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一年の時からの友達である河本達に、最近付き合いが悪いと嘆かれて久しぶりにカラオケに行った。
女の子も多い集まりだったから、服には何処か甘いコロンの香りも染み付いて居るような気がして、以前は心地よく感じた其れが、今は少しうっとうしく感じて早くシャワーを浴びようと急いでマンションのエントランスをくぐり、習慣のようになっている郵便受けの確認をすると、そこにあった薄い緑色の封筒に胸が高鳴るのが判る。
夏休みに渡米するという榎木に英文での文通を提案すると嬉しそうに、面白そうだねと言ってくれて、そのまま夏の間の彼女の住所と俺の住所を交換した。
そして始まった一週間に一回程度のゆるい文通…。
急いで部屋へと向かい、ペーパーナイフで封を切ると何枚かの便箋とはらりと手のひらに落ちる一枚の写真。
写真に目を向けて、一瞬動きが止まった。
金髪の端正な男の横で微笑む同じように金髪の…榎木?
慌てて便箋を開くと、最初に目に入ってきた『私の彼氏を紹介します』の文字に手紙を取り落としそうになった。
深呼吸をして続きを読むと…『なんてね、冗談』そう続いた文字に涙が出そうなほど安堵しているなんて、きっと彼女は知らない。
続く文字は日本語で…。
『ルール違反なんだけど、ちょっと日本語で許して、英語では上手く伝えられないと思うから…。
今回の旅行で父にまだ母への恨みを捨てられない事と、その母に段々似ていくことが怖いという話をすることが出来たの。
そしたら、父は外見なんて簡単だと言い出してね、その日のうちに美容院の予約取ってくれて、髪を染めてメイクをしたら驚いた! 眼鏡をとっても母じゃなかったの! やっぱりプロはすごいね、一緒に写っているのがその美容師さんなんだ。
母への恨みはまだ残っているけれど、少し気持ちが楽になったので写真を送ります。
今後は柏木くんみたいな綺麗な茶色い髪というのも良いかもね…。』
そして、その後は英文での俺の生活に対する質問と、工藤先輩に託した図書室の心配なんかで…。
あの写真が俺の恐れるものでなかった事にほっとしつつ、早速返信を考える
そして、迷いに迷って最後の一文。
『榎木が楽になれるなら、髪を染めるのもいいと思うし、とても似合っている。
ただ、俺は、黒髪にいつもの眼鏡の榎木もらしくて気に入っているから、そうじゃなくなるのは寂しい気がする…。』
書き終えた手紙に封をして、写真だけ持ってベットに転がる。
髪の色を変えて、屈託無さげに微笑む榎木は飛び切りの美少女だったけれど、俺の知る彼女は、黒い艶やかな髪に無骨な黒縁眼鏡の越しの涼しげな瞳。
冷静に見えるけど、意外に表情豊かで…、そんな記憶の中の榎木を思い出したら寂しくなった。
俺の手元には、そう言えばいつもの彼女の写真は一枚も無い。
「会いたい…」
この手紙を送って、返事が来るころきっと彼女は戻ってくる…、その日にちが我慢出来ない程遠く俺には感じられた。
「ただいま」
色白の彼女が少し日に焼けて、相変わらずの黒髪に眼鏡で八月の最後の図書整理の日に現れ、俺は知らずほっと息を付いた。
「おかえり、茶髪はやめたの?」
「うん、気持ちは軽くなったけど、何だか自分じゃないみたいで落ち着かなかったし…、それに、柏木くんにそのままの私を気に入ってるって言って貰えたのが嬉しかった」
そう言って、珍しい全開の笑顔に聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほどの鼓動が体内で響いた。
「お、戻ったんだな」
「わぁ~冬華ちゃん焼けたね~、やっぱあっちは日差し強い?」
「留守にしてすみませんでした、お土産あるので後で受け取ってくださいね」
「そんな気を使わないでいいのに…」
「いえいえ、楽しかったです、その人のイメージのもの探してウロウロするのって面白いですね、時間だけはいっぱいあったので…、あ、柏木くんにもピアスあるからね~」
そう言いながら、工藤先輩に書棚の様子どうですか? なんて言いながら本棚の陰に消えて行くのにがくりと肩が落ちるのが判る。
「苦労するな、あいつも天然だ」
「やっぱ、意味なんて無い…、ですよね~」
「あったら、ああも、あっけらかんとは言わないだろうな」
苦笑しながら瀬名先輩に同調されてため息を付く
「まぁ、榎木自体がそういう回路開いてなさそうだ…、でも不思議だな、決して人の気持ちに鈍いタイプじゃなさそうなのに、恋愛だけは何か避けてる様子がある、あの猿だって女子の人気はあるのに嫌がってしか居ないし…、まぁ愛海の側に一年もいれば嫌うのは判らないでもないが」
「そうなんですよね、猿含むライバルに見向きもしないのは有難いんですけど、気持ちを伝えたら、逃げられるくらいならまだいいんですけど、ショック受けられそうで…」
「そうだな、榎木はお前には気を許しているように見える…けれど」
「男として見られては居ないですよね~…」
呟くと、瀬名先輩は
「ま、気長に行くしか無いんじゃないか? 突然目覚めることもあるしな…、相談なら何時でも乗るぞ」
そう言って、工藤先輩の方に歩いていった。




