緑のマフラー(下)
「おばあちゃーん」
「おや……また来たのかい?」
9月の少し寒くなって来た頃。
縁側で太陽に当たりながらゆっくりしていると、私を呼ぶ元気な声が聞こえた。
「また遊びに来たの!」
「そうかそうか」
近所の女の子。
孫がいない私にとっては、本物の孫のような子。
「あ、おばあちゃん。マフラーしてる!」
「もう……寒いからねぇ」
マフラーに手をかけながら、ゆっくりと話す。
「綺麗な緑……あっ!おばあちゃんの名前と同じだね!」
「そうだよ……私達と同じ緑色なんだよ」
「私達?」
私は笑いながら、ゆっくりと女の子の頭を撫でる。
「そう……私達」
「うーん?」
庭の木を見ると、所々葉が落ちてるが綺麗な葉を付けていた。
「ちょうど……このぐらいの時期だったのかなぁ」
「おばあちゃんの好きな人?」
「おや、良く分かったねぇ」
「私にも好きな人がいるんだよ!」
「おやおや、そうなのかい?」
女の子の顔は、その好きな男の子の事を思い出しているのか、寒さ以外の理由で赤くなっていた。
「どんな所が好きなんだい?」
「あのね!優しくて、面白くて!それでね!」
「そうかそうか」
私にも、こんな時期があったなぁ……。
「あ、でもね!」
「うん?どうしたんだい?」
女の子の顔は今度は少し、不機嫌になった。
「私に、たまに『太った?』とか聞いてくるの!酷いよね!」
あぁ、私も言われたなぁ……そんな事。
『緑、少し太ったか?』
『口に出すな!』
『お、おい。叩くなよ』
『翠が悪い』
『たかが、体重じゃねーかよ』
『女の子にとっては、大事なの!』
私は必死に昔を思い出しながら、女の子に同意する。
「……あぁ、そうだね。本当……女の子に体重の事を言うなんて……酷いねぇ……」
「おばあちゃん?……泣いてるの?」
女の子に言われ、目元に手を持って行くと確かに濡れていた。
「大丈夫?おばあちゃん」
「あぁ……ちょっと、目にゴミが入ってしまっただけだよ」
「本当?」
「本当だよ」
女の子を安心させるために、また頭を撫でる。
それと同時に、午後5時を知らせる音楽が流れ始めた。
「あ、私、もう帰らないと!」
「そうかい?」
「うん!また明日来るね!」
「じゃあ、明日はお菓子を用意しとかなきゃねぇ」
「やった!お菓子だ!」
笑顔でこちらに手を振る女の子に手を振り返しながら、私は女の子が見えなくなるまで見送った。
『はい、翠です。只今電話に出る事が出来ません……』
私はゆっくりと携帯を置く。
「……翠」
唯一、翠の声を聞ける物。
それが、この携帯の翠の留守番メッセージ。
「もう……私もおばあちゃんだよ……」
翠の写っている写真は、もうない。
正確には翠だけがいない。
「ここに……翠がいたんだよね」
壁に貼ってある写真。
優しくその写真に触れる。私の隣にあるスペースに。
「ごめんね……私も……翠の彼女の私も、もう翠の顔を思い出せないの」
年を取り、記憶力が低下して行く度に私の中で翠の顔が薄れていった。
それと同時に、写真の中の翠も消えていった。
「とんな……顔だったのかな……」
周りの人の中には、完全に翠の存在はない。もちろん……翠の家族も例外じゃない。
それでも……その中でも、私が覚えているのは、この携帯の中で聞く翠の声と……そして、この緑のマフラー。
「あ……また、ほつれて来ちゃった。直さないと」
翠がいなくなった日に渡し損ねたこのマフラー。
このマフラーのおかけで、翠を覚えていられる。
「皮肉よね……渡し損ねたおかけで、覚えてられるなんて」
それでも、翠を覚えていられるなら構わない。
私はあの日より上達した編み物の腕で、早々にほつれを直し、また縁側へと向かった。
「もう……外が暗くなるのが早いなぁ……」
空は黒の部分が多く、沈みかけている太陽の方が少しオレンジ色をしていた。
「綺麗な夕日……ねぇ、そう思わない?翠」
私は夕日が沈むまで1人、縁側でその綺麗な空を見続けていた──。
3話を一気に投稿させていただきました。
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