緑のマフラー(中)
「みどりー!おきなさーい!」
「うぅ……はーい」
寒い時期は、どうも布団から出るのが億劫だなぁ……。
「はぁ……今日も寒いな」
家の中でこんなに寒いんじゃ、外はもっと寒いんだろうな……窓の外を見ようと、首を動かす。
「って、あれ?」
視線の先には私の机。
その上には何故かマフラーが。
「お母さんが買ってくれたのかな?って、何でこの色なの……」
私は机に置いてあった緑のマフラーを手に取る。
「私の名前と同じ緑って……まぁ、好きな色だけどさ」
理由は分からないけど、私は緑が好きだ。
まぁ、1番身近な色だからかな。自分の名前だし。
「うん?……なに、この写真」
壁に画鋲でとめられている写真に自然と目が行った。
そこには、家族写真や友達との写真。その中に一つ、私1人だけが写った写真があった。
「何で私だけ?しかも、このスペース的に1人いる感じ……怖いんだけど」
1人でピースをする私。
その隣は何も無い。でも……まるで、そこに誰かがいるようなスペース。
「怖いから、捨てちゃおうかな……」
私はその気味の悪い写真に手をかけた。
『おい、緑。撮るぞ』
『早く早く』
『はい、チーズ』
「え……何、今の」
写真に手をかけた瞬間、脳裏によぎったこの記憶……私は写真に視線を戻す。
「え……」
今まで誰もいないと思っていた、写真のスペースには人の姿が。
「これ翠?え……翠ってだ……れ?」
頭痛がして来た。
でも、何故だろう……ここで痛みに負けて思考を止めたら後悔する気がする。
「うっ……翠……翠」
口に出た『翠』と言う名前を連呼する。
私は頭を抱えながら、机に目を向ける。そこには、緑のマフラー。
「緑の……マフラー」
『翠、今日、誕生日だよね!』
『うん?誕生日……あぁ、そうだった。完全に忘れてた』
『コレ……私が編んだんだよ』
『お、凄いな。それに、俺達の色の緑か』
『うん!私達の色の緑!』
「私達の色……」
覚えてる……翠の事、マフラーの事。
「私……今、忘れてた?」
私の彼氏の翠。
そして……2週間前に姿を消した。
「うそ……何で……何で私、翠の事を忘れて……」
涙が溢れてきた。
私は何故、今翠の事を忘れていたのだろう。大事な人の事を……。
「みどりー、いい加減におきなさーい……って、緑!?どうしたの!」
「お母さん……」
私を起こしに来てくれたお母さんが、私の顔を見て驚いていた。
「お母さん!お母さん!」
「どうしたの、緑?」
私はお母さんに抱き着きながら、理由を言う。
「私……私。翠の事を忘れてたの……何でかな」
涙が止まらないなか、私は必死にお母さんに伝えた。
そして、お母さんから返って来た言葉は。
「ねぇ……緑。……その、翠って誰?」
「えっ……」
翠は何度も家に来たことがある。
お母さんも何度も話した事があるのに……何で……。
「緑?」
「何で……」
私はお母さんを部屋から追い出し、制服に着替え、朝食を取らずに学校へと向かった。
「あ、緑。今日は早いのね」
「ね、ねぇ!」
「な、何よ」
私は教室に入るなり、学校でも特に仲の良い友達に詰め寄る。
「あのさ」
「う、うん」
もし……もし、この子も翠の事を覚えて無かったら……いや、あり得ない。
この子とだって、翠は仲良く話してた。
「私の彼氏の……翠なんだけど」
「うん?」
この反応……何を言ってるの?とでも言うかの様な反応。
私は言葉を続ける。
「知ってるよね……翠の事」
「そんな事より、緑……彼氏いたんだ」
私はもう、涙を堪える事が出来なかった。
HRが終わり、私は最後の希望にすがった。
「あの……先生」
「お、大丈夫か?朝から泣いてたって聞いたぞ」
「大丈夫です……それより……」
「うん?」
私は翠が座っていた席を指差しながら先生に聞く。
「あの席、空いてますけど欠席取らないんですか?」
先生は私の指の先の席を見て、首を傾げる。
「本当だな……いや、でも、先生が見た限りだと全員いたと思ったんだけどな。疲れてるのかな……っと、欠席欠席っと」
先生は名簿を開きながら、私に尋ねる。
「で、誰がいないんだ」
「翠です」
「翠?」
私は横から名簿を取り、翠の名前に指をさそう……として、固まった。
翠の名前が無くなっていた。
「で、どいつが休みなんだ?」
私は先生の言葉など、既に耳に入っていなかった。
「何で……何でよ……」
私は家から持って来ていた、緑のマフラーを片手に教室から飛び出した──。