第二十一話 @ そして冒険へ
「いやー、あの時は危ないところだったな」
俺は左手に何故か扇子を持ちつつ、パタパタ仰ぎながらくつろいだ。
「危ないところだったじゃありませんよまったく……」
レアは呆れたように答えた。
机の定位置に座って分厚い本を拡げ、淡々とページを進め始める。
「でもごしゅじんさまがぶじでよかったですー」
ミリアが喉を鳴らして寄ってきたので、頭を撫でる。
「そうだな、ミリアなおかげだよな」
「えへへー」
「もちろん、レアのおかげでもあるよ」
「別に気を使ってもらわなくても結構です」
レアは無表情で本を読み続ける。
ごろごろと喉を鳴らすミリア、窓辺に寄りかかる俺、本を読みふけるレア。
これも「魔王部」の日常だ。
「しかし、ドラゴンの吐息は魔王にも効果があったとは、思いませんでしたね」
「まあ、魔法ではないからな……。MP使わない技だから、『特技』ってとこか」
「なんでしょう。すごく安易な気もしないでもないですが……。いいんじゃないですか?それで」
レアは渋々頷いた。
でも何だ?何が引っかかっているんだろう?でも何が気になっているんだろう。
「それにしても、事実上最強になってしまいましたね。マオ様」
「ああ。本当だな。HP15000000超えで回復手段もある……なんか自分でも敵に回したくねーな」
「そうかもしれませんね」
俺は窓辺に寄りかかった。
「何か自分が人間なんだか、不安になって来たな……」
「いえ、マオ様は人間ですよ。間違いなく」
俺がレアの方を見ると、レアは少し微笑んでいるのが見えた。うん。あまり気にしない方がいいかもしれないな。
空を見上げた。今日も雲一つない青色が広がっている。
「……ではマオ様、そろそろ行きますよ」
「え?どこに?」
「どこにって……今日は卒業式ではないですか」
「あ、そうか」
ぼーっとしていて、すっかり忘れていた。どうもこの空間は、俺から思考力を奪うらしい。
そうか。今日は卒業式か。
「さて、行くか」
俺も用意をして、レアの後に続いた。
………………………………………………………………………………………………………………………
体育館に向かうと、大半の生徒たちも次第に集合し始めていた。
まだまばらで、ばらばらとした人ごみの中、自分のクラスを見つけて整列する。
「ねえ」
横から急に声を掛けられ、思わずドキリとした。
振り返る……と誰もいなかったが、自分のすぐ横、視線を落としてみると、そこにユイがいた。特徴のあるアホ毛がゆらゆらと揺れている。
「……一回スルーしてんじゃないわよ」
「あ、いやごめん。悪気は無かったんだけど」
「まあいいわ。相変わらず他人行儀な奴ね」
俺よりも頭二つ分くらい小さい勇者は、むすっとした態度で答えた。
「……で?あんたはどこに行くの?」
「え?」
「聞こえなかったの?卒業したらどこに行くの、よ。で、どこ?」
「俺?俺はえーっと」
俺は口ごもる。というのも、答えるとかよりも前に、このクラストップの勇者が俺の進路を気にしているという状況に、若干ドキドキしてしまっているところがあった。
胸の高鳴りを押さえて答える。
「コルドニア大陸の探索かな」
「コルドニアって、スラスト地方の事?未開の地で、何も探索が進んでいないっていう……」
「いや、目的はレイレシア大陸のためかな」
「レイレシア?」
ユイは聞き返す。
「レイレシアってあの伝説の大地の事を言ってるわけ?それで手がかりのあるコルドニアに?
