第四話 @ ちょっとぐらい過去を振り返ったっていいじゃない
サイネシア大陸、アベリア地方の小さな田舎町、アベルが滅びたのは、もう五年も前になる。
俺はその時のことをわすれもしない。
当時はまだ子供で、友人宅でかくれんぼをしている最中だった。俺は隠れる方で、一人で屋根裏部屋に隠れ、その窓から外の景色を覗いていた。
よく見かける近所の叔父さんが猫と戯れていた。直後その光景が、一瞬にして黒く染まったのを覚えている。
その時アベルに来たのは魔族の『ムルタ一族』だと知ったのは後の事だ。
彼らはそれぞれが人間より一回り大きな体で、大きなしっぽ、緑色の鱗を持ち、大きな斧で武装しているリザードマン系の種族だ。またその時は村を襲うために一匹の大きな『竜』を連れていて、そいつの作る大きな影が日光を遮断し、街を黒く覆ったのである。
彼らは強かった……と、当時の俺には感じられた。
まず彼らと交渉しようとした村の村長が彼らに一瞬で真っ二つにされた。悲鳴が上がり、そして、それを合図に彼らは手当たり次第、人間を襲っていく。
数分も経たないうちに村は地獄絵図と化した。
彼らは一人を殺したらすぐに次のターゲットを見つけて金品を奪い、奪ったら殺す、という行動を繰り返していた。また女性は売り物になるからと、片っ端から連れていかれた。侵攻が始まって数十分で、村には血と悲鳴の一色となった。
反撃するものもいたが、大人が数人で掛かっても彼らを動かすことは出来ず、逆に斧の一振りで簡単に命を奪われてしまっていた。
俺はその光景を屋根裏の小さな窓から見ていた。
『俺さ、大きくなったら勇者になるんだ!魔法とかうんと使って、魔物をばったばったと倒すの!』
もっと小さかった俺の、声が頭に響いた。
だが、俺はその場から一歩も動くことが出来なかった。ただその時見た「本物の暴力」に怯え、そして思った。「外にいたのが自分じゃなくてよかった」と。
仲間達の中でも俺はリーダー的立ち位置だったし、魔法も他の子より使える。
――――――だから何だって言うんだ?
俺はただ、その場に立ちすくんでいた。
ただ一つ、彼らがこの場所に気付かず、どこかへ去ってしまう事を願いながら……。
侵攻から一時間近くたった。
ムルタ一族の動きを観察してみる。彼らは外にいる人間を一通り殺し、次は建物の内部に入るようになっていた。
鍵なんて関係なく斧でぶっ壊し、部屋に押し入る。建物から逃げ出してきた人間は、虫けらのように一振りで殺されていた。当然、部屋の内部でも同じことが起こっているだろう。
(ここにもそのうち来る!)
冷たい汗が、俺の背中を一筋流れた。
間もなく俺は脱出を企てた。ムルタ族の動きを見て、まだこの家の周辺には来ていない事を確認する。
間もなく俺ははしごを使って屋根裏部屋から降り、建物の一階まで降りた。部屋の窓から、彼らが周囲にいないことをもう一度確認した。
今だ!
俺は玄関を開け、一目散に駈け出す。彼らに囲まれてからでは遅いのだ。彼らがこっちに気づいていない今のうちに、一目散に走り出す。
建物を抜け、小道を抜け、村の外へ――――――。
ガッ。
急激に首を絞められたように感じた。
だがそれは、俺の襟を掴んでそのまま持ち上げられた結果だということに、間もなく気づく。
目の前にリザードマンの裂けた口、瞼の無い目、先の別れた長い舌。
――――――殺される。
即座に俺は理解した。
手を振り払ったり、蹴ったり、そういう事が出来るレベルじゃない。そんな事をしたら、振り払うついでにあっさり殺される。まるで虫を払うように。
目の前のリザードマンが言った。
「許しを請えば、助けてやる」
は?
俺は耳を疑った。許し?悪いことをしてるのはそっちじゃないか!
