第七話 @ お仕事風景
俺たちは洞窟内をしばし進んだ。
階層で言うなら十五階くらいか。どんどん地下へと潜っていった。
いったいどこに続くんだ……なんて思わない。
ダンジョンは平均的にこのくらいの階層になるものだからだ。
最下層に届いたであろうあたりで、人影が現れる。
「お」
遭難者か黒幕か。だが魔物ウヨめくダンジョン内、この階層で前者が現れる可能性は極めて低い。人影は、俺たちの姿に気づくとすぐに逃げ出した。
「おい待て!」
そいつを追って、俺は走り出す。レアは本を閉じ、冷静に周囲を一度見渡し、やがて俺の後を追いかけた。
男が逃げた先には、ぽっかりと空いた大きめの空間が広がっていた。
地下洞窟の最下層にも関わらず、どこからか光が洩れ、周囲を照らしている。
空間内には、異様な光景が広がっていた。
部屋の中は一面、金貨で埋め尽くされ、空間全体がまぶしい光を放っていた。金貨は宝箱に収まりきらず、足元にも平然と散らばっている状態だ。
さらにそこに溢れる、豪華な装備品にレアアイテム。
「死んだ旅人のものでしょう」
レアがつぶやいた。
かつてダンジョン内に迷い込んだ旅人の装備や所持金で、この部屋は埋め尽くされているようだ。
「ってことは、あそこにいるのが、このダンジョンの親玉ってことか」
眩い金貨の山をバックに、その男は振り向いた。
「よ、よくここまで来たな」
上ずった声で、男は話す。小太りで頭の禿げた中年だ。おいおい、もっとしっかりしろよ。親玉っぽくないだろ。
「お、お前は、何者だ」
どもりながらその男が尋ねる。俺は答えた。
「俺か?俺は勇者学園三年、『勇者』、マオだ」
「同じく二年、『ネクロマンサー』、レア」
俺に続いてレアが自己紹介をする。
男は警戒しきったように俺たちを見つめ、そして手に持っているものを置いた。それは男が両手に抱えるくらいの……なんだあれ、卵?まあいいや。
「お前の名は?」
「お、お前なんかに名乗る義務はない!」
「ああ、そう」
男の名前はあえて聞かず、俺は本題に入った。
「このダンジョンでのクエストの依頼が来ている。かつてここで果てた旅人の、遺品の回収だ。恐らくこの部屋に集まった財宝の一部に紛れ込んでいるだろう。依頼の解決に協力してもらうよ」
「はっ!か、勝手なものだな!いきなり踏み込んできて、か、回収だと?
そ、そんな事言って、俺から宝を奪う気だろう!横暴だぞ勇者!」
「いや、そんな気はない。回収するものは決まっている」
っていうかそもそも、ここの宝はお前のものじゃないだろう。
「この宝は、ここで勝手に旅人が落としていったものだ!お、俺は何もしていない!
この財宝をみすみす逃してたまるか!」
「えーっと、そうじゃなくて、なんていうかだな」
「黙れ!!」
男の態度に、少しイラッとくる。
だが相手の立場に立ってみれば、確かにいきなり踏み込まれて、こつこつ集めたアイテムを回収とか言われたらちょっと嫌……だろうか?少し考える。
いや。そもそもこの財宝、こいつの持ち物ではないのは確かだし、そもそもコイツに横暴だとか、そんなことを言われる筋合いもないんだが。
ま、正当な理由なく相手を武力で倒してはいけない。俺は一応説得してみる。
「いやほら、それ、もしかして旅人が、家族とか大切な人に渡すはずのものだったかもしれないだろ?」
「そ、そんなの、ここにあるかわからないだろ!」
「だからそれを確かめるために一回」
「黙れ!お、お前らの方が財宝を盗むつもりだろう!横取りに来たんだろうが!
お前が盗っ人でない証拠はない!」
「だから俺は勇者学園の……あ、これ校章ね」
「うるさい!勇者学園だって、信用できるものか!偽善者どもめ!」
「いやむしろお前の方が信用出来な」
「そ、それに俺が盗んだんじゃない!か、勝手に旅人がここに来て、勝手にた、倒れたんだ!俺は何もしてない!」
あくまで引き下がらないつもりか、どんどん語気が上がってくる。
男の顔も紅潮してきた。だが。
「そういう問題じゃなくて、どっちにしろ遺族から依頼が来ているから、遺品を渡さなきゃいけないんだよ。託されたものが誰にも届かないなんて、倒れた勇者も可哀想だろ?」
「う、うるさい!倒れたやつが悪い!お前ら勇者はみんな、バ、バカで愚かな奴らだ!」
そのセリフで一瞬、洞窟内がしんと静まり返る。
また俺がいきなり攻撃するようなことはないと分かったためか、男はまくしたてるように語りだした。
「だいたい、ここに来る旅人はみんなバカばかりだ!
