第二十話 @ 好きにすれば
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「どうして私を助けた?」
ふらついた足で起き上がり、私はそう尋ねた。
男は一瞬質問の意味を考えたような顔をして、答えた。
「何故って……そこに倒れてたからだ」
「そこに倒れてたから?」
「ああ。そこに倒れてたから、今出来る事を出来る範囲でやった訳だ。別にお年寄りの荷物を持つのと何も変わらない」
「と、年寄り……」
年寄りという言葉に違和感を覚え、思わずそう言った。
「ああ。だから別に気にする事もない。助かった命、好きに生きたらいいんじゃないかと思うよ」
「では命を絶っても?」
彼の顔を見る。
その男は顔色を全く変えなかったが、頭の中で多くの事を考えているのが分かった。
恐らくは、その言葉がどのくらい本気か。どの言葉を選べば死なずに済むか。
男はセリフを考えた末、吐き出した。
「いや、死んだら許さん」
「何故ですか?」
「大体君は、人の力を借りて生きているのに、勝手に死ぬのはルール違反だと思わんか?
俺だけじゃない。いろんな人間が、君のために一生懸命やっていてくれたはずだ。
それで勝手に死ぬだと?勘違いも甚だしいわ」
男は急に語り出した。全く。面白い。
この男、「勝手にしろ」と言って、もし万が一私が本当に死んだら、の確率を取った。
意外と単純なのかもしれない。
「とにかく、君は好きに生きるといい。これは絶対だ。もし生きる希望が見つからないのなら、俺のために生きろ。以上」
言いたい事を言って、男はさっさとその場を去ろうとする。
「――――今のは『契約』ではなく、『譲渡』ですね」
男は立ち止まり、振り返った。
「何だ、知ってたのか」
「ええ。人並みには」
私は冷静に男を見つめた。
「魔力の譲渡によって対象の命を繋ぐなんて聞いた事がありません。
そのような事が出来るのは『闇の属性』を持つ者だけだと、古い本で読んだ事があります。
ですが、その属性を持つ者ならば『契約』によって相手に能力をコピーすることが出来るとも聞きます。
あなたがそうしなかったのは何故ですか?『譲渡』ではなく『契約』を使えば、あなたは力を失わずに済んだのでは?」
男は黙って聞いていた。
「いやだってお前、『契約』したら、俺の言うことを聞かなきゃなんねーぞ?」
「は?……い、いえ、あなた側のメリットが……」
「目の前の人を助けるのに、そんな制約を付ける気にはならねーよ」
男はまた振り返った。もはや問答する気も無く、さっさと帰るつもりだ。
「魔法の一つくらい、別にいいだろ。結局強ければいいんだしよ。
別に俺は『魔王』になる気なんて、無いからな」
「じゃあ、一体何なのですか?」
「俺か?俺はまあ……」
男は少し照れながら言った。
「え……と。勇者、とか?」
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「マオ様。あなたは魔王じゃありませんよ」
マオをグランドワームの背に乗せ、私たちは砂漠を移動する。
他の勇者共の死体は後で学園で『リバイブ』を掛けなければいけないから、もう一体のワームの体内に、メアの死体と一緒に詰め、私たちの後を追わせた。
その際、意識を失ったマオに『ヒール』の魔法を掛け続ける。本来なら、これですべての状態異常は回復するはずだ。
全ての魔法を受け付けないマオの体も、魔力が弱まっているせいかヒールが少し効いて、毒の進行が遅くなっている。だが状態異常が回復する兆しは一向に見えない。もちろん、リペアも効かない。
「お願い。早くして、グランドワーム……」
砂漠を猛スピードで進むグランドワームを急かす。
全速力の効果か、学園がうっすら見える場所までやってきた。
あと何分……。
それまでマオを持たせなければならない。
「お願い……」
私は、誰ともつかないものに願った。
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「うおわっ!」
「きゃあああっ!」
パリン、と派手に窓を破り、私たちは魔王部部室のある三階に辿り着いた。
突然の破裂音と、グランドワームの到着に気付いた生徒の悲鳴が、至る所から上がる。だが、それに構っている暇は無かった。
「れあ、さん……?」
丁度魔王部にいたミリアが見つかる。私はマオの体をグランドワームから下ろし、叫んだ。
「お願いミリア!保健室から先生を呼んできて!ついでに解毒剤があれば持ってきて!すぐに!!」
「は、はいっ!」
ミリアは、ヒュウっと風を切り、部室を出た。
「マオ様……」
本棚を漁る。以前からかき集めていた様々な種類の回復薬が中から現れた。
ビンを割り、片っ端からマオに使っていく。
回復反応の、鮮やかな青色が部室を彩る。
『ビジュアル』
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マオ HP3 MP381 毒状態
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「何で……!?」
続けて、魔法。さっきも使ったが、回復系の魔法を片っ端から使っていく。
リペア。ヒール。ケア。デトル。
魔法の反応色が次々と光る。だが一向に、マオのHPは回復しなかった。
「何で……?どうして……!?」
私は半狂乱になりながら、次々と魔法を唱える。
だが、一向に状況が変わらなかった。
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マオ HP2 MP381 毒状態
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「なん……で……?」
私は泣き腫らし、マオの体に顔を埋めた。
どうして、私の願いはいつも叶わない?
どうして大切な人ばかりが傷ついていく?
私の何が悪かった……?
一瞬後、考える。
ミリアはどうなった?保健室に助けを呼びに行った。だが一向に帰って来ない。
というかそもそも、ミリアが助けを呼んだところで、誰かがマオを助けてくれるのだろうか?
悪評判が後を絶たないマオだ。噂は噂を、それも悪い方へと呼び、連鎖していく。噂を真偽を精査しない者どもなら、マオの名前が出ただけで救助を拒否するだろう。教員がそうでないとは限らない。
誰が信用できる……?
私は顔を上げた。それと同じタイミングで、ミリアが入ってきた。
「ミリア!」
「はあ、はあ……せんせい、みつかりませんでした……」
「ミリア聞いて!マオ様が……今、大変なの!毒が回って……回復が……」
「かいふく、ですか?」
「そう!何でもいいから、試して!じゃないと……」
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マオ HP1 MP381 毒状態
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ドクン。
心臓が跳ねた。
あと1ポイント。あと1ポイントですべてが終わる。私の目の前で。
リペアは?ヒールは?ケアは?デトルは?リバイブは?
やった。すべて。
それでも、回復しないと。もしHPが0になったら、またリバイブ?果たして効くだろうか?これだけの魔法が全て無効化されたのに?
私は…………。
不意に、私の背後に気配がした。
ミリアが相変わらず純朴な目で、そこに浮いていた。
「……ミリア?」
「かいふく、ですね?」
ミリアは、大きく息を吸い込み、そして吐いた。
「ふーーーーーーーっ」
白く、輝く息が、マオの体を包み込んだ。
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マオ HP42 MP381 毒状態
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