血
血の匂いがする。
はっ、はっ、はっ、はっ……。
息が短く切れ、呼吸が乱れる。
はっ、はっ、はっ、はっ……。
奴はまだ追ってくるだろうか。
ふと後ろを振り返る。
爆発音。閃光。
私は吹き飛ばされ、同時に、きゃっ、という短い声が漏れる。
「そこまでだ。観念しやがれ。『勇者狩り』」
対照的に堂々と、太く通った声。
レオムルド表通りのど真ん中を、悠々と歩く。その男の金色に眩い髪は逆立ち、彼の勇ましさを存分に表しているようだった。
また、閃光。
市街地に爆発音が轟く。眠っている住民の事など全くお構い無いのだ。彼は今、私を殺す事に全身全霊を掛けている。
彼は『光属性』の魔法を得意とするのだろう。『プロミネンス』、『エル・ストリプス』など、次々と派手な技を仕掛ける。暗闇に包まれた街はその都度明るく照らされる。
「……迷惑な奴」
私は呟いた。
私は作戦の通り、町の中心部へと彼を陽動する。だが彼には、もう一人仲間がいたはずだ。見た目可愛らしい魔導士だ。彼女の姿も見当たらなければいけない。しかしどこにいるのだろう。
「……見つけたわ」
言ったのは私ではなかった。可愛らしい声。はっきりと私の耳に届く。だが、振り返ってもそこには誰もいない。それどころか、私の周囲に人の気配は全く無い。声は私の耳元ではっきり聞こえたはずだが、まるで私の心に、直接問いかけるような。
まるで、魔法のような。
「『魔術師』か?」
遠隔で私を監視しているのだろう。そして当然、私の位置をあのはた迷惑な勇者に伝えているに違いない。でなければ、いくら外ればかりとはいえ、死角から私を狙った攻撃ばかり放つことはできないだろう。
ふん。面倒くさい奴らめ。
ザッ、と。
音がした。私が建物の死角に隠れるのを止め、中央広場に出た時の音だ。靴が広場のわずかな砂利を蹴り出した。
「……おう、やっと隠れるのを止めて、出てきたみてーだな」
閃光を放つ指先を前に突き出し、勇者が構える。その様子に、わずかに警戒の色が映った。警戒より、機会とふんでニヤけてくれた方が好都合だったが、この際仕方ない。
「『クロノス』」
私が詠唱した瞬間、大地は一瞬にして遠のき、足元にはまるで大きな時計をかたどるような巨大な魔方陣だけが残る。
「なっ……!!」
勇者の顔が、一瞬で恐怖の色に染まった。
「お前、何をした!!」
勇者は、何かにすがるように、手を掻き出す。きっと今、彼の足は泥沼にとられたように不自由になっている事だろう。もう遅い。
「次元の彼方に消えるといい。……勇者共」
一瞬後、彼の姿はこのメインリールから跡形もなく消し飛んだ。
何かを叫んでいたようだが、獣の鳴き声に等しく、もはや私には届かない。
―――――キュインッ
私の頭部、少し右上で、再び閃光が閃いた。
攻撃魔法放たれ、私の張ったシールドに弾かれた光だ。
「っ!!」
短いうめき声が上がる。
直後に襲ってきた影が、私が伸ばした手に捕まり生じた音だ。
同時に堅い地面にたたきつけられた影は、帽子から覗いた可愛らしい目で、私を恨めしそうに見ている。
「……お前は『魔導士』か?『魔術師』か?」
私は問いかけた。
彼女は言う。「……『魔導士』」と。
「勇者様を……どう……した?」
涙を浮かべる魔導士を、私は嘲笑した。
「安心しろ。すぐに勇者と同じ所へ送ってやる」
私は握った手に力を込めた。年齢的にはまだ幼いであろう魔導士の顔が、苦痛に歪む。
「お……ま……え……」
?まだ何か言うようだ。咳き込み、苦痛に歪んだ顔。
何を言うのか。私はとりあえず、手を緩める。さあ、話してみろ。
「わた……しは……わたしたちは知っている……ぞ……。『メインリール』が……『何をしたのか』……を……」
「……何を言うかと思ったら」
私は、握った手に更に力を込めた。
「ぐううっ!!かはっ!けほっけほっ、やっ、やめっ……」
「……すべて無に帰してやろうか?」
私はその体制のまま周囲八方、数メートルに渡って、魔力の陣を張る。
「……っ!いやっ」
魔導士の目に涙が浮かぶ。さすがに魔導士だけあって、この魔法の効果を知っているのだろう。
「やめて……その魔法……は……お願いだから、その魔法……だけは」
「『クロノス』」
『紫』色の閃光。私の手から、肉の感触が失われた。
少女の姿もまた、その閃光と共に、跡形もなく消えて無くなった。
レオムルド通りに再び静寂が戻る。
「……さて」
私は、疲れた体を起こし、腰をたたく。
「宮殿に帰って、ご飯の支度でもしますか」
それにはまず、血に染まったこの服を洗わなければなるまい。




