ヒダマリ
初投稿ということで様子見に。メインが日記の内容となっており、文章は最後の方に少しだけという形式です。お目汚しにならなければ至極幸い。
○月×日
ついに、あの人が首を縦に振った。出会って何年になるのだろう。ずっと片思いだと思っていたが、そうでもなかったと知ったのはもう2年前。ラブコールを送り続けてようやく実った。嬉しい。今日は記念日。いつかお別れする日が来るかもしれないけれど、今日から日記を付けていこう。
○月×日
今日は会えなかった。お互い仕事の都合もあるし、仕方ないよね?少ないけれど、メールは何通か送り合った。うん、幸せです。
○月×日
今日は電話をした。オヤスミ前の少しだけ。いつも通りの、少し低い眠たそうな声。声を聞けるだけで安心するけど、やっぱり顔も見たいな。
○月×日
デートをした。学生みたいに、映画を見に行った。散々ダダをこねてラブロマンスにしちゃったけど、彼はアクション物が良かったみたい。仕方ないなあ、と笑う彼は優しかった。心がぽかぽかです。
○月×日
いきなり二週間も日記お休み。いつも通りすぎたのもあるけど、仕事でお疲れだった私。部屋に戻って気を失うように眠って。彼も心配してるけど、まだまだ大丈夫。今週末には、元気の元に会えるんだから。
○月×日
今日一日ずっと幸せだった。手を繋いでぶらぶらして、他愛のない話で笑いあって。彼と一緒なら疲れない。嫌なことなんか、なかった。私を抱いた彼の手は優しかった。こんな幸せ、ずっと続いて欲しい。
○月×日
今日、彼の御両親に会った。どこに連れていかれるのか知らされていなかったから、驚いたし、緊張した。彼は時々いじわるだ。でも、お父さんもお母さんも変わらず優しい人たちで良かった。結婚を――――(文字が乱れすぎていて読み取り不可能)
○月×日
ようやく落ち着いてきたのでちゃんと書く。今日、改めてプロポーズを受けた。付き合い始めて一カ月と少し。スピード結婚って感じなのかもしれない。安月給で悪いけど、なんて、とんでもない。あなたがくれた指輪と桔梗の花は、とても綺麗で、素敵です。嬉しいのに、涙が止まらないなんてことが本当にあるんだね。
○月×日
色々な式場を見て回った。神前式も捨てがたいけど、やっぱり女の子としてはウェディングドレスかな。真っ白で綺麗なドレス。うん、やっぱり夢だよね。ブーケトス、上手く出来るかな?
○月×日
入籍を済ませた。付き合い始めて調度一年だった。狙ってたのかな?さあね、なんて、ちょっと意地悪な事を言う彼は、どこか照れくさそうだった。やっぱり狙ってたんだ。苗字が変わったことで、より一層彼に近づいた気がする。一生大事にしてね。
○月×日
結婚式も終わった。お父さんもお母さんも泣いていた。私も感極まって泣いちゃった。今までちゃんとお礼なんか言ったことなかった、と振り返って思う。ありがとう。本当にありがとう。産んでくれて、育ててくれて、ありがとう。結婚する時もいっぱい迷惑をかけたね。あんなに反対していた結婚も、許してくれてありがとう。私は今も昔も、ずっと幸せです。お父さんとお母さんの子供として生まれたことが、私の誇りです。
○月×日
なんとなく、調子が悪い。若干気持ち悪い気もする。なんだろう、風邪でも引いたのかな?今日は取りあえず早く寝て、明日も調子が悪いようだったら病院に行ってみよう。
○月×日
調子が悪い原因が判明。なんと、オメデタでした!五週目とのことだったけど、調子が悪いのもつわりの一種だったみたい。まだまだ実感がないけど、これから少しずつ時間をかけて大きくなっていくのだろう。楽しみ。
○月×日
明日は久々に旦那様とデート。まだ子供が出来たことは内緒にしている。明日発表して、びっくりさせようと思う。
○月×日
あの人が入院した。ついにこの日が来たのか、と思った。覚悟はしていたのに。なんで、この日なんだろう。
○月×日
今日は彼の調子が良かった。ご飯も残さず食べられたし、散歩も出来た。きっと良くなる兆候なんだろう。
○月×日
お腹のあかちゃんのことを話した。びっくりしていたけれど、喜んでくれた。名前は何にしよう、とか元気よく騒いでいた。そうだね、決めないとね、なんて言って私も笑った。なんで、そんなに手放しで喜んでくれるの?
