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教室に現れた姿を見て、期待してしまっただけにその態度はあんまりじゃない? って…、もういっそのこと来週まで本を持っていてやろうかと思ったけれど、考えてみたら、榎木を怒らせるだけで何もいいことがないのに気が付いて、月曜日の放課後、第一図書室に向かった。
するとカウンターには、すらりとした長身に意外と幼い童顔、ふわりと長い髪の彼女がいつも愛海先輩と呼んでいる先輩が居て
「あれ?冬華ちゃんの友達だね」
なんて言われた。
返却した本に少し困った顔をして
「ごめんね、私あまり時代物強くなくて…、冬華ちゃんがいつも選んでるんだよね? 自分で何か選んでいく?」
聞かれて、軽く首を振ると、
「そっか…、あ、彼女火曜日も当番だから、明日来ればアドバイスも聞けると思うよ」
言われて、そういえば月曜日迄とか言っただけで、木曜日以外に自分がいることすら言わなかった事に気がついたら、何だか益々むかついてきて…。
ふと、彼女が大好きなこの先輩を手に入れたら、どんな顔をするだろうと考えた。
「ねぇ?先輩のお薦めは?」
面倒見のいい先輩だと言っていたのを思い出して、甘えるような声でそう言ってみると
目を見開いて
「私の場合、ファンタジーやSFになるけど、いいの?」
確認されて、まっすぐに瞳を見つめながら
「うん、どんなのが好きなのか知りたいな…」
その瞳を覗き込んでみると…
ガラリ…
扉が開く音がして
「瀬名君? 部活大丈夫なの?」
目の前の俺をまるで無視して扉の方向に振り向き、入ってきた男子生徒に驚いて声を掛けている。
「雨が降ってきて少し早く解散になったんだ、だから、寄ってみたんだが…何をやっている?」
王子と噂される端正な顔をこちらに向けて、その瞳をすっと細めて俺を見る。
「冬華ちゃんの友達なの、今日は彼女の当番じゃないから私に本を選んで欲しいって」
先輩が屈託なくそう笑いかけると、王子はそのまま唇の端をふっと上げて笑う
「そんな近距離でなきゃ出来ないような話か…?」
それは、少し背筋がゾクリとするような笑い方で…。
自分より背も低い癖に、妙に迫力のあるこの先輩にどう対応すべきか考えていると
「そうだね、君、近視? 本読むの好きなら眼鏡作ったほうがいいよ?」
へらりと力の抜ける笑顔でそう言われて、一気に力が抜けるのを感じた。
同じく毒気を抜かれた様子の王子は俺を見ると、少しため息を付いて、ちょっと顔貸せ、そう言って腕を取られた。
「工藤、お薦めなら俺が教える」
「ちょ…」
「そうだね、瀬名君の方が男の子の好みは判るかも、宜しくね」
「任せろ」
王子は口の端で笑うとそのまま俺を書棚の奥まで引っ張っていった。
「ちょ…、先輩? お薦めならあっちの先輩に…」
「興味もないくせにうるさい、お前な、大方手軽なのに飽きたから毛色の変わったのにって魂胆だろ? しかも、自分の相手の対象外だからって腹いせに工藤とか、いくら何でも節操なさすぎるだろ」
文句を言うはずが、あまりに的確に心情を言い当てられて驚いていると
「なんで分かるかって? それはあまり認めたくないが、お前俺に似てるしな、偽物王子」
嫌味になるほど様になる仕草で髪を掻き上げて軽く笑われて
「偽物って言うな…」
其れくらいしか返せないのは我ながら情けなかったけど、そう呟いたら
「そんな台詞は俺に勝って、本物と呼ばれてから言うんだな」
なんてくすりと笑いながら返されるのに、どう言ってもかなわないのを感じて、面倒くさくなってどさりと椅子に腰掛けた。
「どうせ俺は紛い物ですよ…」
「でかい図体で拗ねてる男なんて可愛くもなんとも無いけどな、…お前女で遊んでいるつもりだろうが、手軽なので遊んでいると自分も削られて安くなるぞ? まぁ、薄々気づいてるから趣旨変えしたのかも知れないが、同じやり方では無理だって判ってるか?」
妙に真剣な顔でそんなことを言われた。
「あんたには関係無いでしょ?」
「ま、関係はないな、ただ、過去の自分を見るような部分が無くもないんで一応忠告はした、あのタイプは、手練手管じゃ落ちないぞ」
「ふん…自分の狙ってるのを俺に落とされるのが怖いだけなんじゃないの?」
言われるままなのが悔しくて、そう言うも
「そんなもんで落ちてくれるなら俺は苦労はしていない、さっきのも通じなかっただろ? ただ、あいつに遊びで手を出そうというのなら、俺にも考えはあるけどな」
椅子に座った俺を見下ろして、物騒に笑う王子に歯向かう気もなくして、はいはいと両手をあげたら
「お勧めはカウンターに準備しておくから持ってけ」
そう言って俺を置いてカウンターに戻っていった。
「くっそぉ…」
言われたことはいちいち正論で、最近直視することを避けていた事に真正面から切りこまれたのは悔しかった。
でも、損得抜きにされたキツイ忠告は俺の胸の奥の方に刺さった気もしていて…。
図書室を出ようとしたら、カウンターの先輩に手続きしといたよと一冊の本を渡された。
受け取りながら、隣に座る王子を見ると、俺なんて見向きもしないで俺に本を渡している彼女を愛おしげに見つめていて…、この人にこれだけの視線で見つめられて気が付かないこの人はどうかしているんじゃないかと思いつつも、俺もそんな風に見つめる相手がいつか出来るかなと少し羨ましく思った。
その時に浮かんだ顔はあったけれど、何だか悔しくて、慌てて首を振ってかき消した。
…あいつは、本当にたまには毛色の違うのもって思っただけ…なんだから。