だがそれは声にならなかった。恐怖ではなく、物理的に喉を締められていたからだ。
魔物はお構いなしに、そのバカでかい顔を近づけてくる。奴の生臭い吐息が、俺の顔に掛かった。
「さて、お前はどうする?許しを請うか?請わないか。それとも――」
リザードマンは俺に選択を迫って来た。薄気味悪い笑みを浮かべながら。
俺は――――――。
……………………………………………………………………………………………………………
「まあ、アベルを滅ぼしたムルタ一族はそのあと普通に勇者の一団に討ち取られるんですけどね」
「言うなよ!」
放課後、俺は魔王部の部室に戻っていた。
何気なしにポロッと昔の話をしたら、容赦なくレアに突っ込まれた次第だ。
「というか、もっと言うと滅ぼされたアベルの町はマオ様の故郷の隣の村ですからね。
たまたまご友人とアベルに遊びに行ったところ襲撃に鉢合わせただけで、マオ様のご両親はマオ様の故郷、クリアローズでピンピンしておられるはずです。
何か復讐のヒーローっぽくお話しておられましたけど、特にその要素は……」
「そんなつもりは……いや、やめて」
「また、実際には襲撃後もアベルには生き残りがまだかなりいましたし、滅びた原因はその後の財政破たんですからね。まあ、その襲撃が引き金にはなりましたけど」
「ああ、そうだね」
「その後、闇の属性にまで手を出して修行したマオ様の努力って何だったんですかね?」
「ホントそれだよ……」
「しかもその力のせいでクラスメイトから嫌われまくってますし」
「お前には『限度』ってものが無いのかよ!」
………………………………………………………………………………………………………………………
闇の力。
魔法には、『六つ』の属性がある。
『火』、『水』、『土』、『風』、『光』、そして『闇』だ。
しかし勇者学園では『闇』を除いた五つの属性しか教えることはない。
というのも、闇の力は強力であるが、しばしば暴走を引き起こしたり、持ち主の精神が蝕まれやすかったり、他の魔法と違い魔法の効果規模が大きいため、発動時に仲間にダメージを与えたりと、パーティで戦うにはデメリットが多いのだ。これならば通常の魔法を仲間と連携して使用した方がよほど効率的だったりする。
また、そもそも闇の力というのは、魔族が使う魔法の象徴そのものであり、その魔族と対極に位置する勇者学園としては存在自体が嫌悪の対象になりえるものだったりする。
――――――だから嫌われるのである。
………………………………………………………………………………………………………………
「まあ、ご主人様の場合だと、性格によるところも大きいのですけどね」
「やかましいわ!」
レアの冷静な突っ込みに、俺も一応突っ込み返す。
「しかしどうなさるのですか?」
レアは急に真面目なトーンになって俺に聞いた。
「勇者学園の規則では、卒業時に三人以上のパーティを組んでいることが必要なはず。
現段階では二人。このままでは卒業することが出来ないのでは?」
確かにレアの言うとおりだった。
現在の俺のパーティは……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
マオ lv.216 HP11999932
レア lv.57 HP1800
――――――――――――――――――――――――――――――――――
どう見ても二人だった。
「あと一人必要ですね」
「……そうだな」
今の状況に少し絶望的な気分になる俺。かといってもちろん今更友達なんて出来る宛てもない。
訳もなく俺は、窓の外を見た。
「あまりお気にしないほうがいいかと。まだ卒業までに時間もありますし」
レアは気遣う。
――――――だが。
「……お前も、いいんだぞ?」
「え?」
俺は一つの考えを、レアに打ち明けた。
「お前も、別に俺のパーティじゃなくていいんだぞ?お前の能力なら、別のチームでも引く手数多だろう。わざわざ俺のチームにいる必要はない」
実際にレアの能力は、武術、魔法、その他どのスキルにおいても二年生のトップである。
友人も多いし、俺とわざわざ組む必要はない。
むしろ、魔王と組んでいることが、マイナスになることだってある。
だから……。
「といいますと」
レアが顔色一つ変えずに聞き返す。純粋に意味が分からないと言っているような顔だ。俺は一応説明した。
「いや、ほら、他に行きたいチームがあるならさ。お前が行きたいチームに行けよ。
……俺に気を遣わなくていいからさ」
『かつての事』を気にしてレアが俺と行動をしているんじゃないか、という懸念は前から思っていた。
だからこの際、「それではチームを変わりますね」なんて言ってくれたら、少し楽だ。
するとレアはまたクールな調子で言った。
「……いえ。私はこのチームがいいです」
「そうか?」
俺がチラリとレアの方を見ると、レアはぷい、と顔を背けてしまった。
長い髪に隠れて、その表情をうかがい知ることは出来ない。
「ええ」
それだけ言って、視線をまた本に落とした。
が。それから間もなく。
「ところで」
思い出したようにレアは俺に問いかけた。
何事もなかったかのように飄々と振り返るレアの片手には、教室で配られたであろう、一枚のクエスト表。
「ちょうどいいクエストがあります」
「お、なんだ?」
「ダンジョン探索です。場所はマフの砂漠の地下洞窟。
かつて多くの勇者が訪れ、攻略に苦しめられた地ですが、未だに当時の勇者たちが落としたアイテムが手付かずのまま眠っているそうです。
今回の依頼は遺品の回収です。回収した遺品は依頼元、かつて命を落とした勇者の遺族達に返却するように、とのことです」
「そうか」
俺は、窓に寄りかかっていた体を起こした。レアがその紅い瞳で俺の顔を覗く。
「卒業のポイント稼ぎに、丁度いいのでは?」
「ああ、そうだな」
俺はさっそくカバンの整理など、クエストの準備を始めた。だがレアは、自分の荷物をすでに出発用にまとめてしまっていた。すでにこの事は予見していたようだ。まったく出来た仲間である。
準備が出来た俺は軽く息を吸い込み、言った。
「行くぞ」
「はい」