第十六話 @ 魔王
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「ご……ん……さい」
「ああ?」
リザードマンの屈強な手に喉をわしづかみにされながら、俺は辛うじて声を絞り出した。
「…………が……」
「聞こえねーな。何言ってんのかわかんねーよ」
てめーが言ってきたんだろーが。クソ。こいつ……殺してやりたい。
なのに……何も出来ない。
「もういいか?お前、飽きたんだよ」
目の前のリザードマンが刀を引き抜く。
プライドはズタズタだ。命乞いも効かない。なのに、体は動かない。
でも諦めるわけにいかないだろ!
「う……お……おお!」
「まだ動くか?」
俺は必死に抵抗する。こいつの刀が振り下ろされたら終わりだ。
両腕に力を入れ、相手の指を引き剥がそうとする。
足をバタつかせ、せめてバランスをずらそうとする。
そんな折、そのリザードマンが、ふっ、と笑った。
「これが種族の差だ。人間」
氷のように冷たい目をしてこちらを見てくる。一方でその口元は未だ愉悦の笑みを浮かべている。
「お前らがどんなに足掻こうと、俺たちが本気で攻めれば誰一人抵抗出来ず一瞬にして全て奪われる。
俺たちたった一人に対してでも、人間は群れを作って戦わなければ脆くも崩れ去る。
……俺たちが群れで攻めれば、この通りだ」
そいつは言った。
「愚かな人間。これがお前らと俺たちの違いだ。生まれながらにしてお前らは家畜として生きる事が決まっているんだよ」
ムルタ一族のリザードマンは、ついには目を輝かせ、嬉しそうに笑った。
きっと、他の民族を踏みにじるのが楽しいのだろう。
「さらばだ。愚かな愚かな人間。もう一度言う。俺たちとお前たち、どちらが優秀だ?」
「……」
「おらぁっ!答えろ!」
「……」
「ちっ」
リザードマンは不愉快そうに舌打ちをした。
そして一閃。
俺の目には銀色の光が光ったように見えた。
直後に、鮮血。
赤い血しぶきが、目の前を覆い尽くす。
ドサリ、と。
俺の体が地面に落ちた。
俺の首には、未だ魔物の手に握られている感触があった。
「大丈夫か?」
上の方から声をかけられた。
見上げる。
荘厳な兜、鎧、立派な鞘、そして剣。
一人の「勇者」がそこにいた。
「怪我はなかったか?」
屈強そうな勇者は俺に微笑みかけた。
「危ないとこだったな。遅れてすまん。「俺たち」もやっと到着したよ」
背後で爆発音。
きっと、他の勇者も来てくれたんだろう。
「か……は……」
片腕を失ったリザードマンは、二、三歩後ろにずり下がる。
「おっと、まだとどめを刺していなかったな。
……坊や。首についたそれ、不快だろう。早いとことっときな」
言われて俺は、俺の首を掴んだまま切断されているリザードマンの腕を引き剥がす。
「終わりだ。ムルタ一族」
勇者は大刀を、リザードマンに向かって振り下ろした。
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その日は小雨の降る夜だった。
俺は行きつけた岩場に、しきりに魔法を叩きつけている。
火、水、風、土、光。
それぞれの属性に応じた色とりどりの魔法が、岩場に爆ぜる。
もう、何時間やっているだろうか。
体内のMPはとうに枯渇しているはずだ。だがそれでも連続詠唱による魔力の循環で、なんとか魔法を切らさずに放出し続けていた。
限界を超えていた。
体は自分の意思によって動いているのか、それとも動かしているのか、分からない。
もはや、自分の体ではないような気さえする。
――――それ、意味あんのか?
どこからか、声が聞こえる。
――――意味あるさ。魔物が、いつも魔力のある状態で攻めてくれるとは限らない。
俺は声に答える。
詠唱。
詠唱。
詠唱。
詠唱。
回数を、時を重ねるにつれ、魔力が増す。
魔法の放出力だけで、岩を砕けるようになってきた。
――――だからさ。
声は言う。
――――もういいんじゃないか?
声が聞こえる。
――――でも、分からないだろ?どんな魔物が攻めてくるか。
俺は答える。
――――魔物?勇者に任せればいいじゃないか。お前がそこまで自分を削り、己を鍛える理由はなんだ?
声が聞こえる。
――――どんな魔物がいつ現れるか、分からない。たった一人でも戦えるよう、俺は強くならなければならない。
俺は答える。
――――そうか。ならば最後の質問だ。
声が聞こえる。
――――お前は一体誰だ?
