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封筒を開いた榎木が中の文字を見てピタリと足を止めて固まる。
今日は体育祭、榎木はその借り物競争に出場中に丁度うちのクラスの応援席の前で封筒を開けていて…
榎木の友達である椹が声を上げる
「冬華~お題は何? 大丈夫?」
すると、ふとこちらを見て、困ったように
「眼鏡男子…」
そう答えた。
それを隣で聞いていた俺は、応援席とトラックを仕切るロープを跨いで榎木に駆け寄り、その眼鏡を外して手を引いて走りだした。
「か…柏木君?」
「お題の確認の時に眼鏡掛けていれば大丈夫でしょ? ちょっと借りるね、見えなかったら手を引くから、俺についてきて」
「あ…ありがとう」
戸惑ったように答えながら、素直に俺について走ってくる榎木に少し鼓動が早くなりつつもゴールを目指す。
今まで女の子に触れる機会なんて幾らでもあって、手を繋ぐ以上の事なんて散々やってきたはずなのに、少しひんやりとした細くて長い指先を軽く握っているだけでドキドキしている自分が情けなくも新鮮で…。
あまり運動が得意でない様子の榎木はそれでも必死に俺についてきて…、ゴールした瞬間へたり込みそうになるのを慌てて校庭の端に連れて行って座らせると
漸く顔を上げて…ふぅ、と息をつき、…その顔を見て俺は一瞬、呼吸が止まりそうになった。
いつも掛けている太めの黒縁の無骨な眼鏡を外すと、その下にあったのは長いまつげに縁取られた涼やかな瞳、すっと通った鼻筋、シャープなラインの頬…それらのパーツが絶妙に整った配置に収まった、驚くほどの美少女がそこには居て…。
俺の視線に気がついたのか、気まずげな顔をして、いつもの凜とした彼女とは違った何処か心許なげな表情で俺を見て
「ありがと…眼鏡良い?」
そう言って手を出すのに預かっていた眼鏡を渡すと、ほっとしたようにそれを掛けて、ため息を付く。
「ちょっと…外すと雰囲気変わるみたいなんだよね…」
困ったように笑われるのに、そういば、お題の証明に持っていた眼鏡を掛けて見せた時も、あまり視界に違和感を感じなかったのを思い出す。
「もしかして、あまり目悪くない?」
「う…ん…ちょっとね、…本当は無くても生活は出来るんだけどね」
そう、言いにくそうに答えていて…
「ご、ごめん、困ってたようだったから、お題を熟すことしか考えてなかった…」
本当は他の男に手を引かれる榎木を見たくなかったのもあって強引に眼鏡男子に立候補したのも有るけれど、お題を見て戸惑う様子にに放っておけなかったのも事実で…、そう謝ると
「ううん、助かったよ、ありがとう」
いつもの無骨な眼鏡の奥の涼しげな瞳を柔らかくしてくれるのにほっとした。
眼鏡の下の思いがけない美少女ぶりに驚きはしたけれど、それよりも眼鏡をかければ、いつもの榎木がそこに居たことの方が俺には重要で…
「助けになったなら良かった」
そう笑ったけれど、それがその後あんな騒ぎになるとは思わなかったんだ…。