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「どうして? …どうして私を見て下さらないのですか? 私は一目見た時から貴方に囚われてしまったというのに、何故そんなにもつれない…」
「何度も言っております、私は貴方の気持ちに答えることはできない、もう此処に来るのはおやめなさい」
柏木君が乞うように私を見つめて苦しげに囁くのを、私は表情一つ変えず撥ね付ける。
そして、その背中を追う視線を感じつつも振り返ることも無く歩き去る…
「ミレディ…」
背中に呟くような柏木君の声
「ん~、取り敢えずはこんな物かな? 良いよ、ちょっと休憩して」
最上先輩がそういうのにほっと息をついた。
「……演劇部の手伝い? ですか?」
「うん、頼めないかな? 演劇部のの最上君がね、ここのところずっと悩んでて…、、ほんとぴったりなんだよね、冬華ちゃんに、でも勝手に推薦は出来ないしね、紹介してみたら駄目かな?」
カウンター当番をしつつ貸出台帳の整理などをしていたら、入室早々そんな事を言い出す愛海先輩。
最上先輩というのはわが校の有名人の一人、高校生ながら脚本の才能を世間に認められて、なんと文壇デビューを果たしている三年生。
彼が脚本と演出を手がけている演劇部は注目度も高く、時に外部から人を招いているとも聞く高校生離れした規模を持つ集団である。
最上先輩は、資料集めなどに第一を利用することも多く、第一のことなら誰よりも詳しい愛海先輩とも良く話している姿を見掛けているし、沢山の本を読んでいる愛海先輩が脚本を読んでくれと頼まれて発表前の原稿を読むこともあるという。
今回はそうやって渡された脚本の一部に出てくる登場人物を、最上先輩がイメージに合う人が居ないとここ何日か唸り続けているらしくて……。
「私は読んだ時から、冬華ちゃんだって思ったんだけど、演劇部にも役者さんは居るし、外部にもコネのある人だし、口を出すまでもないと思ってたの、でも見つからないみたいでね……」
「はぁ……、私に出来る事なら構いませんけど……、最上先輩には第一の地位向上にも尽力して頂きましたし」
そう、先日凝りもせずまた、委員長が第一の改革などと言い出した時に、ちょうど最上先輩が資料を探しに来ていて、悦に入ったように私に改革案などを披露する彼につかつかと歩み寄り、此処の貴重さも分からずに委員長など片腹痛いなどと一喝して、追いやってくれたのを思い出す。
「ただ、眼鏡は外すことになっちゃうかもしれないけれど……」
申し訳なさそうに付け加える愛海先輩の言葉に、確かにあまり演劇で眼鏡って掛けている人って居ないよなと思う。
「私だって分からなければいいですよ、匿名でも大丈夫ですよね?」
「勿論よ! じゃぁ、早速推薦してくるね!」
そう言って、勢い良く図書室を出る愛海先輩を
「走るなよ、愛海?」
瀬名先輩はそう言って、ため息をつくと追いかけるように出ていった
「珍しいね、どういう風の吹き回し?」
柏木君に不思議そうな顔で見られて、
「最上先輩には委員長の件でお世話になったというのがひとつ、あとはそろそろこの顔から逃げるのやめようかなって…、でも、そういうのってどうやったらいいかよく分からないなって思ってたんだよね、いきなり眼鏡外して登校して、この前みたいなことになるのは勘弁して欲しいし……それに、ちょっと面白そうかなって」
「ふーん…」
「知らなかった!!! そう! そうだよ! この感じだ、工藤さんはやっぱり凄い、僕の世界をきちんと判ってくれてるんだね、是非ともお願いしたい、この通りだ」
あれから10分も経たないうちに先輩たちはもう一人の先輩を連れて戻ってきて、乞われるままに眼鏡を外して立ち上がり、正面から最上先輩を見つめると、感極まったように叫ばれた。
「私だって判らないようにしてくれるなら協力しますけど、演技経験とかは無いですよ?」
「経験がないのは構わない、誰だか分からないというのはいいね、より神秘性を高められる、決定だ……あと、その隣のピアスの青年」
「え……? 俺ですか?」
「君、良いね、ミレディを決めてからユートリアスは探すつもりだったけれど、セットで是非お願いしたい」
「はい?」
突然、私の横で成り行きを見ていた柏木くんまでが指名されて
「やってやったらどうだ? 榎木も一人で行くよりやりやすいだろう」
瀬名先輩は笑いながらそんな事を言っている
「一体どんな話のどんな役なんですか?」
最上先輩脚本のオリジナル劇、イーニアスの森。
オムニバス形式で語られるその森に纏わる幾つかの短いストーリー、一話ずつ別の話として語られつつも根底でつながっていて、私達の出番は三話目にあたる。
タイトルは『ミレディとユートリアス』
ある日森に迷い込んだ貴族の青年が森の精霊に助けられ一目で恋をする。
彼女は自分の森が汚れるのを嫌い助けただけなのに、毎夜通われて困惑するけれども、大事な森に何かあったらと、彼の側を離れることもできない。
けれど、通われるうちに少しずつ気持ちが揺ぐようになってきた頃、彼女は知る。
青年の生気を徐々に自分が奪っているという事に。
それに気がついた精霊はもう二度と会わないとの約束をするならと、彼女にとっても初めての口づけを青年に落とすと森の奥へと消えて行く。
私達の出番は時間にして十五分程…けれど、その15分間は殆ど私と柏木くんだけで話が進んでいく、私の出番自体は長さの割に台詞も多くないし、無表情につっ立ってていいと言われるシーンが殆どで今のところ問題はない。
けれど、毎夜精霊の前に現れて恋心を訴える柏木くんのセリフは大変そうで、しかしその事は依頼を受けた日にある程度は判っていたはずなのに、最上先輩からストーリーを聞いてその後私を見ると、意外なことにするっと
「いいですよ、榎木がやるなら」
そう答え。
結果、私達は精霊と貴族の青年に扮することになったのだった。
其れこそ、何で? って聞いたら
精霊姿の榎木を間近で見られるなって役得じゃない? なんて笑われて、少し不思議だったけれど、甘い言葉を囁く貴族の青年なんてあまりに似合いそうで、見てみるのは少し楽しみだと思った




