第十二話 @勇者学園武闘大会
歓声が聞こえる。
ステージに舞う二人の勇者。
両者の間を飛び交う色鮮やかな魔法。
減り続ける数値を表示する中空のウィンドウ。
両者を取り囲む観客席。
そして熱狂する観客。
これが『校内武闘大会』だ。
俺は次の試合に備えて、待機用の通路で腕を組み、両者の試合が終わるのを待っていた。
数十ポイント刻みに減っていくウィンドウ、熱狂する観客、か。
――――――俺はこの空気が苦手だった。
俺が出るたび、俺がどのように惨めったらしく負けるか、観客が期待しているような気がしてならなかった。実際、俺が勝つことを望む観客は、この場所には一人もいないだろう。
なにせ、ここの人間が嫌う、魔属性の勇者だからな。
「ご主人様」
通路の脇で、声がした。
見ると黒髪の少女が微笑みを浮かべて立っていた。
「レア」
「負けたら卒業出来ませんよ」
「……ああ、そうだったな」
レアの横では、ミリアが無邪気に俺に歓声を送っている。
「ごしゅじんさまー!ここですー!」
「ああ、見えてるよ」
勇者の繰り出した氷の魔法によって、ウィンドウの表示がゼロになる。
目の前の試合に終止符が打たれたようだ。
それに合わせて、俺も一歩を歩みだす。
「ご主人様」
直前でレアが俺を呼び止める。
「負けたら卒業できませんよ」
「え、何で二回言ったんだ?」
俺は釘を刺され、ようやく試合会場に向かう。分かってるって。まったく。
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試合会場で俺を迎えたのは、同じ三学年で隣のクラスの、ハナって女の子だ。
うちのクラスのミユキとかレイカとかとよくつるんでいるのをよく見るからなんとなく覚えている。
ハナさんはこの武闘大会の会場に試合する者として立っている状況にも関わらず、剣もメイスも持たず、普段と同じ制服姿のまま会場に立っていた。だがこれが、彼女たちにとって当然の事であることは俺も知っている。
普段は一般人と同じ装いながら、戦闘時になると魔力を供給し、それにふさわしい姿に変身する。
俗に言う、魔法少女ってやつだ。
一般の街や村で日常生活を営みながら、いざ敵が現れた時のみ変身し、敵を倒すタイプ。
単体での戦闘力は勇者や魔法使いのそれに劣るが、一般市民に対して一番近い立場にいる事が出来る。
ちょっとうらやましい。
観客席の特別席にいる司会がアナウンスする。
『それではこれより、第七百七十二試合目、『魔王マオ』VS『魔法少女ハナ』の戦いを始めます!
それでは……』
司会者が息を大きく吸い込む。
『試合開始!』
そのセリフとともに、試合開始を告げるベルがけたたましく鳴った。
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会場の中央にて、ハナさんと対峙してみた。
相手からわずかに怯えの表情が伺えた。
――――――なんか申し訳ないな。
さぞ自分の運命を恨んでんだろうなー。
『まさか仲間の協力が得られない武闘大会で、よりによって『魔王』であるマオとぶつかるなんてー。
コイツとの戦闘なんて、何されるか分かったもんじゃない。マオと当たらなければ、自分はもっと上に行けたのに。しかも闇属性に負けた日には仲間に何て言われるか分からない。明日からどんな顔をして生きていったら?ああもう』
とか思ってたり?ちょっと可哀想な気がしてきた。わざと棄権してあげようかしら。
……なんて思っていた時期もありました。
だが、今は違う。
別に相手がだれであろうが、これは対等な戦いだ。自分を卑下して、気を遣う必要は全くない!そう、自分の力を出し切るだけだ。それはまあ、レイオスさんが、もっと自分を出せとか言ってくれた影響もあるんだろうけど。とにかく。
俺は、『笑って』彼女に握手の右手を差し出す。
彼女は一瞬驚いた顔をして見せた。
彼女は戸惑ったような、不安なような顔をしながら、恐る恐る震える手を差し出し……。
あ、だめだ引っ込めた。完全に顔が引きつっている。
「ハナ、差し出しちゃダメよ!」
「……リッカちゃん!」
え、誰?
