部とグリフォンの肉片が散らばっている。
目と鼻の先。
魔力の使いすぎだろうクイーンは何処か疲れた表情を顔に浮かべつつも、此方に向けて微笑んだ。
ーークイーンは完全に油断している。
全力で跳べば俺の剣が届く距離。
ーークイーンは魔力を纏っていない。
反応は出来ない筈だ。
此方にニコニコと微笑んで手を振るクイーン。
それに俺は……。
ーー抜剣で応えた。
クイーンに向けて跳ぶ。
案の定クイーンは俺の動きに追い付いていないようだ。
剣を抜いて飛び掛かってくる俺を、その目を丸く開いてキョトンとした顔で見ている。
やはり理解していないらしい。
俺自身、これは賭けだった。
失敗すれば俺も殺される、だからこそ急がなければならない。
ーー間に合え。
俺は今持てる殆んどの魔力を聖剣に注ぎ込む。
すると、桜色のオーラが聖剣から溢れだした。
それは、絶対に絶ちきるという意思と焦る心を反映してか、聖剣を延長するかのように伸びている。
ーー間に合えっ!
視界が赤に染まる。
ーー間、に、合、えぇーーっ!!
桜色の閃光が荒野を走り抜けた。
ミツキに念を押してから、私は足に魔力を込めた。
お姉ちゃんに教わった、魔力操作からの擬似的な身体強化。
最初は出来なかったけれどしっかり練習して今では一番得意になった。
飛び上がる直前にチラリとミツキを見た。
ミツキは男の子だから、少し心配。
お姉ちゃんの話だと、人間さんの男の子は良く魔物を倒したがって無茶をするんだとか。
お姉ちゃんはそうやって、ミノタケに合わない魔物に挑んで死にかける男の子を何度か助けたらしい。
だからこそミツキが心配だった。
私が目を離した隙にあの黒色の魔物達の中に飛び込んで行ってしまうかもしれない。
そうなったらミツキが死んでしまうかもしれない。
ーーもう誰とも別れたくない。
だからこそ直ぐに終わらせなければいけない。
何時も通り、大きな黒色の魔物は一匹。
確実に、一撃で倒す。
そして直ぐにミツキの所に戻る。
そう決めて、私は魔力の殆んどを左手に込め、振り抜いた。
倒した、直ぐに戻ろう。
そう考えたのも束の間、ふと、嫌な気配を感じて頭上を見上げた。
……気付かなかった、もう一匹いたなんて。
此方に向かって来る大きな黒色の魔物、爪がギラリと月光を反射している。
慌てて盾をテンカイして、その攻撃を受け止めた。
何とか防ぐことに成功して安堵する、蔓を巻き付けて動きを止め、グリフォンの背後に跳ぶ。
足に魔力を込め、黒色の魔物の弱点の頭に回転蹴りを当てた。
バラバラになって飛び散った頭。
これでようやくミツキの側に戻れると思ったのだけれど、あろうことかこの魔物、ミツキを狙って飛んでいた。
拘束を強めて動けなくしてから、怒りの拳骨。
お姉ちゃんが言っていた、悪い奴にはお仕置き。
地面に飛び降りてミツキの方をみると、ミツキが結構近い場所にいて、此方を見ていた。
危うくミツキが大怪我をするところだった。
ーー間に合ってよかったぁ。
私はミツキに手を振る、安心させるため、ニコニコと笑って。
ミツキがこっちに跳んできた。
そんなに怖かったのかな? と少しビックリしたけれど、頼ってくれていると分かって嬉しかった。
ミツキが手に何かを持っている。
綺麗な、
ーー桜色の光。