○月×日
男の子なら、勇気。女の子なら、友美。どうだ、いい名前だろう。うん、凄く良い名前だね。古風というか、まったく今時ではないけど、とっても良いと思うよ。
○月×日
ねえ、あなた。何でそんなに笑っていられるの?時間なんか、もうほとんどないのに。同じ病室の人に、嬉しそうに子供が生まれてくる事を話すあなた。照れ臭そうだけど、すごくすごく幸せそう。でも、子供が生まれてくる頃に、あなたはいないかもしれないんだよ?ねえ、あなた。ねえ。
○月×日
ありがとうって、素直に言える子に育って欲しい。感謝の気持ちを素直に表現出来る人は少ない。だから、子供は素直な良い子に育って欲しいな。そんな事をあなたは言った。ねえ、そこにあなたはいないの?嘘でもいいから、育てたいって、言ってほしいよ。
○月×日
一日だけ、外泊許可が下りた。体調が良くなってきたらしい。あんまり無理はさせられないけど、今日一日くらいいっぱい甘えたい。何でも好きな物が食べられるわけじゃないから、食事はよく考えないといけないけど、久しぶりに頑張って料理を作ろう。
○月×日
謝らないで。私は覚悟してたよ。覚悟してたけど、やっぱり辛いし、悲しい。でも、それでも。
○月×日
彼はもう、一日の大半を寝て過ごしている。身体によくわからない管をいっぱい貼り付けて、苦しそうにしている。かみさまおねがいします。あのひとをたすけてください。このこがうまれてくるまででいいから、あのひとをつれていかないで。
○月×日
4月18日。あの人は逝った。最後の一日だけ、彼は体調が良かった。いつも嫌がる呼吸器も平気になっていたのかな。いつもどおりの笑顔で、私と話をした。疲れた、と言って横になった彼。零すように一言、ああ、幸せだなぁ、と呟いた後、もう目を覚まさなかった。本当に幸せだったのかな。私なんかであなたは良かったのかな。わからない。
○月×日
あの人が逝ってどのくらい経ったのだろう。あんまり日付の感覚がない。義母さんが一通の手紙と一冊の日記を持ってきた。怖くて読みたくない。
○月×日
もうあの人がいなくなって一カ月が経とうとしている。あの人が居ない事に、慣れることなんて、やっぱり出来ない。何かにつけて思い出し、泣いてしまう。でも、こんなんじゃダメだ。意を決し、あの人の手紙を読んだ。
『 拝啓、私が短い生涯を持って愛した貴女へ。
これを読んでいる頃には、私はもう旅立っていることでしょう。旅立つ先は、暖かいのか、それとも寒いのか、皆目見当がつきません。願わくば、陽だまりの中のような、暖かく幸せなものであることを。
さて、何を書くべきなのか、迷います。遺書なんて初めての試みなので、勝手がわかりません。なので、まずは思い出でも書いていこうと思います。
貴女との出会いはもう何年になるのでしょう。物心つく頃には一緒にいたような気もします。とにかく、ずっと、ずっと一緒にいましたね。病弱で体力もなかった私とずっと仲良くしてくれたのは貴女だけでした。
正直な事を言うならば、私は貴女に嫉妬していました。元気で、優しくて、勉強も出来た貴女は数多くの友達に囲まれていつも楽しそうにしていました。対する私は病弱で満足に外も出歩けない始末。我ながら幼稚で笑ってしまいますが、そんな貴女が妬ましく、羨ましかった。
冷たくあたったことも多かったと記憶しています。同情するなら体力をくれ!なんて某家のない子のようなことを口走った事もありましたね。我ながら阿呆極まりないと、今になって思います。
でも、そんな貴女が居たから、私はここまで生きられたのでしょう。中学、高校、大学と、貴女はいつも私の傍に居てくれた。手を引いて外に連れ出してくれた。なんてお節介で、自分勝手で、優しい人。恋をするのも、当たり前だったのかもしれません。
今に此処に至り、正直に白状しましょう。私は中学生の時から貴女の事が好きでした。何時、その感情に気付いたかというのも覚えています。
午後の教室、教師の声しか聞こえない中でのことです。私はぼんやりと窓の外へと視線を向けた時、貴女の顔が見えました。午後の日差しの中、少しだけ眠たげな横顔。いつもの、見慣れている横顔を見て、思いました。ああ、私は彼女の事が好きなんだと。なくてはならない、横顔なのだと。
しかし、私は告白する、なんて事はしませんでした。自分の身体の事は自分で一番良くわかっていましたからね。いつどうなるかわからない身で、貴女に告白する勇気もありませんでしたし、貴女が私に好意(男女間の恋愛感情的な意味で)を持ってくれているとも思いませんでした。だから、好意を抱えたまま、貴女が幸せになるまで見守っていようと、思っていました。