意気揚々と乗り込んできて、魔物とのレベルの違いを知れば急に怯えだす!
さっきまで元気だった奴らが魔物に食われる様はそりゃあ……!
は、はははは!ゆ、愉快だった!」
「それ、愉快か?」
「ああ!愉快だ!馬鹿なやつらめ!『勇者』なんて名乗っている奴は特にな!
人類の英知?平和?うるさい、偽善者が!」
男は満面の笑みで続けた。
「は、バカで愚かな旅人め!そんな貧弱だから、グランドワームにぼりぼり食われるんだ!ザマない!は、ははは!見ていて傑作だった!カッコつけて意気込んでノコノコ歩いてきて、みんなバカみたいに死にやがっ……」
「いいからよこせって言ってんだよ」
俺の口調が変わったのを感じたのか、男の体がビクッと震えるのが分かった。
構わず俺は続ける。
「ゴチャゴチャうるせえよ、お前。どっちにしろそれ、元々お前のもんじゃないだろ」
「は、はあ?い、いきなり、なにを……」
「ここの財宝に対して捜索依頼が来てんだ、校内外から。中には旅人の遺族からも依頼が出てる。だから対象の財宝と遺物は持ち帰る。それだけだ」
俺は一拍置く。
「お前にあるのは、黙って従うか、戦うかの二つだ」
俺の言葉に、そいつは怯え始めた。唇が震える。
「……こ、こんな横暴な勇者がいるか……この野郎……何が正義……」
続いてその男は、レアの方をちらっと見た。
「な、なあ、お前もそうは思わないか?」
そしていきなりレアに向かって問いかけた。
「いきなり踏み込んできて、『財宝よこせ』とか、い、意味分からないよな?
お、俺が一体何をした?俺はこの洞窟にあるものを拾っただけだ!
貧乏なお前らはそれを妬んでるんだ!」
レアは何も答えない。
「そ、そうだ。お前、俺の女にしてやろうか?結構上玉だからな!そうすれば、お前は一生、金にも何にも困らない!そうだろ?だったら、今から二人でこのマヌケ面を殺しちま……」
「黙れ」
レアの口から、一言だけ、言葉が漏れた。
普段のレアの口調よりも、ずっとずっと、冷たい声。俺の背筋も凍りそうだ。
一方で男の方には、それ以上の効果があったらしい。顔面が蒼白になり、顔が引きつっている。
「それ以上マオ様を侮辱するなら殺す」
レアは本を持った右手を、すっと前に差し出した。魔術を使う構えだ。
男の方は完全に切羽詰まっていた。徐々に後ずさりし、ついに金貨の山に背中が到達する。
「お、お前ら……」
男はわなわなと震え、そして。
「なんて面白い!ふ、ふふ、ふふ、ははっははははは!」
笑い出した。
「お前ら傑作だよ!何が回収?何が殺す?はは、お前ら如きに出来るわけないだろうが!」
男は右手を天に掲げる。
同時に掲げた腕が肌の色が紫に変色し、やがて全身が爬虫類のような鱗の皮に覆われる。
やっぱり人間じゃなかったか。うん、生身でこんなとこにいられる人間なんていないよね、うすうす感づいてたけど。
「来い!グランドワーム!」
男が言うと、財宝たちの影から、さっきも見た『グランドワーム』が次々と現れた。
その数は七体。そしてその大きさから、部屋の中はワームで埋め尽くされているような圧迫感を感じる。
「くくく、このダンジョンのグランドワームは全て俺が操っていたんだよ。旅人を襲うようにな。
くく、野生のグランドワームがうまい具合に人間だけを襲うと思うか?」
男はにやける。
「俺の名はメギル。『闇属性』を持つれっきとした『魔族』だ。……不運だったな、こんなところにたった二人で来るなんて。それともやはりバカか」
メギルは俺をじろりと睨む。
「クク……クククク。男は実にバカそうな面してるな」
メギルは非常に楽しそうに言った。やがて翳した腕を下ろし、俺を指さす。
「さあ行けグランドワーム!!その意地汚い泥棒どもを食い散らかせ!」
メギルの号令に、グランドワームが一斉にこちらの方を向く。
コココココ……という低音を喉で鳴らしたと思えば、瞬間、一気に体をバネのように屈伸させ、突っ込んできた。
ワームは右腕に焦点を定め、バキィッという激しい音を立てて、一瞬にして食いちぎった。
「……は?」
ただし、メギルの右腕だったが。
メギルは何が起こったか分からない、といった表情で、虚空を見つめていた。その傷口から、ピュッと、おびただしい血があふれ出す。
一方でメギルの右腕を食いちぎったワームは、部屋の逆側でとぐろを巻いている。
「な……なんで」
「言ったはずです。ご主人様を侮辱すれば、殺す、と」
見ると、レアが射抜くような目でメギルを睨みつけていた。
「お、お前、た、確か」
「ええ。私は、『ネクロマンサー』」
レアの口調はいつもと変わらない平静なものだったが、瞳には強い殺意を漲らせていた。
一方で、メギルの口調は急に焦り出す。
「『ネクロマンサー』?