声は尋ねた。
はっ、と我に返る。
振り向けば、全身が漆黒に覆われた人影が立っていた。
夜のせいじゃない。まるで黒い影そのもののような、人影。
「お前はあれから、何年続けてる?
ひたすら魔法を詠唱して、魔法の出力だけで岩を砕けるようになった。
だが、その力は必要か?」
「幻聴じゃ……なかったのか」
「答えろ」
直後、俺の魔法によって木っ端微塵に崩れ去る岩盤の音。
雨だというのに土煙を上げ、崖の一部を欠落させる。
「お前は力を手に入れるとともに、大事なものを失った。気付いているだろう?
お前はもう、人なのか?」
振り返る。
木端微塵にして岩盤を削り取る。一昼夜ぶっ続けて魔法を放ち続ける。
俺は確かに強くなった。でも?
「もはや人と普通に接することも出来ないだろう。かつて一瞬、お前が人として扱われなかったように。
おおよそ、『人』のふりを続けていく事になる」
思い出した。
アベルが滅んだあと、友達とどうなったのか。俺の無事を喜んでくれる人もいれば、その対極の人もいて、その人達がどんな目をしていたのか。
「俺と契約するといい」
『影』は言った。
「そうすれば、お前が何者か理解できるだろう」
そいつは不敵な笑みを浮かべた。
俺の頭を一瞬でイメージが駆け巡る。
俺の目の前にあるもの。そこにあるのは悲鳴ではなかった。
簡単だ。俺の力に服従する人々。
何も悩むことがない。だいぶ楽な人生だな、こりゃ。
「――――――お前は?」
「『魔王』」
そいつは笑った。ただの影なんだけど、なんとなく笑ったのが分かった。
「さて、俺が直々にここに来た理由、分かってるよな?もう」
雷が鳴る。
雨が続いたせいで、先ほど崩れ掛けていた岩盤がまた崩れだした。
ああ、なるほどね。
俺の力を感じ取った。ここに来た。目的は二つ。分かりやすい。
一つは勧誘。もう一つの選択肢はそれを断った場合に発生する。
「……俺はお前に力をもらおうなんて思っていない」
「あっそう。なら話は早いな」
「どうやって魔法を出してんのか教えてくれ」
「……は?」
そいつは驚いたようだ。そして俺に尋ねる。
「正気か?」
「ああ」
「ふっ……くくくはーはっは!!」
影は大笑いした。
「なら教えてやるよ!!『ブラッドウェーブ』!!」
次の瞬間。
影は小さなテイクバックから、一つの魔法を繰り出した。
肉眼でも見える小さな波は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
防御の体勢を取る俺に触れた瞬間。
「っぐはああああっ!!!!」
一瞬だった。
俺の体内に衝撃が駆け巡る。
体中の血が、逆流するような感覚。意識が消し飛びそうになる。
体の中で大蛇が大暴れしているみたいだ。
「さすがに魔法に抵抗があんな。……っつーか、もともと身構えていたか」
俺が地面に伏したのち、『魔王』は言った。
「今のが『闇』の魔法だ。威力が違うだろ?他の属性とはよ。
お前の世界の教科書じゃ教えてくれねーよな。……色々と強すぎて。
まあお前にセンスがありゃ、今のですべて分かったんだろうな。
……っていうか生きてんのか?」
俺の目が『魔王』を捉える。
「ちっ。倒れながらもしっかり身構えてんのか。隙のねーやつ。
……まあ、いいや。お前を殺すのはやめとく」
『魔王』はくるりと向きを変え、「これが勇者どもに付け込まれる理由かねー」などとボヤいて、どこかへと消えていった。
――――――このボケ。
『魔王』が去ったのを見て、俺はゆっくりと立ち上がった。
俺は吐血のせいで汚れた口元を吹く。
――――――クソ。めちゃくちゃ痛かったな。クソ。
クソ。
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「火は赤。水は蒼。風は碧。土は茶。光は黄金。加えて使用する魔力の性質の色……。
それら全てを加えた色、それが黒。すなわち『闇』だ」
俺は魔力の放出のために上げた腕を戻す。
同時に、ルスカの巨体が地面に倒れた。
「闇の力を操るには、それ以上の能力が必要だ。気が狂いそうだったよ」
「な……」
体のほとんどをちぎられ、地に伏したルスカの目が驚愕に開かれる。
「お前……まさか……契約は……」
「していない」
魔王と『契約』すれば、その力の一部を無条件に引き継ぐことが出来る。
契約の条件は『力』と『魂』だ。
魔王にとっては『契約』によって力を譲渡してもただのコピーみたいなもんだから痛くもかゆくもないんだけど、『契約』を受ける側は見返りに自分の魂を差し出す必要がある。つまり、強大な力を無条件に受け取れる代わりに、命令には絶対に従わなくてはならない。
まあ、魂を差し出す、と言っても「命令は絶対」ってだけで、契約した時点で別に意識まで持っていかれるって訳じゃない。だから安易に契約するような奴らも多い。まあそういう奴はその後、手に入れた魔力の強さに自我を失ったり、別人のようになったりする奴が大半だけど。
