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「へぇ…この作家さん短編集なんてあったんだ…」
「ええ、昔はこっちのペンネームだったらしいんですよ、私も伯母に聞いたんですけどね…」
「其れは知らなかったなぁ…、うん、楽しみだ、手続きお願い出来るかな?」
「了解です、番号は134621…ですっけ?」
通常は手帳を提示してもらう貸出作業だけれど、この第一は利用者が少ないため常連さんの番号は大抵覚えてしまう。
木田先輩は最近よく此処に来てくれる、一つ上の先輩。
メタルフレームの眼鏡をかけた理知的な風貌、いかにも頭がよさそうだけれど、サッカー部のレギュラーでもあるとはサッカー部マネージャーの有紀ちゃん情報。
愛海先輩のクラスメートで、最近この第一のラインナップを知ったらしいのだけど、木田先輩の趣味は深く広かった。
仲良くなった切っ掛けはSF小説だと聞いては居たけど歴史小説も大好きだという先輩、でも愛海先輩はそちらのジャンルはあまり造詣が深くなくて…そこで、先輩は私を紹介した。
修学旅行の準備ということで、最近愛海先輩と木田先輩はお昼休みになるとずっとここに来て予定を立てていて、今日も本を選んだ後は愛海先輩の待つ机へと向かっていった。
なんでも、旅行の日程に作家さんの生家の本屋さんを組み込もうと計画しているらしいのだけれど、その予定を組んでいる先輩たちはとても楽しげで、愛海先輩は同じ図書委員のの瀬名先輩とも仲がいいけれど、木田先輩ともお似合いだなぁ…なんて思う。
女子にしては私と同じくらい背の高い愛海先輩は、ふわふわと長い髪を作業の時以外はそのまま垂らしていて、身長の割に童顔で表情を変えるたびに大人っぽくも子供っぽくも見えてついついその表情を追ってしまう。
後輩の面倒見もよく図書館業務もしっかりこなしているのに、図書整理では何度も足元のブックストッパーを蹴飛ばし、足元に落ちてた紙に滑って転びそうになっていたりしている姿は実像が定まらず、どこか架空の生き物のようで。
ここを聖域のように思っている、どこか浮世離れしたこの先輩が私は大好きで…
「聞いてる~? おーい…榎木っ!」
「ん? あれ? 柏木くん? どうしたの?」
「どうしたの? って…、ぼーっとすぎだよ、さっきっから呼んでんのに…次の本っ!」
「あぁ、ごめん、ちょっと考え事してた」
そう答えると、不機嫌そうにカウンターのところにある椅子に座って、肘をついてこちらを見ている。
「あーゆーのがタイプなわけねぇ…」
小さい声でボソリと言われて少し焦ってしまう
「別にそんなんじゃないよ?」
そう言いつつもそんなにあからさまに、先輩達を見ていたのかと思うと少し顔が熱くなるのを感じて
「次の本ね」
そう言って本を選びに席を立った。
じゃ、次のおすすめはこれね
「へぇ……、っつ!」
本を覗きこんで、長めの茶髪を耳にかけようとして髪にピアスが引っかかり、顔をしかめている。
「動かないで…、だから、いつか引っ掛けるよって言ったのに」
そう言って耳元のピアスに引っかかった髪をするりと解く。
「まーた、取り巻き増えたんだねぇ…」
柏木君に告白する時はピアスを添えるのが決まりで、okならそのピアスを付けてくれるという噂を以前早苗に聞いた。
それから、考えてみると彼女らしき人が増える度に耳元に光るものは変わっているようで、その噂が広まってからは所有権を主張するようにデザインの凝ったものをすることが増えてきていて…、今日のなんかは耳元につけるには少しふさわしくないように思えた。
「まぁね」
軽くそう答える柏木くんに思わず
「吉原でさえ旦那は一人に決めるのにねぇ…」
呟くと
「何それ?」
と言われて
「吉原でもね、そこで遊ぶ人は遊女を一人に決めるんだよ、次から次へと違う人へ移ったりはしない」
もう、考え方が違うっていうのは判っているし、多分彼に近寄る女の子も私とは違う価値観なんだろうとは思って居る。
けれど次から次へと違う女の子へ移っていき、その時の相手も一人とは限らない、その事を隠すでもなく、どちらかと言うとひけらかしているような柏木君が余計なお世話と思いつつ少し心配で…
「トラブル起こると刃傷沙汰だよ?」
そうため息を着くと
「なに、妬いてるの?」
なんて、それだけは間違いのない綺麗な顔に笑顔を浮かべるから
「まぁ、私には関係ないけどね」
そう言って、今日のおすすめの一冊を柏木くんに差し出した。