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修学旅行の初日、クラス行動中での見学コースを歩いて居たら、いつの間にか隣に来た榎木がこそりと夜の自由時間空いてる? と聞いてきた。
大丈夫だよって答えたら、眼鏡の奥の瞳をいたずらっぽく光らせて
「良いところがあるの、ちょっと付き合って? 宿の外のベンチで待ち合わせできるかな?」
そう続けるのに、コクリと頷くと嬉しげに笑って自分の列へと戻っていった。
夜になって待ち合わせの場所に現れれた彼女は、着いて来てと言って庭の奥へとずんずん歩いて行き、一見行き止まりに見える生垣をかき分けて更にその奥へと進んで行く。
目的がありそうなその背中を追いかけていくと、開けたスペースに木々に囲まれて光る小さな湖が現れた。
「……綺麗」
「本当だ、凄い…ね」
月の明かりと星の煌めきを湖面に映して、静かに広がる光景は確かに一見の価値があって…
「どうしてこんな場所を?」
良いところがあると誘った割に、その景色に驚いて目を離せないでいる彼女にそう聞くと
「愛海先輩が去年見つけたんだって、多分生垣の感じから学校的には立入禁止っぽいから行くならこっそり! でも、危ないから誰か信頼できる人と一緒にねって、教えてくれたの」
その言葉に俺は複雑な気持ちになる…。
信頼できる人と言われて、こんな奥まった人の知らないロマンチックな場所に呼び出されて……、少し前の俺ならもしかして勢いで告白していたかもしれないようなシチュエーション。
けれど、今の俺には彼女の信頼という言葉が胸に痛い…。
「綺麗な場所だね、でも先輩が一人でこんな所見つけたんなら、湖にはまらないで良かったよ」
「私も同じ心配をしたら、この場所を次に教えた瀬名先輩にも怒られたらしいよ、危ないって」
「王子の怒る様子…眼に浮かぶね」
二人で視線をあわせて、思わず吹き出して……、そうして笑えている自分にほっとする。
まだ、胸はズキズキと痛むけれど、嬉しそうに湖を見つめる彼女の前でそんな顔をしてしまったら、きっと心配させる。
それに、これからも側に居続けるためには、君にだけはこの痛みの理由を話すことは出来ないのだから。
二日目の班行動で訪れた高峰書房。
先輩達が去年訪れたというその場所は、後輩である俺たちが訪れると驚くと共に物凄い歓迎してくれた。
去年訪れた工藤先輩と瀬名先輩の図書委員としての直属の後輩であることを告げると
北森皐月の母だという老婦人は、ぽろぽろと涙を流して喜んでくれた。
震える唇を覆いながら頭を下げる彼女に慌てたように対応する榎木に微笑むと、矍鑠とした北森皐月の父親だという店主が奥さんを宥めて、息子さんのコーナーへと案内してくれた。
緻密な構成と繊細な文章が特徴だった彼そのものを示すような取材ノートに驚く榎木と越乃の横で。彼の思い出や幼少期をレポートする宮下。
サッカーの指導書のコーナーで歓声を上げる栗本に隣の柔道関係のポップに頷く浦田…。
趣味も興味も違う俺達が一時間ほど滞在して飽きないこの空間は、確かに先輩達が一見の価値ありと評したのも判る気がして、実りある時間を過ごしてお礼を言って店外に出ると、なんだか空気の密度までが違った気がして、思わず深く深呼吸をした。
「ああいう……親子も居るんだね。」
喧嘩の絶えない新聞部コンビは、珍しくあの高峰書房に二人して感銘をうけたらしく大人しく意見交換などしていて、浦田と栗本の運動部コンビはあの書店の品揃えなどを話している中、俺たちも次の目的地へと向かって歩いていると、ぽつりと榎木が呟く。
「切ないね…、亡くした息子さんを忘れられず、お店を守りながら息子さんのコーナーを維持しているのは…」
息子の事をこんなに若い人たちが知って訪ねてくれるのは嬉しいと、そう言いながらも息子さんの制作ノートに触れて、切なげな表情を見せた彼の母親を思い出してそう言うと
「うん…、でも、多様性を感じた、色々な…お母さんが居るよね、幸子叔母さんも、きっと子供がいれば素晴らしいお母さんだったと思う、きっと…、あの人は、母に向いてなかったんだね……運が、悪かった? でも、私にはお父さんも、叔母さん達もいるし…、なにより、生きている」
「榎木…」
「いや、無理じゃなく、なんか世界が広がった気がした…、って言うかね、柏木君」
確かに、いつもならこの話題の時は瞳の奥が不安定に揺れているのに、俺を見上げる表情にはその揺らぎは見えず、それどころか俺の心を覗き込むような強い視線で俺を見つめた。
「…ん?」
「私、随分柏木くんに話を聞いてもらって、楽にしてもらって、頼りないと思うけど
何かある時は、ちゃんと聞くから、聞くことしか出来ないかもしれないけど…、話してくれたら…って思う、最近元気ないし」
「え…?」
「気のせいなら、良いんだけどね、…っと、着いたね」
いつの間にか銀閣寺前で、観覧のために皆と合流して歩き出す榎木の後ろについて歩きながら、さっきの言葉を思い返す。
それって……俺のことを心配していた?
我ながら感情を隠すのはうまい方だと思う、周りにも明るく軽い人間だと思われがちで、自分でもそう見られるよう振舞っていることが多いから、心に何かあっても笑顔を作るのはそんなに難しくはなくて…。
だから、彼女の前でもいつもの自分で居られていると思っていたのに、隠し切れては居なかったんだと知った。
そのことに驚いて、自分の心が彼女に見えるのはやばいんじゃないかと思いつつも、俺の判りにくい変化に気がついてくれる位には俺を見ていてくれたと知って。
……嬉しかった。