ま、まさか、グランストワームを『蘇生』させたというのか……?
だ、だが、それには、い、一度グランストワームを倒さないと……」
「あ、ああ」
なんとなく俺が呼ばれているようなので、控えめに小さく手を上げた。
「それ俺が倒したけど……」
さっきここに来るまでに倒した七匹のグランスドワーム。
それを全てレアが蘇生させ、使役しているのが今の状況だ。
っていうか、あれを倒すのそんなに大変なのか。普通。
メギルの方は「ま……まさか……」などと口をパクパクさせている。
数値化したメギルのHPを見てみる。
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メギル 魔族 HP7800
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そして右腕のダメージが換算される。
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メギル 魔族 HP5431
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俺のHPは……。
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マオ 魔王 HP11999709
レア ネクロマンサー HP1800
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……今回も余裕かもしれない。
「くっ!!」
戦況を理解したか、メギルは走り出す。金貨の山に身を隠すように、俺たちの視界から逃れる。
俺とレアもすぐに後を追う。
メギルはすぐに見つかった。財宝の影の中から、高価そうなものを片っ端からポケットに突っ込み、そして。
手には大きな『卵』を抱えていた。
「これ以上ち、近づくな!」
メギルは叫ぶ。片手の卵が揺れる。
「これは『ドラゴン』の卵だ。とあるパーティが落とした……」
メギルはこちらをドヤ、と見る。だがすぐに『ごめん、知らねーわドラゴンの卵』という俺の表情が伝わったようだ。
「け、警戒心の強いドラゴンの、その卵が、孵化前の状態で存在しているのは、ひ、非常に貴重だ。
それを食えば千年寿命が増え、う、売れば数億ベリはくだらない代物……。
ど、どうだこれ、要らんか。よし、これ渡すから俺を逃が」
「いや、どっちにしろそれも回収するつもりだから……」
「くっ!くそおっ!」
メギルはさらに一歩下がる。ジャリ、とコインの擦れる音。
「た、頼む!逃がしてくれ!お願いだ!」
俺はレアをちらっと見る。メギルの命を絶つことに興味は全くないんだけど、どうしようか?
「しかし百年余にわたりグランドワームを操り、多くの旅人の命を奪いましたから」
「そうだよな」
それを聞きメギルは「ひ、ひいいいっ!」とまた後ずさる。
「お、お前ら、こっちに近づいたら、これ、割るぞ!」
ついに卵を盾にしだした。
「よせって」
「ほ、ホントだぞ!」
メギルはニヤリと笑う。これは使えると思ったのだろう。でも貴重な卵を盾にされたら、確かにどうしたらいいのだろう……。なんなら、卵ごといっちゃおうか。
「よ、よし、この卵の命が惜しくば……」
「あ、忘れてた」
俺はパチン、と指を鳴らし、束縛の魔法である『ロック』を掛ける。
「最初からこうしときゃよかった」
「があっ!動けな……」
「ふっ!」
メギルの手からこぼれそうになる卵を、レアが飛び込みキャッチする。
これで懸念事項はない。
「んじゃ、悪いな」
「ま、待て!やめろ!ひいいいっ!」
怯えるメギル。でもお前、それ多くの旅人に対して行って来たんだぜ?
俺はメギルに手をかざし――とどめを刺した。