その1
酔って何でも持ち帰る人間というのは、時々いるものだ。
そういう人は、間違っても前後不覚になるまで飲んではならない。
翌朝、知らない何かと同衾していたりするからだ。
桐生 忍は宿酔でいささか重い頭を抱えて唸った。
忍には、自分がそういう人間だとの自覚がある。
ケロちゃん、サトちゃん、サトコちゃん。
ペコちゃん、ポコちゃん、カーネルさん。
バルーンの招き猫に、果てはベンチやバス停に到るまで、過去、忍が連れて帰ってしまった『お客様』は多い。
大抵の『お客様』には夜を待って闇に紛れて元いた場所にお帰り頂くのだが、時々、どこからいらっしゃったのか不明な『お客様』も存在する。
仕方がないのでそういった『お客様』には『お客様ルーム』に大人しく隠れて頂く事になるのだけれども。
ーーのだけれども。
やっちまった〜〜ぁっ。
忍が頭を抱えているのは、今回それが『人』であったからで……。
忍は重い頭で、昨夜の記憶を思い出そうと努力してみた。
もちろん、目の前にいる、ちょっと信じられないレベルの金髪超美形から目を逸らしたいが為の逃避、という事もある。
あるのだがそれ以上に、今まで忍は、どんなに酔っ払ったとしても生き物だけは拾ってくる事はなかったのだ。
それは、忍の特殊な職業のせいでもある。
それが今回に限ってなぜ生き物ーーそれもよりにもよって人などをーー連れて来てしまったのか。
一仕事終わって、行きつけのバーで飲んでいた覚えはある。
一緒に飲んでいたエージェント? 外部営業担当? な相方が結婚秒読みな彼女からの電話で慌てて帰っていったのも覚えている。
それから……。
ーーそれから?
多分、その後2杯くらい飲んで、店を出たのだろうと思う。
何となく、月が綺麗で見とれたような記憶も、うっすらとだがある。
ーーそれから?
ーーそれから。
ーーそれから……?
忍は、そこで回想を打ち切った。
考えた所で、思い出せないものは思い出せないのだから仕方がない。
相棒からは、その男前過ぎる性格をいい加減直せと何度も言われているが、男前上等。性格なんてものがそうそう直せるわけもないだろう。
迷惑を被るのは、自分を除けば相棒だけなのだし、相棒とは学生時代からの付き合いだ。口では文句を言いながらもすっかり慣れきった感がある。
さて。
と、忍は目の前の金髪美人さんに向き直った。
それにしても素晴らしい造形である。
完璧な左右対称というものは、自然界においては奇跡といっても過言ではない。
「ーーおはようございます。日本語は分かりますか?」
とりあえず、教科書的日本語で話しかけてみる。
日本国内で拾ったのだから、かなり高い確率で日本語での意思疎通が可能なはずだ。
もし日本語が通じなければ、悪友達と過ごすうちに覚えたブロークン過ぎる英語か、うろ覚えな上に植民地スラム的に訛りまくっているスペイン語擬きしかないわけだが……。
あ、各地の方言が混ざって訳が分からなくなった広東語ベースの中国語らしきもの、というのもあったか。日常会話までは無理だろうが、最低限の簡単な意思表示くらいは多分、出来るだろう。というか、出来て欲しいものだ。
「この地の言葉は分かります。おはようございます、主様。」
ふむ。
日本語は問題なく通じるようだ。
助詞も発音も完璧とは、素晴らしい。
機会があれば、ぜひともその言語習得法を伝授してもらいたいものだが……。
何はともあれ、腹が減った。
さて。
2人分の食糧がこの部屋にあっただろうか?