第10話 死者の行進
第四位階中位
唐突に抱き締める力が緩んだ。
見上げると、クイーンは険しい顔で虚空の一点を見つめている。
ふと思い至って地図を見てみる。
するとーー
ゾンビ LV1
US
『不死王の軍勢』
『■■の■■』
〈魔物LV10〉
2ジョブ〈不死LV10〉
変更可能ジョブ
BP0
スケルトン LV1
US
『不死王の軍勢』
『■■の■■』
〈魔物LV10〉
2ジョブ〈不死LV10〉
変更可能ジョブ
BP0
戦力評価青、判定赤。
ーー敵だ。
数が多い……。
森の東。
谷と森を繋ぐ道から、敵対生物の大群が進行してきていた。
そこはちょうど地図の切れ目になっていて、敵の総数がどれ程なのかが分からない。
クイーンは俺の頭をそっと一撫でしたあと、出入り口に向かい手をふった。
木が軽く揺れ、先程出入り口があった場所に穴が開く。
クイーンは外へ向かい歩きだし、それに気付いたプリンセス達もクイーンの後に続いて出入り口に向かった。
「ミツキ、私達は用事が出来たので少し出てきます。ミツキは此処で待っていてくださいね」
そう言って彼女はニコリと笑った。
敵の気配を察知したのだろう。
「俺も行くぞ」
「い、いえ、大した事ではないのでミツキは待っていてください……あぁ」
慌てたように答えた後、得心がいったと言うような表情を浮かべ、再度ニコリと微笑んだ。
「すぐに帰ってきますから、安心して待っていてくださいね」
......彼女らにとって俺は非常に脆くて幼い生き物らしい。早急に誤解を解く必要がある。
かといって言葉を尽くしてもわかって貰えるか分からない。
……実戦で見せるのが手っ取り早いか。
俺がさっさと出入り口から出るとクイーンは困った様な顔をしたあと俺の隣まで来て一言。
「私から絶対に離れないでくださいね」
と言って俺の手を取った。
ひんやりと冷たいのに相変わらず柔らかくて暖かい手だった。
◇
進むこと数分。
地図で敵の動きを見ていた所、地図の切れ目に近付いたからだろうか? 情報が追加され谷側の地図が見れる様になった。
谷側は、ガラスがひび割れた様な、あるいは蟻の巣の様な奇妙な地形になっていた。
東端には広大な荒野が広がり、北部には森がある。そして、何より……このエリアは不死の魔物があらゆる場所を徘徊していた。
迷宮、黄泉の入口は地図中央にあり、その付近には複数の赤色マーカーがある。
また、北部の森には大量の赤色マーカーと赤黒いマーカーが集まっていた。
目下の差し迫った脅威は、ゾンビ、スケルトンの大群で、規模は数えきれない、戦力評価赤色の個体は2匹いる。
ゾンビグリフォン LV8
US
『不死王の軍勢』
『■■の■■』
〈魔物LV16〉
2ジョブ〈不死LV16〉
変更可能ジョブ
〈魔族LV10〉
〈妖鳥LV10〉
BP0
スケルトンワイバーン LV7
US
『不死王の軍勢』
『■■の■■』
〈魔物LV35〉
2ジョブ〈不死LV20〉
変更可能ジョブ
〈偽竜LV10〉
BP0
見た目は、ワイバーンが、翼のある巨大な蜥蜴。
グリフォンは、前が鷲、後ろが獅子の通称鷲獅子である。
ワイバーンとグリフォン、どちらが厄介そうかというと甲乙付けがたいが、ジョブLVをみるとワイバーンの方が上、そして両者共に空を飛べる事だろう。
さらに言うならば、プリンセスではどうしようもない火を吐く飛ぶ奴とはこいつらのことだろう。
クイーンが一匹を迎撃したとして、その間に自由なもう一匹はプリンセス達を蹂躙するのだろううか?
