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「ねぇ…、おかっぴきって、なぁに?」
「ん~、そうねぇ…、昔のおまわりさんのお手伝いをする…人でわかるかな?」
「ふーん…、じゃぁ、おしらす…って?」」
「それはね、悪い事をした人の罪をはかる場所…かしらねぇ」
書棚に並んだ本を整理していると、ふとそんな会話を思い出す。
母が突然消えた私を引き取ってくれた叔母は本が好きな人で、特に時代小説と歴史小説が大好きだ。
突然家に子供を招き入れることになったものだから、子供用のおもちゃとかは置いてなくて、困った叔母は自分の好きな小説を私に読んでくれた。
時代小説なんて普通の小説よりも独特の言い回しが多くて、子供の読み聞かせには向かないと思うのだけれど、私が判らない言葉をそうやって聞くたびに、叔母は少し言葉に詰まりながらも一生懸命答えてくれて…。
次の日には叔父が子供用の絵本を買ってきてくれたけれど、母は自分が一人になりたい時は良く私に絵本を渡して放って置くことが多かったのもあって、私は叔母との優しい会話が嬉しくて、そっちの本を読んで欲しいとねだったものだった…
それから、少し大きくなって自分一人で本を読めるようになると、叔母は趣味の共有が出来ると喜んで嬉しそうにとっておきの本を私に貸してくれて…。
元々本はいつも身近にあったけれど、なかでもこれらの本は私に暖かい思い出をもたらしてくれる。
この学校に入学が決まった時、叔母にいたずらっぽい表情でそこの図書室は結構面白いわよと教えられて、彼女の言っていたその場所に入学早々足を向けてみた。
書棚を見てその品揃えに嬉しくなった私は、けれど少し順番が違うのが気になって、思わずそのまま入れ替えなんてしてしまっていて…。
「もしかして、このジャンル得意?」
なんて後ろから声をかけられてしまった。
振り向くと、私と同じくらいの所に視線のある、ふわふわとした長い髪の女生徒が少し不思議そうに私の手元を覗き込んでいて…
「すみません勝手に…つい」
驚きつつ、殆ど無意識で始めていた自分の行為に謝ると
「ううん、嬉しいの! 私ここが大好きなんだけどね、どうしてもこのジャンルが弱くて…ねぇ? 何でこっちの本は其れの横なの?」
「あ…それは、再版後のの出版年数が…」
そのまま書棚の前で話し込んいると
「おい、悪いが手続き頼む、この後ミーティングなんだ」
「え? 瀬名君!?」
少し小柄ながらも驚くほど端正な顔をした男子生徒に話しかけられた。
夢から冷めたように我に返った私達に
「楽しそうな所悪い…しかし、お前みたいのがもう一人居るなんてな…」
笑いながらそんなことを言ってカウンターに戻っていく。
「うわぁ、ごめんね~、つい夢中になっちゃって…」
そんな彼を追いかけようとして、ふと思いついたようにくるりと私に振り向くと
「ね? 貴方新入生? 良かったら図書委員になってくれると嬉しいな」
そう言って笑ったのが愛海先輩だった
先輩はSFとファンタジーにはものすごい詳しいのだけれど、このジャンルは苦手で…
何冊が順番がおかしい本を夢中で入れ替えをしていて、何だか今日は静かだなって思った。
あれ…、そう言えば今日は来なかった? 今日は木曜日、いつもなら柏木君が本を返しに来るはずなのに…。
女の子にはとことんルーズな彼は、けれど意外と律儀で今まで本の返却は遅れたことが無かった。
最初こそタイトルと渋めの表紙に驚いていたけれど、一週間後に結構面白かったなんて言って本を返しに来て、少し戸惑いながら他にもこんな感じのある? なんて聞いてくるのは意外だったけれど嬉しくて。
貸し借りの時にぽつりと呟く感想も案外的確だったりもして…、考えてみれば、熱に浮かされた状態でも私の呟いた独り言を気にとめて、お礼を言うだけでは無くお勧め本なんて聞いてくるのだから、女の子との付き合い方以外は意外とまっとうな人間なのかも…? なんて思って居ただけに、少し残念だ。
でも、そう言えば一人暮らしで不摂生…。
彼が此処で倒れた時の保健の先生の言葉を思い出して、少し心配になった。
もしかして、また風邪でもひいて居るのだろうか? だったら此処に来れないのも仕方が無い。
しかし、一人暮らしだというのに大丈夫なんだろうか? 叔父だとか言うあの保健の先生は付いているだろうけれど…。
そう思って翌日、彼の教室に行って溜息が出た、窓際の席で女の子に囲まれて元気一杯。
周囲の男子生徒からの妙に棘のある視線もまるで感じていない様子で、女の子の髪の毛を一房取り上げて梳いてたりして…。
ため息を付いて戻ろうとして、こちらを見て少し驚いた顔をする彼と目が合い、一言言っておこうかと手招きをすると、女の子と引き離されたというのに妙に機嫌良く私の前に来ると
「なに?寂しかった? 俺行かないと」
全く何を言っているのか…
「なんだ、元気そうだね、風邪でも引いたなら仕方ないと思ったけど、本の貸出期限は一週間だよ? 月曜日までは待つけど、返しておいてね」
私は其れだけ伝えると、踵を返して自分の教室へと戻ることにした。