ユイ一行
勇者学園主席卒業、ユイとその一行は、マフの砂漠をラクダで越えている最中である。
外の気温を軽減する術を掛けていると言っても、うだるような暑さ。ユイは思わず隣を行く魔法使い、マリに尋ねた。
「マリ……、あとどのくらいで着くか分かる?」
死にそうな表情のユイとは対照的に、マリは飄々とした表情で、猫のように口角を上げ、んー、と少し考えた後。
「半日かな?」
と答えてみせる。
「え、半日?もうそんなもの?」
「……ユイ。もうまる三日歩いてるんだけど」
リリアに指摘され、ユイははっ、と我に帰った。
「ごっ……ごめんっ!二人とも!私、気付かなくて……」
急に、はわはわと取り乱すユイ。
そんなユイにマリは微笑みかける。
「まー、大丈夫じゃない?一応、回復魔法も、気温調節と一緒に掛けてるし」
「そうかな……」
ユイは反省する。旅のペースを自分に合わせてしまって、他の二人を気遣う事をすっかり忘れてしまっていた。
「まーだいじょうぶ!辛くなったらいつでも言うからさー?」
「ごめんなさいね」
「あやまんなって!」
やや落ち込み始めたユイに向かって、マリはケラケラと笑う。
「……それより、マフの砂漠を越えたら、その後はどうするの?」
リリアが尋ねる。
話題を変えるためか、それとも純粋な疑問か。ポーカーフェイスの彼女から推し量ることは出来ないが、話題を変えたその質問に、マリは内心「ナイス!」となどと思った。それはともかく。
「……そうね」
ユイは真剣な表情になって答えた。
「まず、砂漠を超えると、広大な海があるの。エスぺ海っていう、サイネシアとコルドニアを分ける大きな海。それを渡るための船を借りるには、莫大な費用が必要になる。……だから、マフ砂漠を超えた私たちがやる事はまず……」
「……資金稼ぎ」
「そういう事になるわね」
ため息交じりに、ユイは答えた。
「……まあ、あなた達には不服かもしれないけど、みんなで頑張りましょう。資金稼ぎ」
「んー?ぜんぜん不服じゃないよ?」
マリは答えた。
「リーダーはそういうの、気にし過ぎなんだよなー。私らなんか、ぜんぜん気にしないのにさ」
「そ……そう?」
「むしろ、そっちの方が戦闘とかしなくていいから、楽かなーって」
「そ……そうかな?」
「…………わたしもそう思う」
リリアも答える。
「んじゃー思い切って、資金稼ぎ頑張ろーか!リーダー!おー!」
マリは笑いながら右手を上げる。同時にユイを促すような視線を送る。
「お、おー」
ユイもしぶしぶ、右手を上げた。ふと後ろを見ると、リリアもさりげなく右手を上げていたのが見えた。
「まったくもう……」
小恥ずかしいノリに、呆れ気味になるユイ。
自分とは違う二人のノリに、時々癒される。
……こんな自分なんかに。
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勇者学園を卒業した勇者たちはそれぞれ目的を持って旅をする。
剣、魔法をベースとする卓越した戦闘スキル、長期に渡る旅でも一人で生き抜けるような冒険のスキル、回復薬やアイテムに関する深い知識など。
勇者学園で身に着けたそれらの能力を活用し、あるものは王国の兵士になることを目指し、あるものは寺院を開き貧しい子供の病気に手当てを与える人生を選ぶ。勇者だからといって目的は「魔王の討伐」などという、戦闘要素ばかりではない。
しかし、ユイの旅の目的はまさに「魔物の討伐」であった。魔物による蹂躙が激しいイシュヴァル地方を目指し、まずはコルドニアに乗り込もうとしているのである。
ユイには一点の疑問があった。
かつて――――アルスやレイオスら勇者一行が世界を救おうと、魔王に立ち向かった。世界を巻き込んだこの戦争は後に『第三の崩壊ザ・サード・ディケイド』と呼ばれ、その傷跡を各地に残すほどの大戦争に発展した。だが伝説の勇者達の活躍によって魔王は滅ぼされ、世界は魔物による脅威から解放された。はずだった。
にも関わらず、未だに魔物がこの世界に存在しているのは何故なのか?
ある人は、「かつていた魔物の生き残り」だと言う。確かに、それならば魔王が死んだ後でも魔物の残りが存在する事は納得できる。魔物は、魔王が動物やその死体に、魔力を付加することによって産み出されるものだからだ。
では、未だに魔物の数が減らないのは何故なのか?
動物を基に作られた魔物ならば、交配も可能だろう。魔王が与えた魔力によって、生体そのものが変質していれば、次世代も魔物になる事はあり得るだろう。だがそれ以外は?死霊型、物質型、人間変質型などの魔物の数が減らないのは?
魔物自身には他者に魔力を付加する能力は無い。魔法使い型に代表されるように、他者の魔力を一時的に強化できる例外はいるが、魔力の付加には莫大な魔力を消費するうえ、通常の魔物が保持できる魔力の量には限界がある。
したがってユイの結論は「どこかに魔物を生み出す者がいる」である。
つまりそれは、魔王が生きている可能性を示唆している。
そう思っていた矢先、「闇の属性」の魔法を自在にを操る「魔王」ことマオが勇者学園に堂々と居座っていた。しかし、彼は魔物を生み出しているような気配は見せなかった。それは表面的なものかもしれないが、少なくとも勇者学園の周辺に魔物が現れる事はなかった。だからといって警戒は解く事はしないが。
問題は魔物による被害が多発している地域である。
ユイが目的地としているイシュヴァル地方は、魔物の侵攻が何年も続いている地域である。払っても払っても、魔物は膨大な数で攻めてくる。
恐らくいるのだ。魔物を生み出す者が。
そういった「根源」を断たない限り、世界に平穏は訪れないとユイは思っている。
イシュヴァル地方を目指すのはそういった「根源」を断つためであり、「勇者」の称号を持つ者の義務を果たすためであり、力を持つ者としての責任を果たすためであり、
――――――――そして、自分の故郷を取り戻すためである。
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「あれ?」
マリがふと、砂漠を見つめ声を上げた。
気づいたユイは、ハッ、と我に返る。
「どうしたの?マリ」
「あれ」
マリが指を差す。ユイ、リリアもつられて、同じ方向を見た。蜃気楼によって霞む視界の先。
「……なんか、小屋がある」