別に俺はそんなものを求めているわけじゃない。
契約によって力を得ても自由を奪われたら単純に嫌だし、それに与えられた力以上の魔力は得られないっていうデメリットもある。ただのコピーだから。
だから、俺は自分で努力する道を選んだ。
火、水、風、土、光。その先にある闇の魔法。
魔法を極めた者。
だから『魔王』と言われる。
つっても、『闇の魔法』は他の魔法とは全然波長が違うから、あの時『魔王』から直接食らわなかったら全然分からなかったんだけど。
「なら……、どうしてそれほどの力を……?」
「必要だからな」
俺は言った。
「この力が。例え一人になろうと、戦えるように。誰かがいなくても、目の前の平和を守れるように」
答えた時点で、これもしレアが聞いてたら、と思ったらなんか恥ずかしくなったので、俺は加えた。「なんてな」と。
「そうか……」
ルスカは体の力を抜いた。歯を食いしばり、悔しがっている。
「そろそろメアさんの居場所を教えてくれないか」
俺は尋ねる。
「……教えないと言ったら?」
「俺目線で言うなら、手間が掛かる。お前目線で言ったらどっちにしても変わらない。ちょっと苦しんで死ぬくらいかな」
「生かしてくれたら教えると言ったら?」
「お前の『使役』の魔力はもともと復讐のために使われている。ここで生かしたらまた同じことを繰り返すだろう。これ以上犠牲者が増やす訳にはいかない。それに、お前は関係無い人を殺しすぎた。どちらにしろ生かす理由は無い」
「……そうか」
ルスカの目には、涙が浮かんでいる。歯を食いしばり、声を振わす。
「なあ、お前に分かるか?たった一人置き去りにされた者の孤独が。悲しみが!
仲間のために戦い……傷付きながら倒れた。それを奴らは見捨てたんだ!
何故復讐をしていけない?ならば私が黙っていれば済むというのか?
……私がこの暗い洞窟で死んだのに、奴らは外で何をしていた!」
ルスカは声を荒げた。
命乞いじゃない。彼の声は怒りに満ちていた。
自分を暗い洞窟に置き去りにした仲間への怒り。それを主張している。
他の犠牲は達成するための手段、ってか。
気持ちは分からない、と俺ははっきり言えるだろうか?
「なあ、お前にも分かるはずだろう?
人ならざる力を入れたお前が、どんな仕打ちを受けたか、私なら分かる。
ここで俺を殺して、何の得になる?私を手を組んだ方が得になると自分でも分かっているだろう?
なあ、何故だ?何故こちら側に来ない?」
「……でもお前を生かす訳にはいかないな」
「何故だ!」
「さっきも言っただろう?」
俺はルスカに手をかざし、呪文詠唱の準備を整えた。
「……俺は勇者だからだ」
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血にまみれた両手でメアさんの遺体を引きずっていく。
――――さっきの戦いでだいぶ消耗してしまった。
体に力も入らない。隙だらけに死体をずりずり引きずって歩く。魔物に出会っても戦う気も起らないだろう。
もうHPも大して残っていないだろう。
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マオはビジュアルの魔法を使った!▽
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マオ HP87 MP450
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「むしろこれで済んだのが奇跡だな……」
ずりずり、ずりずり。死体を引きずって歩く。
なんてダサい姿だ。
――――でも、さっきはちょっとカッコよかったかな。
さっき、「俺は勇者だからな」なんて自分で言ったセリフを思い出す。そしてちょっと嬉しかった。
勇者、か。
自分が少し勇者に近づけた気がした。
ふふ、と。ちょっと教頭が喜ぶ姿を想像してみたりなんかして、笑みがこぼれてしまった。
洞窟の出口に出た。
レアがもしかして気を利かせて迎えに来てくれてたりしないかな、なんて思ったけど、冷静に考えてあいつこっち側の出口知らない。
もしかして、長い砂漠を歩かなくちゃいけないのか。
まあでもいい。砂漠の魔物は何とかなるし、あと一息だ。
ずりずり、ずりずり、荷物を引きずっていく。
――――――と。
グサリ。
「え?」
胸に静かな感触がした。
自分の胸を見てみる。
二本。
槍が生えていた。
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マオ HP43 MP450
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