第一話 @ なんでもない魔王部の日常
「しかし退屈だな……」
部室の窓から眺める空があまりにも青すぎて、俺は思わずそんなことを口走る。
こうも平和なのは大変喜ばしいことであるが、かえってこれでいいのか、逆に不安になるものである。
校庭に目を移す。
校庭では数人の男女グループがキャッキャウフフ、何やら戯れている。何が楽しいのか、傍目にはさっぱりだが、卒業シーズンも近づく今となってはそんなどうでもいいことすらも楽しく感じるのだろう。まったく微笑ましい光景だ。
「しかしお前、さっきから何やってんだ?」
俺が部室に視線を戻せば、コの字型に並べた机の、斜め前にレアが座っている。
腰まで届く艶のあるロングストレートの黒髪、切れ長の目に長いまつ毛、スレンダーなスタイルの持ち主の、まあ美人だ。
普段は毎日読書をして過ごしている彼女だが、なぜか今日は黙々とピンク色の毛糸で編み物なんてやっていた。
俺の質問に、レアは振り返りもせずに答えた。
「何って、今度のマオ様の誕生日のために、マフラーでも作ろうかと思いまして」
「本人の前で言う!?それ!?」
「?何かおかしいことでも」
何の疑いもない目で、レアはこちらを振り返った。
真紅の瞳がこちらをまっすぐに見つめる。
「い、いや、そういうものは普通、本人にナイショで作るものなんじゃないか……?
なんていうか、サプライズ的な……?」
俺の回答に対して、レアは「なんだそんなことか」とでもいうように、ふっ、と微笑み、作業に戻る。
「ご安心下さい、マオ様。これは練習みたいなものですよ。
私はこういったプレゼントは初めてなもので、今回作るものが納得の出来るクオリティになるとは思っていません。人にプレゼントするレベルに至るには時間が掛かると踏んでいて、技術が未熟なうちはこのような試作品を数多く作り、修練に励むつもりです。
本当に大切な人には、もっと技術が向上し、納得のいくものを作れるようになって、その時初めてお渡しするつもりですよ。別に『初めて作ったマフラーだから大切な人にあげなくちゃいけない』とかそういう訳ではありません。貞操じゃないんですから」
「……なんていうかすげーなお前」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、褒めてない。多分」
貞操とか、そういう単語をさらっと言ってしまうのがすごい気がするんだが。
っていうか、その理論だと、『最初の方に作ってるやつはどうせ上手く出来ないからお前にくれてやるよ』みたいな意味のような気もするが。
一通り思いを巡らせた後、俺は思った。
……まあなんでもいいか。
やり取りが終わると、部室にまた沈黙が訪れた。
昼下がりのこの静かな空間。これが俺たち「魔王部」の日常だった。
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勇者学園。
俺ことマオと、レアの通う学校だ。
その名の通り勇者育成のため、伝説の勇者『アルス』とその仲間達によって作られた学校で、カリキュラムには一般教養のほか、剣をはじめとする武具による戦闘術、基礎魔法の習得、アイテム鑑定など、勇者のクエストに必要な要素が盛り込まれている。
まあこのご時世、それらのカリキュラムは一般の兵士養成の学校にだって取り入れられているものだが、勇者学園のカリキュラムにはより実戦に適したものが組まれている。例えば魔法の授業であれば、生徒たちは卒業までに、火、水、風、土、光、五つの属性の戦闘魔法を、最低でも中級レベル以上を扱えるようになっているなどのノルマが課されている、といった具合だ。
その他課外研修ではダンジョン探索実習、校内武闘大会などが執り行われ、生徒たちは勇者として必要なスキルを十分に会得した上で卒業し、世界中のいたるところで活躍する運びとなっている。
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ここはそんな勇者学園の一室。
通称『魔王部』の部室だ。
部員は『魔王』であるこの俺(まあ自分で魔王って言うのもなかなか恥ずかしいんだけど)マオと、『ネクロマンサー』のレアの二人である。
といっても、活動目的としては、何をするでもないただの暇つぶしの集まりだ。
普段は今の俺のようにただぼーっとしていたり、読書をしていたり、二人でオセロやったりウノやったり、たまに気が向いたときにダンジョン探索をするくらいのホント暇な部活なのである。
まあこの暇な時間が気に入ってたりするんだけど。
しばらくするとレアは編み物の手を休め、カバンから分厚いハードカバーの本を取り出した。
