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「私の…存在が、あの者の生気を奪っていると?」
「ミレディ、そもそもそなたは人とは相入れぬ、存在そのものが、かの者には毒であろう、残りの命はあと幾日か……、いずれあの者は命を落とす」
「成る程…な、この何日かのあの者の不調……、それは私故のものだったのだな」
「……是」
「よく……、判った」
ミレディが自分のユートリアスへの想いを自覚した頃に訪れた彼の体調不良。
それを気にかけたミレディが森の賢者へ問いかけて答えを得るシーン。
ここでは賢者は声のみ、洞窟の奥からスピーカーで流される声は、賢者というには若く、ミレディを気遣うように優しく、どこか甘い。
最上先輩の設定によると、賢者はミレディをずっと恋い慕う存在だとか。
けれど、ミレディは、彼から聞かされたユートリアスへの気持ちでいっぱいで、その声の甘さにも気がつくことは無い。
別れたくない…でも、殺したくないから、別れることを決める。
そもそも人とは相容れないのは最初から判っていた事だと、自分を納得させようとする。
そして、私もここまで振り回されてきたミレディに別れを告げる。
この舞台が終われば、もう彼にあんな瞳で見つめられて、恋心を囁かれることはない。
それを寂しいと思う、もう私が彼を好きになっていることは自覚していたから。
英語を教えてくれる時の滑らかな発音、上手に真似出来ない私を、くすくすと笑いながらも何回もいいよって言って、繰り返してくれた。
薦めた本が特に気に入った時には、すっごい面白かった! って、どちらかというと大人っぽいその顔を子供のように無邪気に輝かせて居て。
図書館の業務が忙しくて、思わず付いた溜め息に、幸せが逃げちゃうよって、同じくらい、いや、力仕事は殆どやってくれたから私よりも疲れているはずなのに、明るく笑ってお疲れ様って言う笑顔に少し疲れが抜けた気がした。
私が持ちきれなくなった心の澱を吐き出すのを聞いてくれた時には、自分までが辛そうな顔をしながら、掛けてくれる声は何処までも優しくて…。
こうして思い返してみると、どれだけ彼に甘やかされていたんだろうと思う。
けれど、この感情はゆっくり殺して行こうと決意する、ミレディのように……。
だって、恋は人を傷つける、きっと母の様に自分の思いに捕らわれて其れしか見えなくなって、周囲の人全てを傷つける……。
其れだけはしたくない、何より今まで私を助けてくれた明るく優しい彼をを傷つけたくは無いから。
「これ以上此処に通えば、そなたは命を落とすことになる……、今宵そなたの求めるものを差し出す、そして二度と此処には現れぬ、そなたも、もう此処には来ないと誓ってはくれないか?」
「そんな…っ、、嫌です! 私はずっと貴方と……」
「それはこの世の理が許さない」
「……もう、会うことも?」
「私も許されるならば、ずっと居たいと思う、いつしか、そなたを愛おしく思う様になって……いた」
「ならばっ!」
「そなたが私のせいで命を落とせば、私は生きられぬ! 最後に、そなたに乞われてきた唇を許す、だから……」
ユートリアスは俯き……、しばしの沈黙の後、決意したように顔を上げる
「ミレディ、あなたと会うことで命を失うというのなら、私は喜んで命の最後の一滴までをも差し出したい……けれど、もし私のためにあなたが苦しむというのなら……、私はどんなに辛くとも、これで最後にします」
「ユートリアス……判って、くれたのだな」
「精霊のくちづけは生涯ただ一人と聞いたことがあります……、其れを頂けば、貴方もずっとこの先、孤独を守る事になる、ならば私は其れを拒否すべきとは思うのに……、許して下さい、其れが人であろうと精霊であろうと、この先貴方が誰かに其れを許す日が来るのかもしれないと思うだけで……妬心の炎で胸が焼かれるような気がして……」
「愚かな心配をするな、そもそもそなたに心を奪われた時点で私の心も唇もお前の物だ……」
「ミレディ、その唇を……誓いは守ります」
それを聞くと私は彼に近づき、切り株に座って私を見上げる彼を見下ろすと、客席から隠すように私と彼の唇を手のひらで覆い唇を寄せていく。
ゆっくりと柏木君の整った顔、甘い言葉をささやいた唇に近づくにつれて切なさが募る……、この舞台から去れば、もうこの瞳に熱のこもった視線で見つめられる事も、この唇から甘い言葉を囁かれる事も無くなる。
本来は唇を重ねる時は瞳は閉じるものだけれど、私達にとってはこれが最後のお互いを見る機会、だから瞳は閉じずに見つめ合ったまま。
ユートリアスである柏木君の熱を孕んだ蜂蜜色の瞳を見つめながら、もう、私もこんなに彼に近寄ることはないだろう……、そう思ったら……。
気がついたら、直前で止めるはずの唇が彼に触れていた。
――唇を止められなかった……。
消えるスポットライトに慌てて舞台の端へと走り去り、そのまま控え室まで直行する。 もともと、その段取りだったからスムーズにそこまでは進んで……誰も居ない控え室に入ると、自分の行動が信じられなくて、体の力が抜けるままにしゃがみ込む。
……きっと、此処には舞台を終えた彼が来る、彼の意思を無視して口づけてしまったと思うと、合わせる顔が無くて逃げてしまいたい気持ちにもなるけれど、それは、あまりに彼に対して不誠実。
そう思い、ため息をつくとカチャリと背後でドアを開ける音がした。




