第九話 @ 卵の去就
……………………えーっと。
何から突っ込んだ方がいいんだろう。
目の前にあったのは卵だ。OK。
それに亀裂が入り、卵が割れていって、お、タイム、ここで一つの違和感。
卵にできた亀裂が繋がり、それを払ったのは……手だ。
手、っていうか、腕かな。それはドラゴンじみた鉤爪も、爬虫類じみた鱗もない。五本の指と白い肌、 ……そう人間のような。
そしてそれが割れて中から出てきたのは、ドラゴンじみた鱗も肌もない、二つの目に顔の中心に位置する鼻に、そのしたに位置する口。
頭部には髪の毛がふっさふさとあり、眉、も人間と同じ位置にあり、えーっと、そう、体の大きさは、人間の少女くらいありそうな……。
っていうか、少女だった。
どう見ても10歳程度のその少女は、いきなりピョンと俺の元に飛び、俺の胸元にしがみついた。
「えへへー。お父さーん」
状況があまり理解できず、かといって手を放すとしがみついた少女が落ちてしまうからと、その子を抱いていると、レアが毛布を少女の上からかけた。
「レア……これは?」
「全裸でいられて、発情されても困るので」
「毛布の話じゃねえよ!」
俺はいったん、少女をそっと机の上に置く。
少女はその無垢な目で、じっと俺のことを見つめている。
「え、と……この子は……」
思わず、俺はつぶやく。レアが答えた。
「ドラゴンですね」
「ドラゴン……」
俺はそのドラゴンを見た。
ドラゴンは目に入るのか、前髪をしきりに払った後、くあ、と大きな欠伸をして目を擦り、やがてレアからもらった毛布を引き寄せてまた眠った。
「いや、人じゃん」
「ドラゴンですね」
「いや、人じゃん」
「ドラゴンですね」
「人じゃん」
俺の度重なる主張に、レアは一瞬の沈黙を作った。
そして、その「ドラゴン」、いや「少女」をまじまじと見つめる。
「……確かにご主人様の言う通りですね、私が間違っていました。人です」
おお、意外にもあっさり認めた……。
「お、おお、やっぱり人だよな、どう見ても」
「ええ、そうですね。私が間違ってました」
「ま、まあそんなこともあるって」
俺が言う中、レアは一度すっと俺に背を向ける。そして部室に平積みしている本の中から一冊の本を取り出し、ページを開いた。
「『フレアドラゴン。竜属性の一種。強力な力を制御するために人型に変化することもあり、幼少期はたいてい人の姿をしている』」
レアは本をパタリと閉じる。
「……人ですね」
「すみませんレアさん俺が間違ってました」
そんな俺の謝罪に、レアは何のリアクションも示さず、産まれたばかりのフレアドラゴンの髪を撫で始めた。
「それにしてもこの子、どうしましょう」
「どうするって、そうだよなあ。ここで飼う……、いや、育てる?」
「ご主人様が言うと幼女監禁みたいに聞こえますね」
「お前がドラゴンって言ったんだろ!……まあでもどうしよう、一応学校に言っておく?」
「ドラゴンは卵の状態ならば貴重な資源ですが、孵化すれば討伐の対象になることもあります」
「勇者学園の校則って難しいな。しかし、放っておくってわけにもいかないし……」
「そうですね。やはりこっそり部室で飼うしか……」
「お前はあっさり「飼う」って言うんだな」
何だろう、コイツが「飼う」って言うと、何か別のものに聞こえる。いや、俺もよく分かってないけども。
……一瞬の沈黙、チクタクと時計の音だけが響く。
「ドラゴンって危険性は無いのか?ちなみにだけど」
「危険性、と言いますと」
「放っておいたら人を襲うとか、主食は人じゃないとダメとか」
「いえ、そんなことはありません」
レアは記憶のデータベースから何かを引用するかのように語り始める。
「ドラゴン種は確かに人間の脅威になりますが、その性格は育った環境に大きく依存します。かつて名も知らない農村で、人間と共存していた例もありますし、なるべく戦闘とは無縁な場所で育てば温厚な性格にはなりますが……」
戦闘とは、無縁な場所ねえ……。
『勇者学園。次世代勇者を育成する学園。カリキュラムにはより実戦を意識して剣、魔法などの……』
「無理だな」
「無理ですね」
思わず腕を組む。
「そもそも見つかった農村も、人口わずか数人の村ですし……。
人間が増えればそれだけ争いに触れる危険が増えます。
成長すれば自然と備わっている竜の戦闘気質が、人間の攻撃性に呼応して起こしてしまうかもしれませ……あ」