見ればロングヘアの女の子が身を乗り出してハナに叫んでいるところだった。
「そいつは貴女の事を戦う前から魔術に掛けようとしているんだわ!触っちゃダメ!その握手にどんな罠が仕掛けてあるか分からない!」
「リッカちゃん…。次が自分の試合なのに、わざわざ……」
「当然じゃない!友達だもの!いい?そいつは卒業したらきっと世界中を火の海にして、恐怖のどん底に突き落とすわ!ここで倒して、野望を食い止めましょう!」
「リッカちゃん……そうだね!」
ハナの目つきがキッと強く引き締まりこちらを見つめた。だがその目は仲間が来てくれた事がうれしかったのか、うるうるとうるんでいる。
……っていうか、そんなつもり毛頭ねーよ。なんだ火の海って。
「ご主人様」
俺の背後から声が聞こえた。そうだ。こちら側にもセコンドはいたんだったな。
「レア……」
「こんな愚民ども、早く消し炭にしてあげましょう」
「お前はタイミングを分かれよ!ってかワザとだろ!」
俺が突っ込みを入れるもレアは不敵に微笑んでいる。絶対ワザとだ。
「その可能性は否定出来ないね」
誰?
聞こえてきた声の方向に目を向ければ、白くフカフカな体をした小動物っぽい生き物がどこからともなく現れ、ハナの肩に乗るところだった。
「ジュウベエ!」
ハナが叫ぶ。どうやらジュウベエって名前らしい。
っていうか一応試合始まってんだけど早くしない?
「どこに行ってたの?ジュウベエ」
「君には世話を焼かれっぱなしだよ。全く。こんなこともあろうと、色々準備をしていたのさ」
「遅いよ、もう。心配したんだから……」
「まったく、心配性も変わらないね」
っていうか、試合始まってるんだけど、早くしない?
「僕はね『対魔王用』の準備をしていたのさ」
「『対魔王』?」
「そう」
ジュウベエはハナの肩に乗り、しゅっとしっぽを逆立てた。どうやらあれが定位置らしい。
「いくよ、ハナ」
「う、うん」
「魔王はね、全ての魔法を受け付けない。それは常に体に強力な魔力がいくつも渦巻き、お互いが拮抗してバランスを取っている状態だからだ。強力な攻撃魔法でさえ一瞬で無効化する反面、回復魔法さえ効かない。だがね、その魔力の流れさえこちら側でコントロールしてしまえば、魔王始め闇属性の生き物を一掃できる!
そう、僕は見つけたんだよ。さあ、ハナ!今こそ僕に秘められた『触ると一瞬で闇属性の生き物が蒸発する能力』を解放すむわあああああああああああ!」
バリバリ、と強力な電撃の音とともに、ジュウベエとやらは一瞬にして黒焦げになった。
地面に落ちたジュウベエの体から、残った電力が、パリパリと音を立てた。
「ふう……」
俺は、鳴らした指をゆっくりと下ろした。
「これで決まりかな?」
「ひどい!」
「え?」
ハナが涙ぐみ、ジュウベエを抱きかかえる。
「ジュウベエは……何もしていないのに!戦うのは私なのに……どうして!」
「え?いや……」
「そうよそうよ!」
リッカとやらが加勢する。え、なにこの展開。
「いくらなんでも、あの可愛い生き物に対して全力で雷を落とすなんて考えられる!?人間の仕業とは思えない!」
「え、でも試合だし……」
「そうだよ、ジュウベエは何もしてないのに……」
「こんなに黒焦げになるまで貴方には人の心があるの!?」
「え、でも確かそいつ、俺の事『一瞬で蒸発させる』とか言ってなかったっけ?」
「この人殺し!」
「人じゃない、よな……」
俺は困り果ててレアの方を見た。
レアは冷静な顔をしてこちらを見つめている。
「……さすがにそれはヒキますね」
「ああっ!裏切ったな!」
「いえ、マオ様らしいといえばらしいかと。ミリアはどう思っているのでしょう」
「……さすがにそれはヒキますー」
「ミリアまで!」
「ところで、ヒクってなんですか?」
「覚えた単語使いたいだけじゃないのか!」
「ヒクの意味は後で教えましょう。……では」
レアはミリアを抱き枕っぽく引き寄せ、改めて声援を送った。
「さすがご主人様、今とても魔王っぽいですよ」
褒めてもいないし励ましてもいないし応援でもない!
