第9話 薔薇の女王
第四位階中位
わかった事が一つある。
俺は集中すると回りが見えなくなるタイプらしい。
「日が......沈んでいる......」
気付かなかった事には当然理由もある、それはーー
ーー日が沈んでいるというのに変わらず森の中を見渡せる事。
気付いたのは考察が一段落付いて顔を上げた時、辺りが急に暗くなり夜になった。
その後、見ようと思ったり、意識を集中させると夜の闇が晴れ、見えるようになった。
USの桜色の瞳、という物の影響だと思われる。
何となく目に力が宿っているように感じるのが根拠だ。
ともあれ、夜目がきくのは都合が良い。
夜も昼と変わらず活動出来る、生存率の向上が見込める筈だ。
とりあえず今日は木の上で……眠らせてはもらえないらしい。
木に指を掛けた所で突然地図が開かれた。
見ると、森の東側から複数の生物が接近して来ている。
戦力評価、赤、判定、青、十中八九俺に用があるのだろう。
とりあえず敵ではない事がわかっているので丘の上で座って待つことにした。
◇
それから数分後。
「......来ないな」
地図の上では丘の近くに着いているのだが、いつまで経っても出てこない。
数は十匹だ、戦力評価が赤色の生物が十匹木陰から此方を見ている。
居心地が悪いなんてレベルではない。
相手が心変わりしないという保証は無いのだ、場合によっては命の危機である。
「......逃げるか」
逃げよう。
そう思い立ち上がった所で、それらは姿を現した。
ローズプリンセス LV7
US
『樹精霊の加護』
『■■の■■』
〈魔族LV8〉♀9
2ジョブ〈霊樹LV8〉
変更可能ジョブ
〈魔物LV1〉
〈植物LV1〉
BP0
容姿は人そのもの、やや幼いものの美少女と言って差し支えないだろう。
瞳の色は鮮やかな赤色で、緑色の髪をサイドテールにしている。
その根本には瞳と同じ色の薔薇が一輪。
服装は若草色のゆったりとしたドレス、袖で分かりづらいが緑色の腕輪をしている。
当然の様に素足、短めのスカートからは健康的な肌色が見え隠れしている。
袖の中もスカートの中も武器があるようには見えない、非武装なのだろうか?
どのみち一挙手一投足に注意を払うべきだろう。
睨み合いが続く、と言っても相手方は目をぱっちり開いて此方をじーっと見詰めて来ているだけ。
俺は全体を俯瞰して見るために彼女らの中心、誰も居ない所を見ている。
どうやら、一番前にいたのが一番歳上で強い個体らしい。
それから一歳下がる毎に大体LV1ずつ下がり、一番下が0歳のLV1のようだ。
また、一歳下がる毎に見た目も少しずつ幼くなっていく。
観察と考察をしている内に、何故か一番幼い個体と目があった。
まぁ、単純にこの個体だけが動いていてたまたま俺が見ていた場所に移動しただけだが。
警戒するに値しないと頭が勝手に判断していたのかもしれない。
改めて思うが、どうにも意識に隙が多い、一般市民だったという記憶があるから一般人であれば当然の事だが。
幼女は、目があった途端、花開くような笑顔を浮かべ、トテトテと走り寄って来た。
見た目年齢は五つくらい、どこか既視感のある光景だ。
 
俺が丘の上にいるからだろう、此方を見上げている彼女らは一番幼いちびっこが走り出した事に気付くのが遅れた。
半ば以上進んだところでようやく気付いたらしく、慌てて駆け出そうとしていた。
そう、彼女らが駆け出す前に事は起きる。
その時俺は反射的に何時でも前に駆け出せるように腰を低くしていた。
「あっ!」
案の定、ちびっこは何もない所で躓いた。
転ぶ前に既に駆け出していた俺が滑り込んで事なきを得る。
きょとんとした顔で此方を見るちびっこ......わかった事は3つある。
まず、俺は思っていた以上に身体能力が向上している。
次に、俺は過去に同じような事を何度かやっている。
最後に、地図の戦力評価は戦闘力ではない物を基準にしている。
「人間さん?」
「何だよ」
「良い人...…でしょ?」
「......どうだかな」
ニコニコ笑う少女達に囲まれてしまった。
◇
目の前には薔薇の大樹がある。
高さは20mはあるだろう、根本は相当大きく地面には穴が空いているのが見える。
回りに背の低い木が多い中でこの大樹は異常だ。
この薔薇の木、薔薇の花は数えきれない程咲いているが、その中で異様な物が2つある。
左右に伸びる2本の枝、その先に巨大な薔薇が2つ、明らかに普通じゃない。
その枝の根本に一人の少女が立っていた。
ローズクイーン LV18
US
『樹精霊の寵愛』
『■■の■■』
HS
『魔力操作』
『気配察知』
『再生』
S
『鞭術』
『拳術』
〈魔族LV45〉♀16
2ジョブ〈霊樹LV45〉
変更可能ジョブ
〈魔物LV1〉
〈植物LV1〉
BP10
これが彼女らの主、呼称お母様の能力である。
ローズクイーンは人間さんに会ってみたいと常々思っていたらしい。
そこへ、遠目から見て自分達にそっくりだが薔薇が付いていない生き物を発見し、これはもしや? とプリンセス達全員を送り出したらしい。
それに対する疑問点も聞いたら答えてくれた。
先ず大前提として、お母様はその場所からあまり動けない。
理由は、東から来る脅威に対処するため。
人間さんにそっくりだけど違う奴、動物さんにそっくりだけど違う奴、そんな奴等がたくさんやって来て森を荒らすのだそうだ。
地図の情報から見て、間違いなくゾンビやスケルトンである。
勿論それくらいなら自分達でも対処出来るけれど、ごく稀に自分達じゃどうしようもない位強い奴がやって来てお母様が何とか撃退するらしい。
因みにその強い奴は空を飛んでたまに火を吐くらしい。
そんなわけでお母様は来れない。
ーー何故十人全員で来たのか?
