第十五話 @ 置き去り
「来たか」
最深部に進んだんだろう。狭い洞窟の通路は開けて、空洞の部屋に行きついた。
最初に目に入ったのは、蛇腹だった。
何十メートルという長さの蛇の尾がシュルシュルととぐろを巻き、部屋を占領している。
そして……その先に男の顔。
顔の下半分を伸びきった無精ひげに覆われ、髪は肩まで伸びきりウェーブがかかっている。
男の下半身が丸ごと蛇と化した、正真正銘の化け物がそこにいた。
「趣味が悪いな」
訪問者に対する先の問いかけを無視して、俺は答えた。
「下らねえトラップなんて仕掛けやがって。あれなら自分が確実に勝てるとでも思ってんのか?」
「トラップ?」
しゃがれた声で男は答える。そして片方の口角だけを吊り上げた、歪んだ笑みを浮かべた。
「あれをトラップと言うとは思えんがな。ただの戯れだ。越えられない者が勇者を名乗るのはおこがましい」
「……ああそうかい」
俺は早々に会話を切り上げた。
「――――お前、ルスカだろ?」
俺が男を見つめると、男は細い目をわずかに見開いた。
驚いたというより、久々にその名を聞いた、という感じだ。
答える。
「ご名答。よく分かったな」
そしてまた、フッ、と小さく笑った。
「ここに来る途中、ある一つの白骨化した遺体があったんだ。
その遺体には魂はすでに無く、恐らく死んだのが遠い昔であるから魂が抜けた、俺たちはそう思った。
まあ、行方不明者リストの上の方にお前の名前があったから、結果的には間違っちゃいないんだがな。
でも、問題はそこじゃなかった」
俺が始めた講釈を、ルスカは黙って聞いている。
「グランドワームは鋏状の嘴を持つワーム種。
捕食する際は、鋏で切断した獲物を丸のみする。
まず、死体が残っている時点でおかしいんだよ。
そして、俺はここに来る途中、その死体が最期に見たであろう光景を見ている。
そこに映っていたのはそいつの仲間であろう三人のパーティメンバーだ。
その仲間はしきりに「ルスカ」という名前を叫んでいた。
そして更にその中に一人、……メアさんに似ている女性の姿もあった」
ルスカは全く表情を変えない。
「つまりこうだ。
お前はかつて大昔、グランドワームによって殺された。
だがその際、お前の魂は自分の下半身を食ったグランドワームに寄生したんだ。
おまけに自分を置き去りにした仲間に対する恨みで悪霊化した状態でな。
グランドワームと一体化したお前はこの洞窟深くに身を隠し、悪霊化によって身に着けた闇の力、『使役』の魔法を使い、洞窟内の魔物を『グランドワームを操るように』操った。
グランドワームに旅人を殺させ、かつその荷物を盗ませれば、遺留品捜索のクエストの依頼が増える。
そうすれば、かつてこの洞窟内を探索し、生還した経験のあるお前の仲間が再び派遣されて来る可能性も高くなるってわけだ。
……全てはかつて自分を置き去りにした、自分のパーティへの復讐のため、だろ?」
静かに俺は、目の前の化け物を見つめた。
始めてあの遺体を見た時は、俺もレアも時間の経過によって魂が抜けたもの、だと思っていた。
だが実際、男の魂は自分を殺した魔物に寄生し、その理性を支配した。
――――――その結果産み出されたのが目の前にいる、上半身人間、下半身魔物の化け物だ。
「正解だ」
その目の前の化け物は、嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべ、そう言った。
「ふふ、バカではないようだな」
「はん、褒められるのは久しぶりかな」
俺は軽く返す。だが。
「おい。メアさんをどこにやった?」
俺の問いを、そいつはフン、と鼻で笑った。
「大昔にお前を置いて行った仲間の一人は、メアさんじゃない。年代的にメアさんの母親か、祖母かどっちかだ。お前の探している人じゃない。
他の仲間がどうなったかは知らないが、彼女は返してもらうぞ」
「その女がもう死体だとしてもか?」
「持って帰る。仮に死んでいても、遺体と魂があれば復活出来るからな」
「持って帰る?自分で蘇らせないのか?」
「…………」
「……そうか。お前、『勇者学園』の生徒だな?」
「ああ」
ルスカは不敵な笑みを浮かべる。
「あんなもの戯れ……だと思わぬか?勇者など、『作る』ものではない。自己のたゆまぬ努力と強い意志によって自分で『成る』ものだ。かつて私もそうであったようにな。
仲間などという甘い言葉に踊らされ、自分に都合のよい集まりを作った。だからお前のように自分で『リバイブ』も使えないようなガキが戦場に出る事になる。お前もそう思わんか?」
「……知らん」
「仲間はどうした?まさか一人で来た訳ではあるまい」
「途中のトラップで足止め食らってる。先に帰るように言って来た」