確かに存在しなければ世界の様々な現象が説明つかないと言われている土地だけど、今まで誰もがその存在を探そうとして、諦めたんじゃなかった?」
ユイが怪訝そうな顔で聞き返す。
「何でそんな任務を?」
「別に。なんか世界を見たくなったんだよ」
俺は素っ気なく返した。まさか当時生後数日だったドラゴンの子供が言った事にもろ影響を受けたとは言えまい。
知らないことを知りたい。ただそれだけだ。
「あっそう」
ユイも素っ気なく返した。
「でもどうして?」
「別に。旅の方向が同じじゃなくちゃ、あんたをぶっ殺せないでしょ?」
ああそういう事かい……お前……。
「これで安心したわ。いつでもあんたをぶっ殺せる」
「……ユイはどこに行くんだ?」
「私?イシュヴァリア地方ね」
「コルドニアだな」
「ええ」
「何で?」
「……あなたには関係ないわ」
ユイはそう言って顔を伏せた。
壇上では、教頭先生の話がもう始まっていた。
「ちなみにさ」
「……何?」
ユイは不機嫌そうな顔をして、こっちを見た。
「ユイって前から俺の隣だったか?」
「違うわ。ベイルが辞めたから、一つ前に詰めただけよ」
「ああ、そうだっけ……」
そういえば、ベイルはとっくに辞めていたのだった。あの事件の顛末は、メアさんから話がいったらしい。さすがに魔物に仲間を差し出した罪は重く、あちこちから非難をされた後、自主的に辞めていったのだった。
「別にいいわ。私あいつ嫌いだもの」
「あ、そうなんだ……」
そう言って、俺達は檀上に視線を向けた。レイオスさんが卒業生に向けてメッセージを送っている。
『君たちは、今後自分たちの力で飛び立っていきます。勇者学園のみんなで力を合わせて……』
……………………………………………………………………………………………………………
魔王部の部室の扉を開ける。
卒業式が終わったら一度部室に集合する段取りになっていたが、まだレアもミリアも来ていなかった。
二人のいない部室は、やけに静かだった。冬の終わりの、優しい光が部室に差し込んでいる。
しかし、卒業か……。
使い込んだ机を何気なくなぞった。
振り返ってみると、学園生活は大変な事ばかりだった。理不尽な事もあったし、苦労していた事が大半だったと思う。
でも、楽しい事もあった。
誰もいない部室を眺め、レアとミリアに心の中でそっと感謝なんてしてみる。
「ん?」
そんな折、一つの事に気付いた。
レアの本が出しっぱなしだ。
いつものレアの定位置に、無造作に二、三冊置かれている。
レアは読んでいる本はいつも持ち歩いているはずだから、ここにある本はもう読み終わった本だろう。
何を読んでいるんだろう……。
好奇心が顔を覗かせてしまう。よくないと思いつつ、そのうち一冊に手を掛けた。これで長年の謎が解ける……。
一ページ目を開いてみた。
『回復魔法、回復薬、全集』
ん?
次の本を開いてみる。
『魔族に効く魔法』
『魔物で調合する回復薬』
『ワケあり!魔族の回復薬の作り方』
「………………」
「マオ様」
「うわおっ!!」
ビクッと体が反応し、変な声が出た。振り返ると、レアが部室の扉から顔を出しているところだった。
「どうかしたのですか……?」
「い、いや……」
明らかに焦る俺を不思議そうに見ながら、レアは部室に入ってきた。
何かを言いかける途中、無造作に拡がった本を見つけた。
「……見ました?」
尋常ではなく静かな声に、俺は顔を横にブンブン振る。
「よかった……。もし見たら、例えマオ様といえども……いえ、何でもありません」
お……お前は俺を治したいのか殺したいのか……。
「それはさておき」
レアがさておく。
「ご主人様。目を閉じてください」
「え……」
「どうして後退るのか分かりませんが、お願いします」
俺は目を閉じた。
「はい」
突然、レアが両手を掛ける。首に暖かい感触があった。
目を開けると、首に金色の生地が巻かれていた。
「マフラー……」
「ええ。遅くなってしまいましたが、誕生日プレゼントです」
「え?あ……」
思い出した。結構前にレアが編んでいたやつ。覚えててくれたんだ。
「季節外れになってしまいましたが、冷えたらお使い下さい」
「ああ。うん。ありがとう」
俺が言うと、レアは素っ気なく顔を逸らした。
って……。
「あれ?でもたしか、編んでたマフラーってピンク色じゃなかったっけ……」
ガチャ。
扉が開いた。
「ごしゅじんさまーっ!」
扉が開かれるなり、ミリアが飛んできた。俺の目の前に急ブレーキで止まるなり、ホバリングする。
「どうした、ミリア?」
俺が尋ねると、ミリアは嬉しそうに目を輝かせて主張した。
「みてくださいこれ!『まふらー』っていうんです!レアさんがあんでくれたんですよ!」
嬉しそうにそう言うと、首に巻かれたピンク色のマフラーを手に持ってみせる。
あっ……。
俺は何かに気付いた気がするが、あえて触れない事にした。
なんだか、どんどんスルースキルが上がって行っている気がする……。
そんなことをしている間に、背後でカチャカチャと音がする。見ると、レアが旅の支度を済ませてているところだった。自分の荷物を持つと、俺を促すようにチラリとこちらを見る。
「さて」
俺も旅の支度を始める。どうやら準備が出来ていなかったのは俺だけになっていたようだ。事前に袋にまとめて入れていた荷物を背負う。
「そろそろ行くか」
俺がそう言うと、レアとミリアは頷いた。
鍵の施錠をする、その前にふと最後に部室を見渡す。
本棚に囲まれた部屋、コの字型に配置された机、済んだ青空。
でも、俺もレアもミリアも、もうそこにはいない。
ま、いいか。
俺はさっさと施錠し、前を見た。そこにはレアもミリアもいて、穏やかな表情で俺を見つめていた。
レアが言う。
「最初の旅はコルドニアへの上陸になりそうですね。マフの砂漠を横断するために、小さいミッションをこなして資金を蓄えていきましょう」
「そうだな」
俺は頷き、そして息を吸い込む。
「よし……行くか!」
「はい」
「おーっ!」
ありきたりの号令を掛け、俺達は歩き出した。
多分もう、ホコリにまみれた部室を振り返る事はないんだろう。
なんとなく、そう思った。




