第十四話 @ 再探索
「メギルは倒したはず、だよな?」
マフの洞窟。鍾乳石から滴る水の音しかしない洞窟内に、俺たちの声が響く。
「ええ。間違いなく」
レアが返事をする。
メアさんの突然の失踪。
唯一行き先を知っていたレイオスさんが依頼所に依頼を出し、その中でも前回ミッションを成功させている俺達には伝書鳥を使っていち早く知らせた、ってのが今回の経緯らしい。
確かに一度クエストを成功させている俺達であれば洞窟探索の成功率も高く、さらなる犠牲を生まずに済むだろう。
しかし不審な点が多すぎる。
「あり得るとしたら、魔物に……いえ、しかし」
「メアさん、ってあのレイオスさんの秘書だったよな?」
「ええ」
「とすると、グランドワームがいない今、この洞窟の魔物に殺されるとは思えない、か。
もし仮にメアさんが戦闘力の無いタイプの秘書さんだとしても、そのタイプの人がマフの洞窟に一人で行く理由がない。
……まあどっちにしても、そもそもこの洞窟に来る理由が分からないんだけど」
「仰る通りです」
つまり、メアさんがここで行方不明になる要素がない。
ここに一人で来た理由は何なのか?
そして何に殺されたのか?
いや、そもそも殺されたとも決まっていないのか。マフの洞窟に行って行方不明なんだ。どこかに消えただけ、という可能性もある。
しかし何故?
「何も分かりません」
俺の頭の中とシンクロするようにレアが言った。
「まあ、行ってみたら分かるか」
「ええ」
俺とレアは歩き出した。
このクソ寒い、地下の洞窟を、たった二人で。
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歩く。
長い洞窟を二人でひたすら。
しかし、もうグランドワームは現れないし、小さな魔物すら現れない。とても静かだ。
「ミリアは……置いてきて正解でしたね。少し不気味な感じがします」
「まあな。不測の事態があった時に対応出来るか分からないからな。俺たちも」
「ええ」
「レアは回復魔法が使えたんだっけ?」
レアは一瞬口を紡ぐ。
「……簡単なものなら一応。しかしあまり使う機会がありませんから」
「……まあ、それもそうか」
回復魔法が仮に使えたとしても、どんな相手がどんな戦略を敷いてくるか分からない以上、むやみにミリアを危険にさらす事は無い。
そういえば。
「前回のクエストって、依頼者は誰だっけ?」
「いえ。前回は依頼者が複数人いて、特定の者はいなかったはずです。
というのも、違う年代の依頼も一つにまとめていたので」
「対象者は?」
「古い者はもう五十年近く前に遡ります。クルア、ネベル、ヴィラ、ケイン、ルスカ、アルム、ボカ、ルン、タレン、バロン、ミネ、サージ、ケン、アレン、ラルク、エクジャ、……そしてメア」
「全ての依頼を取りまとめてたのは、依頼所か。管轄はメアさんだったよな多分」
「ええ」
「ふーむ……」
謎は深まるばかりだ。
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地下十五階。
黒い影が現れた。
俺たちの姿を見つけ次第、全速力で逃げ出す。
「ロック」
俺は迷う事なくそいつを拘束する。
足を封じられたそいつは、すぐにその場で転倒した。
俺がにじり寄ると、そいつは体を揺すり、必死に抵抗する。
「お、俺じゃない!俺は何もしていない!」
「『ただ迷い込んだ旅人からアイテムを盗んでいただけだ』、ってか?」
そいつの顔に驚愕の色が浮かぶ。
「な……ち、ちち、違う!そんな事していない!」
「どっちでもいいよ」
「はひ?」
「多分お前じゃない。もう一人いるはずだ」
「へ?」
「お前は……」
「ご主人様!」
暗い洞窟の後ろから、レアの声が響いた。
振り向くと、レアが暗がりを必死に指差している。
俺は、ロックをかけたそいつをその場に置いたまま、レアの元に駆け寄る。
「別のルートのようです。どうやら、暗がりに隠していたようですね」
「なるほど……」
暗がりにルートを隠し、さらに囮を使って陽動した、って事か。
とことん、侵入者を遠ざける仕組みだ。
「とにかく、行ってみるしかねーな」
「ええ……」
明らかに警戒を強めたレアを連れて、俺は暗がりへと歩き出す。
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一歩。
また一歩。
細長くなった洞窟の先を進んでいく。
遥か闇を照らすのは、俺の持った松明の光のみ。
人1人分しか通れないような通路を縦に並んで歩く。自分の影すらもその光を阻む見通しの悪さ。
「大丈夫かレア?後ろ気を付けておけよ」
「ええ。大丈夫です。私は……」
レアが返事をする。しかし、その様子がおかしい。
普段は滅多に感情を表に出さないレアだが、今のレアは明らかに何かに怯えている、そんな気配が背中越しに伝わってくる。わずかだが震えているような、そんな声だ。
「わたしは……」
僅かに声を震わせ、レアが口を開く。
「わたしは……イヤな予感がします。まるで……」
「大丈夫だろ」
俺はいつもの口調で言った。
今までだって、一般的に「とんでもない強い魔物」と言われている魔物を幾度となく倒してきた。そして、レアもそんな場面は一緒に経験してきている。
故に、レアがこの先に潜む敵に対して恐怖を抱く事はまずないはず。恐らくだがレアは、この洞窟の異様に静かな空気で、いつもとは違う違和感を感じてしまっているんだろう。
だから安心させるような口調にした。
だが、背中に感じるレアの恐怖感は一向に解けなかった。
じっと何かを考え込んでいるような、そんな感じだ。
「確かに……ご主人様の戦闘能力があれば、敵となりうる者はいないかもしれません。
しかし、相手が力勝負を挑まなかったら?