レアは部室にいる時、いつも何かしらの本を読んでいる。大抵の場合、一冊千ページ近くある本を読んでいるが、表紙は革製のブックカバーで覆われているうえ数日で読み切ってしまうため、レアがどんな本を読んでいるのか、長い付き合いでもわからない。
この部室にはそうしてレアに読み捨てられた本が本棚を独占、さらに一角に積み上げられるようになり、ちょっとした図書館のようになっている。
「なあレア。それ、いつも何を読んでいるんだ?」
「内緒です」
レアはそっけなく答える。
「ふーん……」
「というか、内緒だからブックカバーを付けているので、その辺を察していただきたいのですが」
「すまん」
「謝ってもらってもいいですか?」
「今謝ったよな?」
あやうくもう一度謝るところだった。
レアはそんなことに気もくれず、また読書にふける。
黙々と本を読み続けるレアとそれをぼーっと眺める俺。……これも魔王部の日常光景のである。
「そういえば」
レアが、読書の手を止めることなく切り出した。
「ご主人様は三年生。今年が最終学年であったと思いますが、必要パーティの人数は集まりましたか?」
「うっ……」
痛いところを突かれて、俺は黙った。
『パーティ編成』は勇者学園の卒業における、最後のセレモニーのようなものだ。
卒業者は各々、気の合う仲間を三人以上集めてパーティを組み、そして旅に出ることで卒業と認められる。卒業者同士でパーティを組むのが基本であるが学年は問わず、優秀なやつは二年で引き抜かれてクエストに出かけることもある。
長い旅路においてパーティのメンバーが変わることもあるし、ずっと卒業時のメンバーでいるところもあるが……。
「まずは人数を集める必要がありますね」
レアの言う通り、まず三人以上集まらなければ話にならない。
「それで、ご主人様はその仲間が見つかったのですか?」
「…………」
俺は返事に困窮する。
「……いないのですね。まあ部室にそれらしき人が誰も来ていないので、予想はしていましたが」
「……まあ、な」
そう。俺にはパーティメンバーがいないのだ。
もっと言うならパーティに入ってもらえるような友達がいない。
なぜなら俺は『魔王』だから。
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もう一つ、勇者学園の特色としてあるのが、『役職』システムだ。
勇者学園に通う生徒は、対外的にどの生徒ももれなく『勇者』であるが、『勇者』の肩書のその下にもう一つ、生徒たちの能力や性質に応じて、各々『役職』設けられている。
例えば、魔法に長けている生徒なら『魔法使い』、戦闘に優れている生徒なら『戦士』など。剣に優れている、素手での戦闘に優れている者なら、『剣士』『武闘家』などといった具合に。
それぞれの役職は『勇者』の肩書の下に着く。つまり、勇者学園において、魔法に長けている者ならば『「勇者学園」、「勇者」、「魔法使い」○○』といったぐあいだ。
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俺の役職は『魔王』。
そう、数十年前、『アルス』一行と世界の命運を掛け壮絶な戦いを演じた、あの『魔王』と同義だ。
肩書的にはこうなる。
『勇者学園・勇者・魔王・マオ』
まったくややこしい。
校外のクエストでは役職以下は省略していいものの、とにもかくにも、俺は勇者たちが最も忌み嫌う、『魔王』の名を持つ者として、この学校に生きているわけだ。
まったく、どうしてこうなったんだか……。
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もう十年以上前のことになる。
とある小さな村が、魔物の群れに
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「あ、そろそろ五分前ですね。戻りましょう」
「このタイミングで!?」
「え……何か問題がありましたでしょうか」
「い……いや、な、なんでもないよ」
「……まさかと思いますが、また脳内で一人ナレーションでも……いえ、なんでもありません帰りましょう」
「最後まで言えよ!」
「それでは、失礼します」
レアは席を立ち、白く細い指でカバンを掴むと、それを後ろ手に持ちかえ振り向き、黒い髪をなびかせた。
いつも無表情なレアは、俺をいじる時だけ、少し楽しそうに見える、のは気のせいだろうか。
……まあこれも、魔王部の日常的な光景の一つだ。
やれやれ、と俺も腰を持ち上げ、教室へと向かうことにした。