レアが何か思いついた顔をする。
「もしかしたらもう一つ、ドラゴンが人と共存出来る可能性があるかもしれません」
「お、何だ?」
俺が聞くが、レアはまだ確証が持てていない様子で口を開く。
「刷り込みです」
レアは少し考えながら、話を始めた。
「フレアドラゴンに限らず、ドラゴン種は産まれて初めて見たものを親と思い込む性質があります。
この子が初めて見たのはご主人様ですから、ご主人様の命令なら何でも聞くかと……」
「おー、それでいいんじゃね」
「ええ。こんなこともあろうかと、ご主人様を最初の刷り込み相手にしておきました」
「知ってる」
「ですが、それで学校側が納得するかどうか……」
「え?何で?」
「何で、と言われますと……ほら、昨日とか」
俺の質問に、レアはやや眉をひそめた。
言いたい事があるが、言っていいのか、迷っているご様子。
だが一瞬後に、俺は納得した。
「あー、そっちか……」
俺は頭を押さえる。そうだ。
俺は闇属性だった。
昨日の一日でさえ、クラスメイトを一人で全滅させ、決死の必殺技を繰り出したクラスのホープを一撃で倒し、その後何事もなかったかのようにクエストに出かけていた……。
そんな男が、『俺が責任を持って育てます!大丈夫!何かあったら俺が押さえます!』って。
「俺ってそこまで信用無いのか……」
「もはや教師に言うのは得策では無いかと。『何に育てるつもりだ』となりかねません」
「そうかー……」
ちなみに昨日みたいなことは過去に何回もあったし、クラスメイトにも教師にも事務員にも、飼育しているウサギにすらも嫌われているのはなんとなく分かっていたけど、改めて信用されていない的な事を言われると、なんかショックだ。
俺は机の上で寝息を立てているフレアドラゴンを見る。自らの誕生に疲れたのか、寝顔は無垢そのものだ。
「まあ、だからっつって諦めるわけにもいかんしな」
レアは俺のことをじっと見ている。こういう、場が混乱した時に決定権を出すのは俺だ。レアは俺の答えを待っているのだろう。
「よし」
考えが、まとまった。
「どうされるのですか?」
レアが様子を伺う。
「ふつうに新入生ってことで届け出したらいいんじゃね?」
「…………」
レアの瞳が急速に冷たい光を放ち、完全に俺を見下すそれになった。
「いやいや、待て!確かにレアがそう思うのも分かるが、俺だってここに入学した時すでに『闇属性』あったしさ」
「だからと言って……ドラゴンですよ?今までいくつもの国を滅ぼし、勇者たちと対立してきたドラゴンが、勇者学園に受け入れられるとでも?」
「うん、まあ」
俺はスヤスヤ眠るフレアドラゴンを見た。
「まあ言ってもこの子は、そういうこと何も知らないし。そこのとこ教育如何でなんにでもなるんじゃね?真っ白な状態だしさ」
レアがそういう問題では……という目で見る。
「まあ、この勇者学園は力を持っていたら、基本的にそいつを受け入れると思うよ。
俺もこの属性を持っていながら、でも人格はアリだからって言われて通ったんだし。
多分『あの教頭』だったら、ドラゴンを遠ざけるよりも、ドラゴンを勇者の味方に出来たら、って考えると思うぞ」
「どうして分かるのですか?」
「なんとなく、かな」
はあ、とレアがため息をついた。
「ま、安心しろって。人間だろうがドラゴンだろうが、そいつの本質が見抜けないような人じゃないよ」
俺はあの、実質学校の運営を全て一人で行っている、白髪の紳士を思い浮かべながら言った。
「それにここは勇者の群れだぜ?もし万が一日常生活の中でこの子が暴れようと思っても、全員で抑えることが出来る。
まあそもそも勇者と一緒に生活していれば、生徒を敵だと認識する事もないと思うけどな」
「ですが、学園は体面を優先することも……そうしたら最悪その場で……」
「その時はその時さ」
「その時って……どうされるのですか?」
「まあ、考えてある」
レアはまたため息。
多分俺とこれ以上話しても無駄だと思ったのだろう。
まあ、俺も意見を変える気は無いし、恐らく考えはまちがっていない。
「ま、説得には俺も付き合うよ。一回掛け合ってみたらいいんじゃないか?正直に経緯を話してさ」
「……本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫大丈夫」
珍しく不安がるレアに、俺は笑ってみせた。