……いえ違いますね。私が心配しているのはそんな事ではありません……」
震える声を押さえ、レアは呼吸を整えるようにして、言った。
「気を付けてください。ご主人様には……回復魔法が効かないのですから」
すぐ後ろに、レアの感触。
そして、わずかな光が一瞬、洞窟を照らした。『ビジュアル』の魔法だろう。
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マオ 魔王 lv.216 HP11999709 MP999
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「最後にダメージを受けたのはユイに攻撃を受けた時……。事件があってもう三日。まったくHPが変化していない……」
レアが乾いた声でつぶやいた。
「本当の……事なんですよね?」
問いかける。
「武闘大会であの魔法生物が言っていた事……私も知っていました。
『ほとんどの魔法を無効化する一方で、回復魔法さえ無効化してしまう』……。そうですよね?
闇の属性は際限のないHPと引き換えに、その回復能力を失ってしまった。
ですから、ご主人様のHPは日が経つにつれて消耗していく……」
レアの声がまた震えていく。
そう。その通り。
闇属性のHPは決して回復しない。
あるとすれば時間を掛けた自然治癒だが、それもわずかばかりの量なうえ、時間がかかる。
――――HPはどんどん減っていく。
「まあ、だからっつって、俺のHPはそう簡単に減らないし、あいつの言っているような『闇属性の生き物が触れると一瞬にして蒸発する』なんて魔法、無いんだけどな」
俺は笑って言った。
レアの緊張感が、ほんの少し和らいだ、そんな気がした。
だが相変わらず震える声で、レアは言う。
「私が心配なのは、ご主人様はその事に全く構うことなく先に進んでしまう事です。
そこに理由があるなら、どんどん先に……何にも構うことなく……誰にも頼ることなく……。
私は……私は、それが怖くて仕方がありません。考えたくもありませんが、いつかは……」
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――――――――――パキン。
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何かが割れるような、高い音がした。
同時に、全身の力が抜けていく。俺の体から、黒い気体のようなものが一瞬にして抜けていくのが見えた。
「来るなレア!!」
俺の声に、レアが動きをピタリと止めた。
「ご主人様!?」
事態が飲み込めていないレアは目を丸くして戸惑っている。
「……やられた」
俺は歯ぎしりする。
「闇の属性が無効化された」
「え!?」
レアが驚きの声を上げた。
「……恐らく、特定の属性の魔力だけ封じる結界だ。属性の効果を全て無効化する力を持つが、その強い力が故に効果範囲が狭く、小型の結界をくぐる事でしか効果を発揮しない。
……だが、この狭い通路を利用して仕掛けたか」
俺はその細長い通路を見上げた。埋まりきらなかった結界の枠の一部が、わずかながら、洞窟の岩盤の間から覗いていた。
「……くそ」
俺は歯ぎしりをして悔しがった。魔力がごっそり持っていかれた。くそ。
悔しがる俺に、一方ではレアが焦った表情を浮かべていた。
「ご主人様……!!」
「レアはこっちに来ちゃだめだ」
結界越しで、俺は釘を刺した。
「これは『闇属性』を無効化する能力だからな。以前闇の魔法で命を繋いだレアは絶対に来ちゃダメだ」
「ですが……!!」
「俺なら大丈夫」
俺は自分に対して魔法をかけた。自分の能力を見る、『ビジュアル』の魔法だ。
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マオ HP878 MP751
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「大分削られたな」
俺は笑いを浮かべた。
「なら、一度こちらに戻ってください!このまま進むのは危険です!」
今にも顔が結界の一部に触れてしまいそうな勢いで、レアは必死に叫んでいる。
「そうした方が賢明かもしれないな。……だが」
俺は結界の埋まっている一部分に視線をやる。
「……この結界。術者から奪った能力で別の結界を作る仕組みになってる。
まあ簡単に言うと、トラップだよ。反対から通るとダメージを与えるようになっている。
まあ、どれだけのダメージになるか分からんが」
元々俺の属性だった『闇』が、そのままダメージを与えるトラップに早変わり、ってか?どうでもいいが。
「しかしよく『闇』なんてマニアックな属性に対してトラップを張ったな……」
それとも相手が闇属性でさえなければ確実に勝てる、ってか?
それにしても、レアの予感ってほんとよく当たるな……。
「まあいいや」
俺は洞窟の奥に向かって歩みを進める。
「マオ様!?」
「レア。ちょっと行ってくる。お前は引き返して、先に帰っててくれ」
「いやです!マオ様……!」
「大丈夫。ちょっくら倒してくるよ」
俺は軽く手を振る。
レアが万が一結界を越えてしまったら、と心配で後ろを振り返った。が、レアは悲痛な顔をしてこちらをじっと見ている。……そんな顔、自分が死に掛けた時にもしなかったぞ。
まあいいや。ちょうどいい。そこで待ってろ。
お前にそんな顔をさせた奴なんて、見つけ次第速攻でぶっ飛ばしてやるからさ。
俺はレアを一人残し、洞窟の奥へと進んでいった。