「……やれやれ」
俺は諦めて向き直り、ジュウベエとやらを抱きかかえているハナと対峙した。
「さて、君はどうする?このまま降参するか、……それとも戦うか。俺はどっちでもいいよ。別に君まで消し炭にする気はないから、前者をお勧めするけど」
「え?」
「さ、どうする?」
ハナは、悔しさを滲ませ、言った。
「……降参します」
「それがいい」
ひどく小さな声で言った。だが司会者用の集音マイクはその声を拾ったみたいだ。司会が高らかに宣言する。
『勝者、『魔王マオ』!!!!』
大きなどよめきが会場を包む中、俺は退場する。
だが会場のすぐ脇から、リッカの一際大きな声が響いた。
「ちょっと待って!魔力の供給源を断つなんて、あんな勝ち方……!」
「……ルールはルールだ」
別に魔力を断ってはいけないルールはない。
あくまで最短の勝ち方を選んだつもりだ。だが、敵のセコンドはそれでも食い下がってくる。
「くっ!ちょっと待って、卑怯でしょあんなの!認めていいの!?」
「ルールはルー……」
「おいだから待てっつってんだろコラ!止まれって!聞こえないの?このボケ!卑怯っつってんだろそこの不細工!」
「え、いや」
「私は絶対こんな卑怯な勝ち方認めないっての!っていうかお前、絶対勇者学園のプライドに掛けてぶっ殺してやるからな!試合会場の外でも気を付けろよ!せいぜい見てなさい!そのアホ面をさらしてられるのは今のうちだ!このぼけー!」
「いや、うるさいな!退場くらい大人しくさせろよ!っていうかお前魔法少女のくせに口悪すぎだろ!」
「しねー!あほー!」
「もはやただの悪口だろそれ。あーもう」
……もうさっさと退場するに限る。なんでこうなるんだ。
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通路で、待っていたレアとミリアが話しかけてくる。
「おつかれさまですー!」
「お疲れ様です。マオ様」
「……お疲れ様」
俺は二人と軽く挨拶を交わす。
「どうだった?試合」
俺はさりげなくミリアに聞いてみた。
「カッコよかったですー!でんきがばちばちーって!」
「おお、そうか」
……なんか、影響とか大丈夫かな?バイオレンスな性格になったりしないよな?
俺はレアの方を見た。
「お疲れ様でした。それで、この後の試合はどうするおつもりですか?」
レアが尋ねる。
「棄権するよ」
「そうですか」
少し暗いトーンで、レアは返事をした。
でも目的は達成したし、もう十分だろう。
「ま、これで卒業出来るしな。俺の代わりに、ミリア出るか?」
「え、いいんですかー?」
「出来ましたか?そんな事」
「さあ、聞いてみるかな。とにかく目的は達成だ」
「……そうですね」
レアとミリアを連れて、俺は帰ろうとした。……取りあえず、今は一眠りしたい。
「ところで、さっき試合途中に相手選手やマオ様に話しかけていたあのセコンド、名前は分かりますか?」
唐突に、レアが聞いてきた。
「え?ああ、あの?うーん、よく覚えてないけど、……リッカとか言ってたような。ハナさんと友達だったとか。何で?」
「そうですか。なるほど」
言ったきりレアは俺とミリアを置いて、先をさっさと進んでいった。一体なんだってんだ?
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『さて、会場の準備も整いましたので、間もなく次の試合に入ろうと思います!
次の試合は、第七百七十三試合目、『魔法少女リッカ』VS『魔物使いディム』!
それでは選手は入場してください!……選手は入場してくださーい。
……あれ?おかしいな……。え、何ですか?……リッカ選手が負傷?……そうですか、棄権ですか。
おっかしいなー。
会場のみなさん申し訳ありません。次の試合を予定していた、魔法少女リッカさんですが、謎の負傷によって棄権する事になりました。
さて続いての試合ですが……』