これは2つ理由がある、1つは、もし人間さんが悪い人間さんだったら誰も怪我をしないよう全員で対処するため。
2つ目は、人間さんは蜥蜴にも殺される位脆いらしいので守る為。
そんな高い知能をもったローズクイーンの容姿だが、見た目年齢は俺と同い年か少し下くらい。
薔薇が2つに増えて髪形がツーテールになっている事とドレスがグレードアップしている事以外はほぼ娘たちとの違いがない。
「ようこそ、人間さん」
少女は此方に気付くと嬉しそうに微笑んだーー花開くようなその笑顔は母親譲りだったらしい。
薔薇の大樹からひらりと飛び下り、俺の腕を掴むとぐいっと引っ張り連れていこうとする。
「さあ、どうぞ此方へ」
此処に至るまでの道程、その半分を俺は歩いていない。と言うのもスライディングした後ニコニコ笑う少女達に担がれて連れてこられたからである。
つまり何が言いたいかというとーー強引な所も母親譲りだな。
俺はぐいっと引っ張るクイーンと、同じく、ぐいぐいと押してくるプリンセス達に連れられ、大樹の根本にある穴の中へ入って行った。
穴の中は綺麗に整地されていた、広さはざっと直径5mの円形、出入り口は今入ってきた所のみ。
「人間さん、人間さんのお話を聞かせてください」
クイーンはそう言うと手を軽く上下に動かした。
何をしているのかと思ったのも束の間、薔薇の木が僅かに揺れ動き、出入り口が塞がれた......。
「人間さんには一人一人に名前があると聞いています、人間さんのお名前は何ですか?」
内心の動揺を悟られないよう、簡素に答える。
「俺はミツキだ」
「ミツキ、ミツキ.....覚えました」
物覚えは良い方なんです。
そう言って笑う少女に悪意は感じない。
地図の上でも青色判定、とって食おうと言う訳では無さそうである、一先ず安心。
回りをよく見ると、空気穴が空いている。さらに安心?
「人間さんには性別という物があるのだとか、ミツキは男ですか?女ですか?」
「男だな、多分」
質問をしてくるのはクイーンだけなのだろう、プリンセス達は俺の回りで行儀良く座ってニコニコしている。
「人間さんは生きた年月をよく気にするのだとか。ミツキは何歳ですか?」
「俺は16歳だ、多分」
わぁ! 一緒ですねっ! そう言ってクイーンが嬉しそうに笑う、するとプリンセス達も嬉しそうに笑う。
「人間さんは数が凄く多いのだとか、いったい何人くらいいるんですか?」
「星の数程かな?」
「ふわぁ.....たくさんいるんですねぇ」
それから、たくさんの質問に答えていった、クイーンは知識欲が強いのか様々な質問がスラスラと出てきた。
けれども、俺にも分からない事はたくさんある。
それはこの世界の人間の事。
分からない事は正直に分からないと答える、クイーンが聞きたいのはこの世界の人間の事であって、俺の知識にある人間の事ではない。
そんな俺に対して、クイーンは何かに気付いたかのように、はっとした顔をしたあと、悲しげな表情で聞いてきた。
「ミツキは......ひとりぼっちなんですね」
「......まぁ、そうだな」
そう答えた瞬間、クイーンに抱き寄せられた。
ふわりと広がったのは薔薇の香り、柔らかい胸に顔を押し付けられ、頭を優しく撫でられる。
「ミツキ、ミツキはもうひとりぼっちじゃありませんよ、これからは私達が一緒です、だから......」
彼女達は人間とは違う。
彼女達は体温が低い。
今頭を撫でる手も、顔に押し付けられている胸元も、ひんやりと、冷たい。
……けれど、どうしてか暖かさを感じる。
やはり彼女はお母様なのだろう。
「だから、安心して笑って良いんですよ」
どうやら、敵対の心配は無さそうだ。
お母様がミツキをギュッて抱き締めた。
「だから、安心して笑って良いんですよ」
ミツキはあったかい。
転んじゃった時もあったかかった、なのにミツキはニコニコしてない。
......お母様みたいにあったかいのに。
お姉ちゃん達みたいにあったかいのに......。
ミツキはひとりぼっちだったから、笑わなくなっちゃったのかな?
私がひとりぼっちだったらどうだろう?
お母様もいない、お姉ちゃん達もいない、たった一人、森の中でひとりぼっち。
......きっと耐えられない、だって考えただけで涙が出てきたから。
ミツキをギュッて抱き締める。
ひとりぼっちじゃないよって。
皆一緒にいるよって、伝えるために。
いつかミツキもお母様やお姉ちゃん達みたいに笑ってくれるかな?
きっと笑ってくれるはず。
だってミツキは。
こんなにあったかいだもん。
◇
笑って良い......か。
俺が笑ったら色々と面倒な事になるっていう知識が残ってるんだが......保留にしておこう。
全身に柔らかい感触がある。俺今何されてる?
後窒息しそうなんだが......何時まで抱き締めるんだ?
……笑えない事になるぞ。