「『先に帰るように言った』?それだけで、そいつらは仲間を置き去りにして帰ったというのか?」
嘲るように、ルスカは言う。
「……つまりお前も、一人という事だな」
「黙れ」
俺は遮った。
「俺がここに来たのはメアさんの奪回のためだ。他はどうでもいい。返すのか?返さないのか?」
「返さない、と言ったらどうする?」
「お前の死体がより凄惨になるだけだ」
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マオはビジュアルの魔法を使った!▽
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マオ HP878 MP751
ルスカ HP172000 MP1800
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「ほう、ビジュアルの魔法か」
さすがに元人間、いや勇者。知ってやがる。
「だが私の力を暴くと引き換えに、自分の能力をさらしてしまったな。
ふふ、HP878か。
人間にしてはよく鍛えている。思っている以上に優秀かもしれぬな」
口の中でボソボソ喋るから、後半は独り言のように聞こえる。だが、表情には愉悦の色が浮かんでいるのが分かる。
「だが、一人で戦うのは無謀だと思うがな」
「ああそうかい!」
俺は会話を遮り戦闘の体勢をとった!
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ルスカが現れた!▽
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マオの攻撃!
ルスカに215のダメージ!
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「ほう……!」
ルスカは不適に笑っている。
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マオの攻撃!
ルスカに197のダメージ!
マオは稲妻を解き放った!
ルスカに240のダメージ!
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「ふっ!」
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ルスカの攻撃!
マオに41のダメージ!
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マオ HP837 MP736
ルスカ HP171348 MP1800
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「……驚いた」
戦闘中にも関わらず、ルスカは感嘆の声をあげる。
「この攻撃力……闇の力か」
「ああそうだ」
俺は答えた。
「ふふ、闇の属性か。見かけによらず『大胆な事』をするな。その度胸だけは買っておく」
ルスカは歪んだ笑みを浮かべた。
「だが、お前が一人でここに来た理由が分かった。
『闇』の力、か。
勇者の群れにいる中で、魔王と取引を交わした者が、どのように扱われるかは想像に易い。
く、くくくく」
ルスカは楽しそうに笑う。
何が楽しいんだか。
だが構わず、ルスカは話し続けている。
「HP898か。大分消耗しているな。
そしてお前には回復の魔法が効かないということが分かった。
どの道お前は、この戦いによって死に至る事になるだろう」
挑発の気は無い。ルスカはあくまで冷静に状況を分析している。
「さて、お前に一つ提案をしてやろう。お前、こちら側に来ないか?」
ルスカは両手を広げた。
「お前の能力なら、街や国の一つ滅ぼす事は容易いだろう。火の海にする事も、殺さずに家畜の如く飼い続ける事も可能だろう。
私もこの復讐が終われば、じきにそうするつもりだ。
このままお前を殺すのは惜しい。
どうだ?私と一緒に来ないか?
闇の力は、解放された気分だろう?」
「断るよ」
間髪入れずに俺は答えた。
「……何故だ?」
「俺は勇者、だからな」
俺の回答に、ルスカの表情が歪む。
笑みじゃない。眉間にしわを寄せ、目尻は釣り上がり、瞳には狂気の色が映っている。
ようやく、怒り始めやがった。
「後悔するな」
ルスカは自分の魔力を解放する。黒い魔力の色が体を覆った。
……もう引き下がれねーな。
こっからはガチンコ、ノーガードの殴り合いになる。
どっちかがぶっ倒れるまで、やり合うつもりだ。
もちろん、引き下がる気は無いけど。