でも、貴女は一向に幸せになろうとしない。ずっと私の面倒ばかりを見ていた。はっきり言いましょう。馬鹿だなあ、と。さらにその馬鹿な女の子は、よせばいいのに私なんかに好意を持ってくれていた。あの時は驚きましたよ。ずっと見ていて私の身体の事も知っていただろうに。
それから三年、私は悩み続けました。受け入れて良いのか。優しさに甘える事が許されるのか。自問自答を繰り返しましたが、結論はいつも同じでした。それでも、それでも私は、貴女のことが好きでした。
幸せでした。本当に、心の底から、これ以上ない程に、幸せでした。思い返せば、涙が出る程に、貴女と過ごした時間は幸せでした。一生分、私は幸せを貰いました。
だから、貴女には私以上に幸せになって欲しい。優しい貴女のこと、私の事を考えて幸せを放棄してしまうのではないか、そう思ってしまいます。
でも、駄目です。許しません。貴女は、幸せになる権利があるのです。未だ見ぬ子供と一緒に、幸せになってください。
ありがとう。私などと一緒になってくれて、私の子供を宿してくれて、本当にありがとう。私の人生は、間違いなく幸せでした。貴女と出会えた事、一緒に生きられた事、全て私の宝物です。
最後に、―――――ありがとう。
敬具 』
「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんと仲良しだったんだね」
大きくなった孫が膝の上でにこにこと笑っている。
あの人が逝ってから四十年が過ぎていた。
無事生まれてきた娘、友美が結婚したのが二十五年と少し前。孫娘の紗友里が誕生してから八年経つ。少し遅く生まれた紗友里だったが、なんのことはない、元気にすくすくと成長している。
「そうだねぇ。紗友里ちゃんのお母さんたちよりも、もっともっと仲が良かったんだよ」
お日様の匂いのする、孫娘の柔らかい髪をゆっくりと撫でながら昔を振り返る。大変な事もあった。先に逝ってしまったあの人を恨むこともあった。しかし、幸せだったあの頃、そして幸せの結晶である友美を思えば、たいしたことなど何一つなかった。片親というハンデを背負わせてしまった友美には悪い事をしたと思う…というのも、杞憂に終わったのだが。
『お父さんが居ない事が辛いと思った事がないとは言わない。でも、それ以上に私は幸せを受け取った。お父さんのことを話すお母さんは、いつも女の子みたいに輝いていて、幸せそうだった。きっと私は、片親じゃなく、両親から大切に育てられていた。例え目には見えなくとも、お父さんは、私を、お母さんを、近くで見守ってくれている』
とは、結婚式での娘の言である。全く、誰に似たのか逞しく育ったものだ。感極まって泣いたのも、新郎というところがまた笑い話なのだが。
「はい、お祖母ちゃん」
余計な事まで思いだして苦笑いしていたところに、孫娘が両手を差し出してきた。その小さな手の上には、押し花の栞が乗っている。
「今日、大事な日なんでしょ?お祖父ちゃんからお祖母ちゃんにって。お母さんが渡して上げてって」
「え?お祖父ちゃんから?」
突然の言葉にわけがわからなくなってきた。あの人の顔も写真でしか見た事のないはずの孫娘が、何故そんなものを持っているのだろう。
差し出された栞を受け取り、裏返して見る。
『結婚一周年を祝して』
あの人の字だった。あの人と共に居た記憶が鮮やかに蘇る。ああ、いつまでも、あなたはあの頃の笑顔ですね。
「お母さんから貰った絵本に挟んであったんだ。お祖父ちゃん、うっかりさんだね。お祖母ちゃんに渡しそびれてたみたい」
にこにこと花咲く孫の笑顔。
「お母さん、言ってたよ。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが居たからさゆりがいるんだって。だから、お祖母ちゃん。ありがとう!お祖父ちゃんには言えないから、代わりにもう一回ありがとう!」
―――ああ、あなた、見てくれていますか?
娘も、孫も、こんなに素直な子に育っています。
ありがとうと、言える子に育っていますよ。
「………紗友里ちゃんは、良い子だねぇ」
零れ落ちそうになる涙を必死に堪えながら、無理やりに笑顔を作って愛しい孫娘の頭を撫でてやる。
私は、あなたは、間違っていなかった。
あなた。
あなたが残した花は力いっぱい、綺麗に咲いています。
私は今、幸せです。
どこかで見たような展開であり、ありがちな展開ですね。小説とは言い難い、短編でした。