実際の戦力差は今の俺には分からない......。
……だが、純粋で優しい、そんなこいつらが怪我をするのをただ見ているだけと言うのは……俺の精神衛生上あまりよろしくない。
当然助力は惜しまないつもりだ。
「もう直ぐです」
クイーンが警告する。
自然とプリンセス達の緊張感が高まっていく。
視覚の上ではまだ深い森の中と言えるが、地図の情報では直ぐ目の前が谷に続く広場となっていた。
クイーンが手を掲げると密集した木々が曲がり、道を開けた、大樹の穴を塞いだのもこの力を使ったのだろう。
彼女らには草木を操る術があるらしい。
開けた視界には、白い月に照らされる荒れ果てた大地が広がっていた。
ふと、遠くで黒い物が蠢いているのが見えた。
クイーンに続いて木の道を通る。
遠くに見える黒い物は、その全てが狼型のゾンビだった。
足が早いからだろう、地図をみると狼ゾンビ集団の僅か後ろに骨狼、そのかなり後ろに他のゾンビやスケルトンが固まっている。
……良く見ようとすると本当に良く見えてしまう。余程目がいいらしい。
地図の機能を再考する必要がある。
敵や味方が弱いにしても、どの程度弱いのかが分からないと、守るに守れない。
この戦闘が終わったら考えよう。
プリンセス達が前に出た。
俺もそれに遅れない様に一歩踏み出した所、突然手を引っ張られる。
見るとそこにはニコリと笑うクイーンが。
「ミツキ、離れないでくださいね」
「........」
「ね」
先の移動中ちびっ子達の話を聞いた限りだと、これ等の襲撃は毎日の様にあり、その都度撃退しているらしい。
戦いに慣れているのは間違いない。危険が無いのなら後ろで観戦しているのも良いだろう。
.......すぐに飛び出せるよう、準備だけはしておく。
◇
不確かながら残っている記憶から思うに、俺はこんな性格だったろうか?
元々俺は一般的な人間だった筈だ。
戦いのない平和な国でくらしていた。
それが突然深い森に放り出され、挙げ句に敵だから殺そう。肉をとるために切り刻もう。等と、正気ではない。
いまだに夢見心地なのか、あるいはスキルの影響か、それとも……俺が人間ではないからか?
ーー生き物を鑑定して見てわかった。
一番最初に表示される内容は、その生き物の種類或いは種族だろう。
それによると俺は霊人。
果たして生き物なのかどうかも怪しい所だ。
この戦場にいる動く死体達を見ても、一般人として然るべき感想が出てこない。
思った事は1つだけ。ただただ単純に、面倒くさそうな連中だな。と。
どこか達観している。どうしてか他人事だ。だがそれと同時に死の危機に対する直感は鋭敏。
まるで自分が一角の戦士にでもなったかのように錯覚してしまう。
今だってそうだ、千や二千ては収まらない規模の死体の軍勢を前に怯えるでもなく冷静。
前を行く少女未満のちびっこ達が、その雰囲気をガラリと変え、油断も慢心もなく戦場に立っているのだとわかる。
「これなら見てるだけでも大丈夫そうだな」
小声で囁くように呟いたこの声は、きっと誰にも聞こえなかっただろう……やはり自分が分からない。
俺の懊悩を他所に、戦場では、戦意を昂らせた小さな戦士達が牙をむいた。
ミツキ。ミツキね。
確かどこかの言葉で美しい月って意味じゃなかったかしら?
ん~、思い出せない。後でお母様に聞いてみよっと!
そんなことよりミツキよね。
ずっとひとりぼっちだったって言うじゃない、此処は一番の姉として……一番の……姉……。
一番のっ!姉としてっ!
ミツキの面倒を見てあげなくちゃねっ!
ミツキが笑顔になるのはきっと良いことよ。
泣いてる私達をお母様が笑顔に戻してくれたみたいに。
私達が、私がミツキを笑顔にして見せるんだから!
お母様がミツキをギュッって抱き締めた。
ギュッってするのは良いことよね、あったかいし嬉しくなるもの。
妹達もミツキを抱き締めに行った、私も妹達ごとミツキを抱き締める。
でも、不思議よね。
ミツキ。
お母様よりあったかいのに。
どうしてニコニコ笑わないのかしら?




